第9話.規格外の新入生
全寮制の魔法学校、アルーニャ女学院。
歴史ある華々しき学院、その百六六期生として入学した生徒総数は五十名であった。
入学直後に行われた試験によってクラスの振り分けが行われ、その結果は試験の翌日には、例年通り学院内にある掲示板に貼り出された。
結果は以下の通りであった。
魔法科クラス――二十名。
普通科クラス――二十八名。
退学処分――二名。
掲示板の前で飛び跳ねて喜ぶ生徒も居れば、その場で泣き崩れる生徒も多く居たという。
もちろん、その中にはナナオ――女学院に入学した、とある少年の姿もあった。
「……魔法科クラス」
噛み締めるように呟くナナオの隣で、ぼぅっと掲示板を見ていたフミカがこくり、と小さく頷く。
フミカは肩につくくらいの水色の髪の毛をした、水色の瞳の少女である。とても小柄なので、掲示板を見るにも背伸びしている姿は小動物っぽくて非常に可愛らしい。
そしてルームメイトであるナナオは知っている。
魔族である彼女の本来の瞳は赤い色だ。だが魔道具――水色フレームの眼鏡によって、その本当の色は隠されている。
「……私も」
「うん。おめでとう!」
「……ナナオ君もオメデト」
お互い小さなガッツポーズを作った後、そのまま小指のあたりをちょん、と触れ合わせる。
ほんのりと頬を染めてはにかんだフミカは、小首を傾げるようにしながら言ってくる。
「……でも、ナナオ君はゼッタイ合格するって思ってた」
「いや、俺は正直追い出されると思ってたんだけどね……」
ナナオはぽりぽりと頬を掻く。
そう、昨日のクラス振り分け試験――そこでナナオはとんでもないやらかしをしてしまった。
試験の内容はごくシンプルで、数メートル先の的に向かって魔法を発動させろ、というものだった。
多くの生徒が、的を狙って小さな火の玉を放ったり、風を操ったりする中――ナナオは魔法訓練場の半分ほどもある超弩級サイズの熱球を作り上げ、訓練場の壁を三面まるごと溶かし尽くしてしまったのである。
試験担当教師であったサリバ先生には、怒られはしなかったものの、その氷のように凍てついた目で睨まれてしまったし――アルーニャ女学院始まって以来の前代未聞の珍事、とかなり話題にもなっているらしい。
昨日は周りの視線が気になって、とても寮の共有スペースには居られなかった。掲示板の前の人だかりも、どうやら結果を確認しに来た新入生のみならず、ナナオのことを見に来た上級生もちらほら居るようだ。
というのも、
「見て、あの子よ。あの赤茶色の髪をした――」
「あの新入生が最強魔法を!? 信じられないわ」
「でも私の友だちがちょうど訓練場脇の花壇に居て、【超爆発】の熱球を目撃したって」
「最強魔法は我が国でも数人と扱えない代物なのに、規格外すぎる……」
「目つきは悪いけど、きれいな子ね。あれなら……」
ほら、今もなんかいろいろ聞こえるし……。
間違いなくだいたい悪口だし……。
すっかり居心地の悪くなったナナオに、フミカがぼそりと言う。
「……とりあえず教室、行く?」
ナナオは躊躇いなく「そうしよう!」と頷いた。
+ + + + +
三階建ての校舎、その一階にナナオたち新入生の教室があった。
転生前にナナオが過ごしていた高校の教室、その優に二倍はありそうな広い空間に、等間隔でちょこーんと二十人分の机と椅子が並んでいる。
その光景を見て改めて、ナナオは試験の厳しさを突きつけられるような気がした。
五十名の新入生の内、魔法科クラスへの所属が決まったのはたった二十名。
魔法科と普通科の違いについてはあまりよく分かっていないが、名前の響きからして、より魔法力が優秀な生徒が魔法科に振り分けられるのだろう。掲示板の前では悔し涙を流している女の子もたくさん居た。
――リルに言われるがままに、ここまで来ちゃったけど。
こうなった以上は、ナナオも物見遊山の気持ちではいられない。
真剣に学院に通い、勉学に励み、魔法の使い方も習得して――そして一刻も早く魔王とやらを倒さなければ。
……あと男だってバレないよう全力で気をつけないと。
「……ナナオ君、こっち」
くいくい、と制服の袖をフミカに引っ張られ、ナナオはされるがままについていく。
ナナオとフミカ以外のクラスメイトたちはといえば、既に席に着席していた。
こちらをちらっと振り返る生徒も居るが、誰も一言も喋っていないので、広い教室内はやたらと寒々しい印象だ。
縦四列に五つずつ並んだ机の、窓際の後ろの席とその隣がちょうど空席だった。
不真面目な生徒なら迷わず選びそうな好物件なのに――とまさしく不真面目なことを考えつつ教室の後ろを通ろうとしたら、空席の右隣に座った生徒から唐突に声を掛けられる。
