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第80話.フミカの過去2

 

 私――フミカ・アサイムは、ガルーダ魔国領の平凡な家庭に生まれた。


 両親ともに魔族なので、そんなふたりの間に生まれた私も当然、魔族だ。そもそも周りには魔族以外の人種はいなかったので、そんなのは私にとってはフツーのことだった。

 魔族の女性の魔力量は生まれつき強い。その中でも私はかなりの資質を備えていたらしく、小さい頃から両親や村の人は私のことを褒めてくれた。


 父は魔法が使えないので、主に家事をこなし、母は村の人と共に森や川に行き、魔物を狩って生活していた。

 特別、お金がある家ではなかったが、それでも私は幸せだった。父と母が居れば、他に欲しいものなんて何もなかった。


 だが、六年前のあの日……事件は起こった。


 村の若い女性がひとり、行方不明になったのだ。

 私の隣の家に住むその人は、面倒見が良く優しい女性だった。

 母たちは毎日毎晩、その人を探して周辺を捜索した。本当は私も手伝いたかったが、魔法が使えるといってもまだ幼いのだからと許してはもらえなかった。


 懸命な捜索の末、三日後に彼女は見つかった。

 ただし……物言わぬ状態で、だったが。


 隣の家に運び込まれたその死体を、私は直接、目にしたわけではない。

 だが、それでも誰かの口から情報は漏れて、その無残な死に様のことを私も知ったのだ。


 彼女は全身を、鋭い刃物でズタズタに切り裂かれて絶命していたという。

 川で木の根に引っかかっていたのを発見され、引き揚げられたが、下半身は所々を魚に突かれていたという。村でも美しいと評判だった娘の残酷な最期に、村の人々は憤った。


 盗賊か? 野盗の類か? いったい誰が、あんなに優しかった彼女を殺したのか……?


 しかし、そんなことは誰にも分からなかった。

 というのも、彼女は風魔法の優れた使い手だった。ただの刃物なんて風魔法のひとつで遠くに吹っ飛ばすくらい、彼女には造作もなかったはずなのだ。


 たとえば背後から不意打ちを食らった? 知り合いの犯行だった? 眠っているときだった? それとも……。

 だが、私たちには疑心暗鬼に陥る時間も、長くは与えられなかった。

 そのさらに二日後、大量の侵入者が小さな村へと押し寄せたからである。




「魔族狩り……って、ナナオ君は知ってる?」


 話の途中にフミカにそう問われ、ナナオは無言で首を振った。

 フミカは小さく唇を動かす。どうやら、「それもそうか」と呟いたようだった。


「……六年前。アル―ニャ王国の冒険者が大量にガルーダ魔国に押し寄せて、数百人もの魔族を惨殺する事件が起こったの」

「…………!」

「……未だに王国側は否定してるし、彼女たちはフードで顔や服を隠していたから、証拠もないけど。でも、私は間違いないと思ってる。優れた冒険者が何千人も育っている国は、アル―ニャ王国くらいだもの」

「もしかして……フミカの住んでいた村も……?」


 フミカは小さく首を動かした。肯定の形に。

 それからまた、話の続きを語り出す。




 ――魔族の魔力量が優れているといっても、数の暴力が相手ではどうしようもなかった。


 なにせ当時、村に住んでいた人数は、男性を含めて七十人足らず。戦いに慣れた女性の数は二十人にも満たなかった。

 それに対し、襲撃者の人数は五十人近かった。その全員が魔法を使った。


 家を破壊され、男や子どもを人質に取られては、どんなに強い魔物相手にも立ち向かう女性たちでも為す術なかった。

 そして、襲撃から一日と経たず、村に住んでいた全員が殺された。

 ――ただ、たったひとり。母の言いつけで家の地下にある食料庫に隠れて震えていた私だけは生き残った。いや……生き残ってしまったが、それ以外の人々はひとり残らず、殺されたのだ。


 三日三晩、外に出てはいけませんと母は言った。


 私はおとなしく言いつけを守った。両肩を掴んでそう言い聞かせた母の顔が汗だくで、血走った瞳にはギラギラと強い光が宿っていた。母のそんな形相を見るのは初めてのことで、私は震えながら頷くしかなかったのだ。

 服の布を噛みしめて、声を押し殺して泣き続けた私は、涙が涸れた頃にようやく、疲れ果てて地下を這い出た。

 栄養も睡眠も足りず、ふらふらしながら、どうにか家を出る。すでに出口は襲撃者に壊されていたので、崩れかけた壁からそっと周囲を窺って、建物の外に出たのだ。


 私が毎日のように歩いた道には、絨毯が敷かれたように赤い血痕が広がっていた。

 荒い息を吐きながら、私はその後を追っていった。それが、誰か……しかもひとりじゃない、何人もの人が引きずられて、地面にこびりついた跡に見えたからだ。

 気分が悪くて、ひどく気持ちが悪くて目眩がした。吐き気が止まらなかった。それでも足を止めてはいけないのだと必死に言い聞かせて、足を進めた。何かの衝動が私を突き動かしていた。


 村の子どもたちが集まって遊ぶこぢんまりとした広場で、その跡は尽きていた。

 そこに、穏やかで優しい母は居た。笑顔がすてきな父だって居た。

 おしゃべり好きのカー婆さんも。畑でたくさんの野菜を育てていたロック兄さんも。

 私を秘密基地での昼寝に誘ってくれたシェリーも。近所で評判の悪ガキのゴンも。

 口うるさいが世話好きのマッケンおばさんも。みんなが居た。私が大好きなみんながそこに居た。


 みんな折り重なっていた。

 八つ裂きにされて冷たくなっていた。何度も殴られたのか、顔の形状が変わってしまっている人も居た。

 辺りには変な臭いが漂っていて、小バエが集っていた。

 私の顔にまで、五月蠅い小バエが寄ってきたが、私はそれを手で振り払う気力もなかった。


 だって私は――もう、失ってしまったのだ。

 何もかも、私はもう持っていないのだ。大切なものは、すべて、奪われてしまったのだから。

 どうしてか、そのとき、たったひとつの記憶が甦った。


 ……母に地下に押し込まれる直前、私の耳に聞こえた声のことだ。

 それは、襲撃者のひとりが私の愛する誰かに向かって叫んだ言葉だった。


「赤い目をした悪魔どもめ! 死によってその罪を償え!」


 そのとき、私にはさっぱり分からなかった。

 悪魔? 罪? この人たちはいったい、何のことを言っているのだろう。

 誰のことを言っているの? 私の家族? 私の大切な人のこと? 私のこと?

 いったい、私たちが何をした? ただ細々と、小さな村で穏やかに暮らしていただけなのに。


 それを身勝手な言葉で罵り、奪って、陵辱したお前らこそが……


「悪魔は……お前たちのことだ」


 最初、それが自分の口から漏れ出たものだとは気づかなかった。

 低く、低く、地を這う声。恨みと憎しみに満たされた、憤怒の嘆き。


「悪魔は、お前たちだ」


 頬から、枯れたと思っていた涙がこぼれ落ちた。

 私の復讐は、そうして始まった。




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