第1章 ラウル ⑭罰
自分の呼吸音がうるさいぐらいに耳の奥で響いている。
「5秒だけ待ってやる。 早く起きないとつらいぞ?」
上官の声に顔を上げると笑顔の上官が目に入り、何とか立ち上がるが足の痙攣が止まらない。笑っていない目で思い切り蹴り飛ばされた。壁にぶつかって一瞬息がつまってむせる。ラウルより体力があるはずのリッツも同じような格好でうずくまっているところを、上官から蹴り起こされているのが視界に入った。
敗北は免れたものの、上官の命令を果たせなかったことで過酷な訓練を受ける羽目になった。負けていたら特別懲罰が追加されていたと聞いて安堵したものの、肉体的にきついことに変わりなかった。ちなみに特別懲罰は精神的にきついらしい。
「しばらく訓練に入ってなくて悪かったな。 こんなに成長していないとは思わなかった」
身体が悲鳴を上げているが、上官はまだ解放してくれそうにない。それほどにリッツとラウルに怒っているのだ。参加した全員ではなく、ここにいるのは自分たちだけだ。報告を聞いて失敗した原因が二人にあると判断された。
「二人一緒にかかってきていいぞ。 俺に勝てたら訓練終了だ」
余裕綽々の表情にリッツが顔を歪ませて、ラウルに合図を送る。こちらの体力は根こそぎ奪われているとはいえ、日々実戦に臨んでいる身だ。2対1なら勝ち目はあるかもしれない、そう都合の良い想像をしてしまうほど疲れきっていた。
「弱い者いじめほどつまらんものはないな」
そう嘯いて上官は訓練場から去っていった。体力は限界に達し、仰向けのまま必死に空気を肺に送ることしかできない。
「規格外、すぎ、だろっ……あの人が、いれば、楽勝、じゃねえか……」
息も絶え絶えにこぼすリッツに心の中だけで同意する。頷くことすら億劫だったが、伝えなければいけないことがあった。
「リッツ……巻き込んで…ごめん……」
標的の姿を目にしながら自分は、あっさりと逃してしまった。貴重な機会であったのに立て続けに自分がミスを犯したせいで。あの時エルザを気に掛けたために、動作と判断が遅れてしまった。わだかまりを解いていれば、単独で標的を追跡していただろう。リッツはバディとして連帯責任で訓練を受ける羽目になったとラウルは思っていた。
「は……お前のせいじゃ、ない。……あいつの傍に、いたくなかったから、分かれた。 上官はそれに、気づいたんだ」
あいつが誰を指しているのかすぐに分かった。バディを探すというもっともらしい言い訳でその場を離れたが、それはエルザに対する嫌悪や怒りといった感情からの行動だった。戦場において感情的に行動するのは危険だし、それが失敗の原因だと捉えられてしまったというのがリッツの認識だった。
そう言われてしまえば返す言葉もない。
「お前、あいつのどこがいいんだ」
「え?………どういうこと?」
リッツの唐突な質問にラウルは戸惑った。エルザの良いところを聞くのは、マイナスイメージを払拭するためだろうか。
「ヒューが……エルザはお前にとって、特別な存在だと言ってたんだよ。 嬉しそうな顔してな」
ヒューの名前を口にした時、わずかにリッツの声が震えていた。リッツにとってもヒューは特別な存在だったのかもしれない。
『他人を愛したり大切な存在を作るな』
上官の言葉を思い出す。特別と大切は違うと思っていたけれど、同じ意味なのかもしれない。気づかないうちに自分は弱くなってしまった、そう考えると上官が正しかったと思えてくる。
大切だと思う気持ちをなくすためにはどうしたら良いのだろう。




