第1章 ラウル ⑬失敗
戦場において大切なことは、生き延びるとこと勝利することだ。時には非情な決断をしなければならない。その判断に迷うようであれば上官から容赦なく切り捨てられる。自分の命と勝利を天秤にかけたとき、勝利をとらなければいけない。
「エルザ、よく聞いて。 ヒューは助からなかった。 彼は君に放置するよう伝えたはずだ」
「でも―」
「それが勝利に繋がるからだ。 僕たちはそう訓練されている。 君が庇わなければヒューは自害していた」
共に過ごしてきた仲間が傷ついていたなら、庇いたくなるのが普通なのだろう。復帰できるような怪我であれば援護も一つの方法だが、瀕死の仲間を庇っても生存数としてカウントされる可能性は低く、自分が窮地に陥る確率が格段に上がる。そんな状況はマイナスでしかない。だから自分が助からない、勝利の妨げになると判断した場合は自ら命を絶つ。上官に叩きこまれたことの一つだ。
リッツが駆けつけた時には、ヒューは銃を持つ力も残っていなかったのだろう。自分を守ろうとするエルザの前で自害することを躊躇ったのだ。これ以上苦しませないためにリッツは代わりにヒューを撃った。
ヒューがエルザに怒りを覚えたのは、苦痛を引き延ばし、友人を手に掛ける原因を作ったからに他ならない。
「エルザ、君は戦場にいるには優しすぎる」
彼女はただ仲間を守りたかったのだろう。その判断は時に仲間を危険に晒し、その反動として彼女のバディが犠牲になる確率が高くなった。エルザ自身は優秀がゆえに生き延びることができたが、守る対象が多くなるとどうしても犠牲が出る。自分だけ助かったというその罪悪感から更に助けることに固執し、その結果エルザは部隊の勝率を下げている。
それを告げるにはそぐわない場所とタイミングだからラウルは口にしなかったが、恐らく彼女も本当は気づいている。唇を噛みしめて悔しそうな表情のまま、エルザは何も言わなかった。
「他の仲間と合流するまで僕とバディを組もう」
短い時間とはいえ戦場で悠長に話をしてしまった。銃撃戦の後で一ヶ所に留まりつけることは生存率を下げる。エルザが無言で頷いたことを確認すると、リッツが向かった先と反対の方向に進んだ。
気配はあるから付いて来ていることは分かるが、時折不安になって振り向いた。その様子に気づいていながら、エルザは目を合わせようとしなかった。合図を送れないと意思の疎通が出来ない。
――もう少し話をする必要があるかもしれない。
そう思った瞬間、視線を感じて咄嗟にエルザごと地面に押し倒した。
目の前にあった枝が吹っ飛んだのを横目に見ながら、立て続けに2回別々の方向へと銃を撃った。視線を感じた方向とは別の角度から銃弾が飛んできて、自分の予感が正解だったことが証明された。――敵は2人いるのだ。
体勢を立て直したエルザが木陰に身を寄せながら応戦し始めたのを確認して、最初の銃弾が飛んできた方向に目を向けると、遠ざかる狙撃者の姿があった。
すぐに収まった銃撃も、彼女を逃がすためだけの攻撃だったと分かった。
僅かに確認できた顔と体型は女性のもので間違いないだろう。恐らくは上官から必ず仕留めるよう命令された女性兵士。直前まで視線を感じなかった彼女は優秀な兵士であり、わざわざ指示されただけあって、排除しなければこちらの仲間が危ない。
取り逃がしたまま上官に報告すれば、いい笑顔で過酷な訓練を与えられるぐらいの失敗だった。
時間ギリギリまで捜索したものの、女性兵士の姿を目にすることなく今回の戦場は引き分けという形で幕を閉じた。




