第2章 エルザ ②関心
ラウルの言動を気に留めるようになったのは、森で再会してからだった。
2日連続で遭遇したことに驚くよりも、彼の手にある白いガーベラの花束を目にした瞬間、嫌悪感が先に立ち睨みつけてしまった。よりによってガーベラの花を渡すなんて、嫌味としか思えない。
供える花の数は逝ってしまったバディの数だ。いくら自分が弱いからと言って、そんなに多くの仲間を犠牲にして生き延びたわけではない。
けれど首を僅かに傾げたラウルの様子を見て、自分の思い違いをしている可能性に気づいた。
「どんな意味があるか分かっているの?」
「分からない。気分を害してすまなかった」
予想通り彼は何も知らなかった。それなのに自分の感情を察して詫びたラウルに邪推した自分が恥ずかしくなる。どんな理由があるにしろラウルが自分に花束をくれようとした事実は変わらない。淡々とした口調や冷たく見える表情だったが、言葉自体は自分を気遣うかのように丁寧で、良からぬ魂胆があるようには見えなかった。
そう思って肩を落とした背中に声を掛けて、花を数本もらうことにした。
花束ごと渡そうとするラウルをつい強い口調で遮ってしまった。先ほどまで気が昂っていたせいか、感情的になってしまう。そんな自分を宥めながら綺麗にラッピングされた花を手にすると、生命力を感じさせる青々とした匂いがふわりと香った。
生きていた頃のバディたちの姿を思い出して、思わず目頭が熱くなった。涙をこらえながら何とかお礼の言葉を口にするとラウルは静かな瞳でこちらを見つめていた。
――どうして彼は花束を持ってここに来たのだろう。
疑問が浮かんだが何となく訊ねてよいのか分からず、黙って祈ることにした。
祈りを終えて顔を上げると、ラウルの姿はすでになかった。
感情が欠落した精密機械のように淡々と任務をこなす優秀な兵士。聞くともなしに聞こえてくる彼の人となりは本当に正しいのだろうか。他人と距離を取っているならば、何故自分に話しかけてくるのだろう。浮かんだ疑問が呼び水のように、何故が増えていく。
ラウルとは距離を置いた方がいい、そう思っていた。彼に非がないけれど、感情的になってしまうのはどうしても自分の中にある劣等感と無力感のせいだ。
それなのにラウルの事を知りたいと思ってしまった。
今までは気にしていなかったが、関心を持つようになってからラウルを目にする機会も増えた。耳も自然と彼の情報や声を拾うようになった。
備品庫に向かう途中、騒がしさの中に涼やかな声が聞こえて、厨房の前で足を止めた。
エーデル上官が率いる部隊は精鋭のみが選ばれると聞く。だがこうした他愛ない会話を聞くと、いつものピリッとした緊張感もなく、同年代らしい言動に微笑ましささえ感じられる。
盗み聞きするつもりはなかったが、リッツの大きな声で状況を察した。殺人的に料理が下手だと言われるラウルが少々気の毒になり、余計な世話だと思いつつ扉を開けた。
突然現れた自分の姿に目を丸くするヒューとリッツに、味見をすると宣言した。問題なければ黙って食べることを約束させてラウルに椀を渡す。平然としているように見えたラウルだが、スープをよそったまま何故か渡そうとしない。
部外者であるエルザに判断されたくないのだろうか。料理の出来栄えを気にしているのかもしれないが、そう提案してしまった以上は諦めてもらうしかない。
半ば奪い取るように椀を手にして、口をつける。単調な味付けのため、素材の味が際立っている。不味いと言われるのは臭みが残っているからだろうが、野営時の食事よりもずいぶんマシだと思う。
問題ないと告げれば美味しいかどうか、何故か怯えた様子で尋ねられる。好みは個人差だと告げると何とも言えない顔をされたが、どうしようもない。
ただ調理したラウルだけには感想を伝えておくべきかと思い、二人に聞こえないよう小声で告げた。
「美味しかったわ。 ごちそうさま」
個人的には不味いと思わなかったので、そう言うとラウルの表情が僅かに変わった。
至近距離でなければ分からなかっただろうが、目を見張りそれから口元が微かにほころんだ。思いがけないものを見て、動揺を隠すように足早に立ち去った。
――あんな表情も出来るのね。
感心すると同時に、何故か弟の姿を思い出した。
人見知りでいつも自分の後を付いてきた弟だったが、思春期になると露骨に避けるようになった。仕方がないことだと思いつつ、弟が少しでも以前のように慕ってくれたら、あんな表情になるのかもしれない。
浮かんだ想像を振り払うように目を閉じた。ラウルは弟の代わりではない。
以前ほど苦手意識はなくなったが、先ほどの件は花束のお礼だと自分に言い聞かせる。そんな自分の言動をそれ以上考えてはいけない気がした。




