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心を持たない少年兵士と敗北の女神  作者: 浅海 景


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第1章 ラウル                    ①日常

――想定よりも早く片が付いた。

心の中でそう呟く。固い地面を踏む自分のささやかな足音さえも響いて聞こえる。先ほどまでの喧騒が嘘のように辺り一帯は静まりかえっていた。

――この感じは何となく心地よい。

戦いが終わったあとに時折訪れる静謐さは違う世界にトリップしてしまったのかと錯覚してしまいそうな、不安と安心が入り混じった儚い時間。


歩を進める中、捉えた微かな物音。自然と腰の銃に手が伸び振り向きざまにいつもの動作で引き金を引く。

人のうめき声と重いものが倒れた音が聞こえた。

それを契機に世界は日常に戻った。遠くから聞こえる破裂音、たなびく煙、そして血の匂い――。

変わり映えのない光景に背を向けて、ラウルは拠点へと足を向けた。


「ラウル、早かったな」

笑みを浮かべた上官に声を掛けられ、黙って敬礼をする。

「議会でもお前のことは話題に挙がっている。精密機械のように着実に任務をこなす優秀な駒がいる、とな。よくやった」

無造作に頭を撫でまわされる。いつものことだが、どんな反応が適切なのかいまだに分からないので、短く返事をする。

「…はい」


にやけた口元と軽い口調。規律に厳しい軍人らしかぬ態度だが、この上官は一応切れ者らしい。一見すればへらへらした遊び人といった風情だが、その洞察力、知力、判断力は並外れている。

最年少幹部候補だが扱いづらさゆえに自分のような部下を含めた精鋭部隊として前線に送られている、とある幹部の弱みを握っているので下手に中央に戻せない、など噂は多数あれど真偽のほどは定かではない。


――僕には関係のないことだ。

ただ勝ち続けていればよい。敵を、人を殺すための駒であること、それが僕の存在理由。他人の事情に干渉する気はない。

やっと手が離れたので、そのまま退出するためもう一度最敬礼をする。上官への態度は規定に明記されているから楽だ。


「なあ、お前は大丈夫だと思うが――」

踵を返した途端に背中に言葉をかけられた。

―まだ話が終わっていなかったのか。

自由に振舞う上官は、時折こういうフェイントをかけてくる。戦場だったら命とりだ。気を緩めたつもりはなかったが、すべての物事が規定通りに運ぶわけではない。上官はそれを戒めているのだ、と捉えるのは穿ちすぎか。

向きなおって続きを待つ。


「他人を愛したり、大切な存在を作るなよ。何か守るものがあるとそれは弱さに繋がる」

口癖なのか、上官はよく僕にそう告げる。

何故だろう、そう疑問に思ったこともあるが問い質すことはなかった。上官に対して疑問を呈すことをためらったからではない。理由はどうあれ答えは決まっているから。

「了解しました」

満足したように一つ頷くと上官は手をひらひらと振って、退出の許可を出した。


6日ぶりに戻った殺風景な部屋が何一つ変わっていないことを確認して、ベッドに倒れこむ。見慣れた天井の木目を一瞥し、目を閉じる。

――夕食まであと2時間…。 仮眠を取ろう。

休める時に休んでおかないと、ミスを犯しやすくなる。

――洗濯物、廊下に出しておけばよかったな。

眠りに落ちる寸前、そんなことを思った自分が人間らしい気がして少しおかしかった。


頭がぼんやりしながらも、夢であることを自覚する。

目を覚ました後は思い出すことなどないのに、夢を見ているときは以前も見たことがある夢だと分かる。自分の前に立つ男女の顔がぼやけているのに、僕は彼らを両親だと認識している。

『何のために生まれたか、分かっているでしょう?』

母親が柔らかい口調で語り掛けるが、混じる嘲りの色を隠そうとしない。

どこかから聞こえる忍び笑いがそれを増長する。分かっていると答えるのに、彼らは執拗に確認した。

「戦場で戦うためです」

ラウルの回答にざわめきが起きる。非難する者、咎める者、嫌悪を示す声が漏れ聞こえる。


『じゃあどうしてまだここにいるの? ここは貴方がいる場所じゃないわ』

母親と違う幼く甲高い声。二歳しか離れていない妹、もうレディと呼んでよい年頃のはずだが、一緒に過ごしたのは10年以上前。現在の彼女の様子を知らないから、夢で見る時は幼い頃のままだ。

『人を殺すためだけに生きているなんて、そんなの気持ち悪い!』


――これは、家を出る前に言われた言葉だったな。

気持ち悪いと言われても、僕の役割は生まれた時から決まっていた。妹にもそれが分かっていたはずなのに、家を出る直前にわざわざ言いに来たのか。怒っているような声で泣きながら叫んだ妹の行動が理解できなかった。


――僕は彼女に何と答えたんだっけ……。

同じ家に住んではいたけれど、顔を合わせることなどほとんどなかった。役割が違うからと僕は家族と一緒に食事を摂ることも稀だった。

当たり前のことと認識していたが、軍に入り他人と関わるようになってそれが普通でないことを知った。だからといって何の感慨も浮かばなかった。ただそれだけなのに、繰り返し見るこの夢は僕自身が何かわだかまりを抱えているからなのか。


『お前は他人を愛してはいけない』

上官の言葉が頭をよぎって、消えた。


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