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心を持たない少年兵士と敗北の女神  作者: 浅海 景


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第2章 エルザ                    ⑦無力

クラッセン上官は公正な人だ。ただ情熱的で精神論を好み、訓練や演習で競い合い成長していくことを盲目的に信じている節がある。だからこれはきっとひびの入った関係性を修復するための配慮なのだろう。


一週間後、エルザとニックはサポートとして戦場に向かうこととなった。

不機嫌さを隠そうとしないニックは戦場に入るなり、単独行動を宣言して姿を消してしまった。

――まだ戦場に慣れていないのに、大した度胸ね。

エルザは追いかけることを諦めて、任務に専念することにした。今回は怪我人のフォローが主目的で動くのでエルザに適した任務ともいえる。そちらに専念できるのであれば、誰かを傷付けることはない。

確信もなくエルザはそう思っていた。


激しい銃声を聞いて駆けつけると、一人の仲間の姿があった。傍にバディの姿は見当たらず、単独で必死に応戦している。迷わず銃を撃つと予想外の場所からの攻撃で敵が一瞬怯んだのが分かった。その隙に仲間の元へと駆け寄った。


「っ! 何で君が……」

驚いた顔が浮かんだが、すぐに苦悶の表情へと変わる。全身をざっと確認すると腹部からの出血が激しいようだ。

――この状態で下手に動くのは危険ね。

お互い弾を無駄にできず、様子見状態のうちに止血をすべく包帯を取り出す。

「エルザ、必要ないから。 他の仲間のために取っておいて」

ヒューはそう言ってエルザの手を押さえる。

「ありがたいけど、ここは僕一人で何とかする。 僕が攻撃を始めたらすぐに下がって、別の仲間のところに行くんだ」

「相手は二人。 お互いフォローしたほうが勝率は上がるわ」


ヒューが何か言いかけたが、敵が動く気配がして会話が中断された。

――しまった! 

油断していたつもりはなかったが、怪我の具合に気を取られ思いのほか距離を詰められていた。無理な姿勢を取って応戦したヒューの肩が跳ねた。

「ヒュー!」


恐らく弾が当たったのだろうが、状態を見ることはできない。必死に応戦していると、敵が()()()()()。それは後方から弾が当たった事を示している。

時間を置かずにリッツが姿を見せたことで、肩の力が抜けた。荒い息を吐きながらもヒューはまだ意識を保っている。


「お前、邪魔」

ヒューとエルザを一瞥したあと、苛立ったように言われた。

リッツもまた自分が戦場にいることが気に食わないのだろうか。胸がずきりと痛むが、ヒューとリッツが言葉を交わしている間、周囲を警戒することに集中する。

物音に視線を上げるとラウルがこちらに向かってくるのが見えた。


「エルザ」

気遣うような口調に安心感を覚えた時、至近距離で銃声が響いた。信じたくない思いで振り返れば険しい表情のリッツとこと切れたヒューの姿があった。

「どうして…」

心の中で呟いたつもりが口に出ていた。

「お前のせいだろ。 ラウル、そいつは任せた。 俺はヒューのバディと合流する」

――私のせい?……私が守り切れなかったから?

それでも仲間にとどめを刺す必要があったのだろうか。


茫然自失の中、ラウルが諭すような口調で語りかけて来る。

「エルザ、よく聞いて。 ヒューは助からなかった。 彼は君に放置するように伝えたはずだ」

「でも―」

「それが勝利に繋がるからだ。 僕たちはそう訓練されている。 君が庇わなければヒューは自害していた」

瀕死の仲間を庇うことは戦場では不要。そう言われているのは分かった。ヒューがエルザに立ち去るように伝えたのは、自分の命と引き換えに敵を道連れにすることを想定していたのだろう。だけどエルザがいたからそんな行為はできなかった。

リッツがヒューを撃ったのもこれ以上苦しませないためだったのだろう。頭では理解できるが納得することはまた別だ。


「エルザ、君は戦場にいるには優しすぎる」

その言葉に息が止まりそうになる。遠回しに自分は戦場には要らないと言われているようだった。エルザの能力を信じてくれたラウルにだけは、言われたくなかった言葉だ。心が急速に冷えていくのが分かる。

――ラウルに失望されたくない。


「他の仲間と合流するまで僕とバディを組もう」

戦力外通告をされたエルザはラウルの言葉に従うしかない。その判断が正しいことだと分かっていながら、口を開けば感情的になってしまいそうで黙って頷いた。ラウルにどんな態度で接していいか分からなくなってしまった。

気遣うような視線を感じていたが、それが逆に苦しい。

突然地面に押し倒されて、はっと気づいた。


一瞬遅れて響く銃声にすぐさま体勢を立て直して銃を構える。

銃撃戦は短時間で終わり、敵が退却したことを知った。

――もし自分がバディでなければ、自分で反応できていれば敵を倒すことが出来ていたかもしれない。

エルザは自分の失態を悟り、押し寄せてくる無力感に耐えることしか出来なかった。


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