「あら、ミヤウチ・ナナオ。それにフミカ・アサイム……でしたわね」
レティシア・ニャ・アルーニャ。
金髪碧眼の超絶美少女が、腕組みをしつつこちらを無表情で振り返っていた。
「ごきげんよう。あなた方も同じクラスなのね」
既に掲示板で見て知っているだろうに、いま知ったと言わんばかりに言ってのけるレティシアにナナオは軽く微笑んだ。
「レティシア、俺も同じクラスでうれしいよ」
「もって何!? わたくしはうれしいだなんて一言も言ってませんが!」
「これからよろしく。ほら、握手しよう」
「無視しないで! ……もうっ、本当に調子が狂いますわね!」
ぷりぷりしつつもキチンと握手に応じてくれるあたり、育ちの良さと元々の性格の良さが窺えるレティシアである。
ナナオはそんなレティシアに、改めて昨日の感謝を伝えることにした。ルームメイトのフミカにはお礼が言えたのだが、レティシアには寮でも会えずじまいだったのだ。
「それと昨日の試験のとき、助けてくれてありがとう。無事合格できたのはレティシアのおかげだよ」
「べっ、別にわたくしは――その――大したことはしてませんけどっ?」
「そんなことないよ。アドバイスも的確だったし、時間稼ぎのためにわざと転倒するレティシアも可愛かった」
「な、なん、なんっ、バっ………………お、おバカさん」
ナナオは握手しつつ悶絶しかけた。真っ赤っかのレティシアが可愛すぎたので。
この悪口を言い慣れてない感じ――清い!
そのまま何となくレティシアの隣の席に腰を下ろしかけたナナオだったが、引いた椅子と机の間に、
「……シュピンッ」
とか言いながら滑り込んだ影があった。
フミカであった。
「ちょ、ちょっと!? 何でアナタがそこに座りますの?!」
「……私の勝手。座る席は、自由」
「いまミヤウチ・ナナオがそこに座ろうと! していたでしょう!」
「いや、フミカが座りたいなら譲るよ。俺は窓際の席をもらうから」
「……そういうコト」
「どういうコトですの!?」
「……あと私の転ぶ姿はもっと可愛いって、昨夜ナナオ君は五回も言った」
「もっと!? 五回!? ――さ、昨夜?! 別にそんな、くっ悔しくなんてありませんけど……!?」
何やら声を荒げているレティシア。どうやらフミカとレティシアはすっかり打ち解けている様子だ。
美少女ふたりの遣り取りは見ているだけで何だか癒されてしまう。窓際の席に頬杖をついて座りつつ、頬を緩めてふたりを見守ってしまうナナオである。
そんなほのぼのとした空間に、突如として――カツン! と激しい靴音が響いた。
ナナオは反射的に首の角度を持ち上げた。
教室の後ろ扉の近くに、見知らぬ生徒が三人立っている。
まったく見覚えのない顔なので、たぶん……新入生ではない。二年の生徒だ。
その三人は、真ん中のポニーテールの女子を筆頭として教室に入ってくる。
ナナオはその様子を見て、式典のときのように何かの手伝いでやって来た上級生かと思ったのだが――それにしては様子がおかしい。
彼女たちは他の生徒に見向きもせず、まっすぐにナナオに向かって歩いてくるのだ。
途中、レティシアの前を通り過ぎるときだけ、三人ともがレティシアを薄笑いしながら見たように思えた。だが当の本人が何の反応もしなかったので、ナナオの気のせいかもしれなかった。
そうして目の前までやって来たツリ目のポニーテール女子が、挨拶もなしに、顎でしゃくるようにしてナナオに問うてくる。
「――――あなたが、魔法力試験で【超爆発】を使ったっていうミヤウチ・ナナオ?」
何やらひどく高圧的な問いかけだった。
それだけで、隣と、その隣の席の――フミカとレティシアが眉をしかめたのだが、ナナオはといえばまったく別のことを考えている。
――そうそう、【火炎弾】を放とうとしたらまったく別の魔法が出てしまったとかで、サリバ先生に指摘されたのだ。
確か魔法名は、いま目の前の彼女が言ったそれで、合っていたハズ。……合ってたよな? 大丈夫だよね?
「はい、そうですけど」
たぶん、という言葉は呑み込む。
「ふぅん、そうなの。そうは見えないけど……」
まじまじ、とわざとらしく見据えられて、ナナオはきょとんとしてしまう。
後ろのふたりも何やらクスクスと笑ったりしているが、何かのからかいなのだろうか?
「あの、喧嘩なら買いませんよ。俺、喧嘩弱いので」
堂々と言い放つと、目を丸くした後、噴き出すようにしてポニテ女子が笑った。
「違うわよ! 私はね、もっと高尚なお誘いをしに来たの」
「高尚な……お誘い、ですか?」
意味が分からず首を傾げるナナオに、にやりと笑った彼女が言う。
「ナナオさん。あなた――私の妹にならない?」