第2章 エルザ ③自責
『エルザ!!』
焦ったようなバディの声と銃声が耳から離れない。
今日もまた悪夢のおかげで最悪の気分で目覚めた。全身嫌な汗をかいていて気持ちが悪い。他人に構い過ぎるなという上官から指摘を軽んじているわけではない。だが自分の目の前で仲間を失うかと思うと、勝手に体が反応してしまう。その結果、犠牲になるのが自分ではなくバディなのだから本末転倒もいいところだ。
「敗北の女神……」
4連敗という事実が胸に重くのしかかる。銃の扱いはそれなりだと思っているし、敵を倒して成果を出してもいる。それでも負けたことが分かると、仲間から責めるような視線を投げかけられる。
仲間を守ろうとすればするほど、仲間から疎まれていく。
次は休職ではなく配置換えの可能性もあるし、最悪除隊もあり得る。後方支援も大切な任務だが、仲間の安否が絶えず気になるだろうし、除隊になれば弟に徴兵の義務が生じてしまう。曾祖父が武勲を立てて爵位を得た家系だったから、本人たちの能力に関わらず戦いに参加する義務がある。
『兵士になんてなれない』
そう言って泣きじゃくる弟を見て、兵士に志願した。両親から一度は反対されたものの、弟の性格と大切な跡取りでもあった息子が戦場に不向きだと判断して、最終的には送りだしてくれた。
今は反抗期とはいえ、エルザにとってはいつまで経っても気が弱く優しすぎる弟のままだった。だから、どんなに辛くても自分が選んだ道だから後悔はない。ただ無力感と罪悪感だけは一向になくならないままだ。
――強くならなければいけない。
弟のことよりも、ラウルのことよりも考えないといけないのは強くなる方法だった。
重い体を引きずるように森へ向かった。今回はバディを失ったわけではないが、あの状態では二度と戦場に復帰できないだろう。ミスをしたつもりも油断したつもりもなかったのに、バディが重傷を負い、敗北したという結果の前には何も言い訳ができない。
『君が助けた命はバディの犠牲の上に成り立っている』
今回バディを組んだエドガーの友人にそう言われて返す言葉がなかった。
何も考えたくなくてただ無心に祈っていたのに、また邪魔が入った。
「……また貴方なの。 私なんかに何か用なの?」
苛々とした口調で伝えたのに、返ってきたラウルの言葉に呆然としてしまった。
「どうしたら君は僕を嫌わないでくれるんだろうか?」
――心をもたない精密機械と言われているのに他人の感情を気に掛けるなんて……。そもそも彼は本当に噂通りの人物なの?
戦場での正確で無駄のない攻撃は精密機械と言われるのも当然だと思った。だけど目の前にいる彼は任務をこなすだけの感情のない人形のようには見えなかった。
何をしているのかと聞かれて素直に応えてしまったのは、それだけ衝撃的だったからかもしれない。
「……ただの自己満足よ。 私とバディを組んだために死んでしまった子たちが、心安らかに眠れるように」
だがラウルの次の発言はそれ以上に衝撃的だった。
「君のバディが死んだのは個人の能力の問題だろう? 君が生き残っているのは優秀だからだし、バディを組んだこととの因果関係はないはずだ」
自己責任だと言われれば、そうなのかもしれない。だけど仲間が、バディが無能だったかのような言葉にエルザの怒りを買うのには十分だった。
「勝手なことを言わないで! 私がもっと上手く立ち回れていたらあの子たちは……! 貴方なんかに何が分かると言うの!!」
激高しながらも冷静な自分が指摘する。これは八つ当たり以外何物ではないと。
優秀であったなら仲間を守ることもできたし、バディを死なせることもなかった。
「僕は、君を怒らせてばかりだね。……ごめん」
反論もなくただ静かに謝られて、子供のような自分の言動が恥ずかしくなった。ラウルの言い方に反発を覚えたとしても、エルザの言動は褒められたものではない。
慌てて詫びると何でもないかのように彼は言った。
「君のせいではないよ。 僕が感情の機微に疎くて、よく他人を怒らせてしまうから」」
その言葉に胸の奥がつかえたように重くなった。自分の力量を棚に上げてラウルを非難するような言動をしたのに彼はそれを自分のせいだと思っている。自分に非があるのだと思い込んで、それをいつも受け入れているのだと思うと胸が痛んだ。
――人形なんかじゃない。
確信めいた思いが広がっていた。戦場では冷静に振舞うことが求められ、その功績から人形や機械と評されるが、他人の感情が分からずとも彼はいつも配慮しようと努めていた。過去のやり取りを思い出しながら、エルザはそう思った。
冷静になるとラウルの言葉はエルザを思いやるものだった。彼はただの事実について語り、エルザを責めるような言葉は一切なかった。
『君のせいではない』
一緒に戦った仲間から久しく言われていない言葉。それを嬉しいと思うのはいけないことだろうか。自分の行動が時折間違っていることは分かっている。だけど認めてほしいと思う気持ちも心の奥に存在していたから。
無表情で分かりにくいけど感情がないわけじゃない。物事の捉え方が独特で誤解されやすいだけなのだ。そう考えると否定的な感情が溶けていき、今までの自分の言動を反省した。ラウルの事を理解したいと思った。自分勝手は承知だが、今までのイメージや思い込みを捨ててやり直したい。
「貴方のせいではないわ。 きちんと話したこともないのに、噂だけで判断するなんて愚かなことなのにね。 ――仕切り直しましょう」
差し出した手を払うこともなく、ラウルは同じように手を差し出してくれた。ひんやりとしてゴツゴツとした男の子の手。初めてラウルの名前を呼んだことで、自分の中にあったわだかまりがほどけていくようにエルザは感じた。




