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第83話.トカゲの尻尾

 

 その数時間後。

 呆気なく、テロリストによる反乱は制圧され、翌々日には、王都ルーニャは賑わいを取り戻しつつあった。


 無論、活気といっても、普段通りのものではない。倒壊した建物や家屋の補修作業に駆り出された魔法士たちに混ざり、王都に住む人々も彼女らに魔力を送り、食事や飲料を用意している……そういった、いつも通りではない光景が王都のあちこちに展開されていた。


 だが、人々の顔に絶望の色はなかった。すでに危機が去ったことを、すべての住民が、王城からの発表によって知らされていたからである。


 ――【青の憤怒】なるテロリストの一味と、彼らが率いた魔物のすべては討伐された。

 テロリストたちは全員が王城の地下に繋がれ、魔物はすべてが狩られた。

 テロリストの討伐にあたって大きな功績を残したのは、王都を守護する騎士団。そして、近隣に校舎を持つアルーニャ女学院の教師、それに数十人の生徒であった。


 なぜ彼女たちが、王都の危機に颯爽と駆けつけることができたのか?

 ……テロリストに加担した友人を心配した少女らが、教師や上級生に事情を明かして、何人もの味方を連れてちょうど王都を訪れていた――などという裏事情は、もちろん伏せられたので、誰も知るよしのないことだった。


 そして、人々に最も大きな衝撃を与えたのは、【青の憤怒】の黒幕として明かされた人物が――歴史と権威ある華やかなアルーニャ王国の王族、そのひとりであったことだろう。




 街の補修作業の指揮を執っていたレイは、その日のあらかたの仕事を終え、王城へと戻ってきていた。

 といっても、休む暇はない。書類仕事も机にはたんまりと溜まっているだろうし、捕らえた【青の憤怒】たちを尋問する役割も並行して行わなければならない。それこそ目が回るような忙しさだが、そんなものは慣れっこなので、別段気にしてもいなかった。


 だが、もうひとつ――もっとも重要な局面を残していることを考えると、とてもではないが、レイは平静な気分ではいられなかった。


 ……それでも、避けて通るわけにはいかない。

 浴室で汗を流し、暑苦しい鎧を脱いだレイは、その足でシャルナの元へと向かった。

 魔法省のトップであるシャルナは普段はほぼ城には戻ってこないが、緊急時というのもあり、昨夜から自室に戻ってきている。話したいことがある、と事前に文も送っている。入れ違いになるということはないだろう。


 シャルナの部屋の前までたどり着くと、レイは軽く深呼吸をし部屋の扉をノックした。


「はぁーい」


 侍女が出てくるかと思いきや、開いた扉から姿を現したのは思いがけない人物だった。


「君は……」

「どうもー、騎士団長様。お久しぶりです、ハノンノ・シフォンですぅ」


 ぺこっと頭を下げてみせたのは、ハノンノ――王都地下に【青の憤怒】が潜んでいた際、その情報を王城にもたらしたのがレイの妹であるレティシアと共にやって来た、少女である。


 なぜ彼女がこんなところに? 姉のミラの名前でも出して、シャルナに取り入ったのか?

 一瞬、そう疑ったレイだったがすぐに思い直す。いつぞやの会議でシャルナが放った言葉を思い出したのだ。


 ――『我が後進を、密偵として放つわ。あるいは猟犬、と呼んでもいいかもしれないけれど……ね』


 そうか。このハノンノが――シャルナの、密偵だったのか。

 そう考えれば合点がいく。クローティウス学園の交換留学代表生徒に選ばれ、レティシアたちと知り合ったということだったが……何もかも、最初から仕組まれたことだったのだろう。

 ハノンノは人懐っこい笑みを口元に浮かべたまま、室内を振り返った。


「シャルナ様。あたしはこれで失礼しますね」

「ええ。ご苦労様」

「騎士団長様も、それでは。…………」


 微笑みと共に一言囁いて、去っていくハノンノの背中を見送っていると、「さっさと入って」とシャルナが急かしてくる。

 シャルナは窓際に置いた椅子に座り、膝に乗った猫を撫でていた。城内では多数の猫を飼っていて、そのうちの一匹だ。王族と同じゴールドの毛を持つ、とびきり毛並みの良いその猫を、シャルナはよく可愛がっている。


「ちょうど、我が後輩からの報告を聞き終わったところよ。次の会議では王都を騒がす()()()()()()()とやらの話、詳しくしてあげるから」


 なめらかなシャルナの言葉に、レイはうまく答えられなかった。

 先ほどから緊張で、舌の根が乾いている。

 それでも、このまま黙って引き返すことはできないのは、レイの王族としての――否、騎士としての矜持が、そうさせるためだった。


「シャルナ。いや――姉上。今回の【青の憤怒】の一件についてですが」


 ぴくり、とシャルナの美しい眉がわずかに動いた。

 レイがシャルナを姉と呼ぶのは、およそ五年ぶりのことである。お互いに魔法省のトップ、騎士団のトップという責任ある立場に収まってから、自然と封印されていた呼び名でもあった。


「本当に、驚いたわよね。まさか我が愚妹のひとりが、黒幕だったなんてね」


 とびきり悲しそうな顔つきで、シャルナはそう嘆いた。


 ナハル・ジャ・アルーニャ。

 アルーニャ王国第八王女であり、クローティウス学園の二年生。

 母譲りの金髪ではあるが、瞳は父譲りの茶褐色をした少女だ。

 決して不器量なわけではないが――顔にもそばかすが散っていて、幼い頃からよく、一歳差の妹・レティシアとその外見を比較されていた。そのため本人が劣等感を覚え、レティシアに特にひどい当たり方をしていたのは、レイも承知している。


