第2章 エルザ ⑤悪意
今日のバディは初めて組む相手だった。人数が減れば補充されるのは当然で、1週間前に入った仲間だから信頼関係が築けていないのも仕方がない。
――だからと言ってこれはあんまりだわ。
上官から組み合わせが発表され、一瞬とはいえ顔を顰めたのをエルザは見てしまった。だけど演習とはいえ単独行動のように動かれるとバディの意味がない。実戦の前に相性を確認するために組んでいるのにと、苦言を呈しても無視される。
自分の呼び名のせいだろうと思うが、これほどあからさまに嫌悪感を示されたことはない。合図を送っても無視されるため、周囲を確認して小声で呼び掛けた。
「ニック」
渋々といった様子でこちらを向くニックに、少しは聞く気があるのだと安堵した。
「演習とはいえ実戦と同じように行動しないと意味がないわ」
いくら自分が気に入らないかと言って貴重な演習を無駄にしたくないはずだ。
けれど舌打ちをしてまた一人で進んでいくニックを見て、小さくため息をついた。
結局演習が終わるまでニックの態度は変わらなかった。
幸か不幸かお互い撃たれることなく終了したため、上官からは連携が取れていないようには見えなかっただろう。
「ちょっと話があんだけど……」
銃の手入れを終えて当番に銃を渡したところで、ニックから声を掛けられた。あまり良い話ではないことは彼の表情からうかがえた。それでも無視すればさらに関係性が悪化するそう考えてニックに付いて行った。
人気のない銃器庫の裏へ連れてこられたことで、密かに警戒を高めた。相手がどんなに嫌っていようと一応異性である。護身用のナイフの存在を確認して、注意深く相手の様子を窺いつつ口を開いた。
「それで用件は?」
「単刀直入に言うけど、あんたとバディを解消したい」
バディを決めるのは上官でエルザやニックがどうこうできるものではない。それはニックも承知のはずだ。
「何故それを私に言うの?」
エルザが質問を繰り返すと、ニックは苛立ったように荒い口調になった。
「敗北の女神と呼ばれてる癖にいい加減分かれよ。 俺はまだ死にたくない。 あんたが出なきゃいいだけの話だろ!」
ニックの言い分は理解できるが、それでも答えは同じだ。
「私は任務を遂行する。 不服であればクラッセン上官に上申すればいいわ」
これ以上話しても平行線のままだろう。切り上げてこの場を立ち去ろうとするが、ニックの言葉に愕然とした。
「……U国のスパイって噂本当なんだろ? あんたがいるといつも負けるし、バディだって本当はあんたが――」
ぱん、鈍い音と手の平にはひりつくような痛みがあった。咄嗟の自分の行動に呆然としつつも、ニックの勝ち誇ったような表情に自分の軽率な行動を悔やんだ。
「……はっ、暴力行為は禁じられている。 これじゃあ外されても仕方ないよな」
最初からそれが目的だったのだと気づいても遅い。
唇を噛んで怒りを押し殺していると、人の気配を感じた。顔を上げるとそこにはラウルの姿があった。
「その程度の暴力行為で外されるほど、彼女の能力は低くない。 むしろ軽はずみな言動で煽り和を乱そうとした君のほうが、協調性なしと見なされて外される可能性が高いだろう」
ラウルがこんなに長く言葉を口にすることは珍しい。庇ってくれているのだと思うと、何故か顔が熱くなった。
一方ニックは急に現れ正論を口にするラウルを憎々し気に睨んでいた。
「っ、お前には関係ないだろう!」
思い切り肩を押されたラウルがバランスを崩したように見えた。手を差し伸べようとした時、ラウルは態勢を入れ替えてニックの上に馬乗りになった。
「え…?」
呆然とするニックをよそにラウルは冷静な声で諭すように呟いた。
「戦場なら死んでたね」
屈辱に顔を歪ませ一触即発の雰囲気だったが、通りがかった教官によって中断された。
「そこ、何をしている!」
これ以上大事にならずに済んだが、互いの上官に報告する羽目になった。自分が叱られるのは良いが、喧嘩の原因がエルザだとあのエーデル上官が知ったらどうなるのだろう。ラウルに迷惑が掛かってしまう。
不安な思いが込み上げてきたが、今のエルザにはただラウルを案じること以外何もできなかった。