 そのナハルが、【青の憤怒】を裏で操る存在であると明らかにしてみせたのは、レイの元で研修に励む少女――アルーニャ学院の生徒会長だった。


【青の憤怒】が、アルーニャ女学院とクローティウス学園の間で行われる交換留学プログラムの詳細を把握していたこと。

 彼らが誘拐しようと企んでいたのが、ナハルが嫌うレティシアであり、同時にレティシアに懐いている第十一王女のミアナまでも、【青の憤怒】によって誘拐されかけていたこと。


 それらを指摘し、生徒会長は、それまで事件の最重要人物と目されていたフミカ・アサイムではなく……ナハルへと、一気に疑いの目を向けさせたのだ。

 本人は容疑をなかなか認めようとはしなかったが、昨日、寮の自室を騎士団が改めたところ、【青の憤怒】が使用していた水色のスカーフやナイフが、数十本発見された。

 いくらナハルが否定しようとも、物的証拠は揃っている。今朝、レイの目の前で、ナハルは連行されていったのだ。


「私じゃありません……! 姉様、私は、違うんです! 私だけがやったんじゃ――」


 真っ青な顔をしたナハルは、そんなことを叫びながらレイの配下である騎士たちに両脇を固められ、去っていった。


 そして、そのナハルに秘密裏に協力していたと見られるフミカ・アサイムの罪は不問とすることとなった。

 緊急に重鎮会議を開くまでもなく、レイの報告を聞いた女王が、直接そう判断を下したのだ。

 というのも、ナハルと異なり、フミカの疑わしさとは【青の憤怒】に魔力供給を行っていた、ただその一点のみにある。

 しかしそれは、魔族の出身であることを脅迫され、そうせざるを得なかった――そうすることで、紅き魔眼を治す王族の血をナハルから得る取引をしていた――のだろうと、レイに向かって生徒会長は言い放った。レイの口からその事情を聞いた女王が、寛容な処置を下したのだ。


 だが……レイも、きっと女王も、重々承知している。

 生徒会長が告げたフミカの事情とやらは、おそらく、()()()()()()である。とてもじゃないがフミカにとっての都合が良すぎて、信用には値しない。

 それでも、フミカが抱えた事情と王国側の損益を吟味した結果……女王は、我が子をひとり切り捨てる決断を下した。

 大きな貸しを作るのを嫌い、小さな貸しを作ったような形になるだろうか。だがそれも、裏事情を思えば貸しと呼んでいいのかは微妙なところであるが。


 レイは目の前のシャルナに意識を戻した。


「……姉上は、クローティウス学園の出身です。そして最も魔道具の研究が進んでいるとされるこのアルーニャ王国で、誰よりも魔道具に精通してらっしゃるのが貴女だ」

「まぁその通りね。我が知見を超えた知識人は何処にも居ないわ」


 謙遜なく肯定するシャルナ。

 レイは、自らを奮い立たせるように一息に告げた。


「【青の憤怒】が所有していたふたつの魔道具は姉上の作品ではないですか?」


 レイは言葉を止めない。


「それだけではない。六年前、ガルーダ魔国でフミカ・アサイムの家族や村の人間を斬り殺したという輩は、姉上の――」

()()


 シャルナのまとっていた雰囲気が、がらりと変わる。

 周りのものすべてを刺し殺すような、鋭く研がれた刃物のソレへと変化する。

 膝に抱かれていた猫は驚いて何処かへ走り去り、取り残されたレイはじっとりと頬に汗を掻いたまま、黙ってその場に突っ立っていた。……怖気のあまり、足が動かなかったのだ。


 レイはシャルナに、今まで名前を呼ばれたことがなかった。

 生まれて初めて、シャルナは、妹であるレイの名前を呼んだのだ。それがどんなに恐ろしいことか――レイ以外の人間には、きっと逆立ちをしたって到底理解できなかっただろう。


「……我が可愛い妹。何を言っているのか、我が認識には理解できないわ」

「……姉上……っ」

「ふふ。何をそんなに震えているの? 恐ろしいものなんて何も無いでしょう。我が麗しの女王の国は、我が矛と、我が頼もしい妹の盾が守っているのだもの」


 華やかに笑うシャルナに、レイはそれ以上、何も言うことはできなかった。

 部屋を退室したレイは、ふらふらとした足取りで、どうにか執務室への道を進む。

 頭の中で、先ほどから何度もリフレインしている。ああ、そうそう、と世間話をするような口調で、ハノンノが去り際に囁いた言葉だ。


 ――『レティシア様が、苦手なご姉妹の居る学園に交換留学に来るわけないですよね』


 シャルナはきっと、最初から分かっていたはずだ。レティシアが、たとえ交換留学生に選ばれたとしても辞退するだろうことを。

 だったら、王族を人質に取り、王族に男性の地位向上を訴えようとしていたという【青の憤怒】の計画など――それに、レティシアを苦しめようとするナハルの計画など――始まる前から、まるごと破綻していたのではないか!


「姉上は……あの方は、最初からすべて……」


 そういえば幼い頃のシャルナは、珍しい魔物の子どもをねだっては、それをいたぶって遊ぶのが好きだった。

 特に好きだったのが火蜥蜴……サラマンダーだったか、と、レイはそんな取り留めのないことを思う。足の速いあの生き物の尾を踏んで、飛び上がらせて驚かせると、尾が切れて無様に地面を跳ねるのだと、シャルナはよく笑っていた。天使のような、悪魔のような微笑みを浮かべて。



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