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第77話.女はつよいよ

 

 "暴星"――。


 何やらとんでもない二つ名をつけられているらしい姉のことを、ハノンノはまったく誇らしげではなく、むしろ迷惑そうに語る。


「当代最強とはいっても、現女王とは直接やり合ったことはないそうですけどね。女王が戦線から退いた今となっては、アル―ニャ王国を代表する冒険者が、ミラ・シフォンという人なんです」

「あのお姉さん、そんなとんでもない人なんだ……」


 となると、そんな人を路地裏で囲み、あまつさえ刃物を向けようとしたあの男三人組……実はとんでもない勇者だったんじゃなかろうか。


「王都で何が起こっているか分からないですが、あの人が駆けつけた時点で問題は解決したも同然です。王都ごとノリで壊滅させちゃう危険性もありますが、まぁそのあたりは制御して暴れるでしょうし」


 ハノンノはそんな風に言う。信頼というよりは、それが当然であるかのような物言いだった。

 だが、それで「そっか」と引くナナオではない。

 この壁の向こう側には、ナナオのルームメイトの少女が居るかもしれないのだから。


「――わかった。じゃあ俺も行ってくる」


 その場の誰かが「は?」と呟く間もなかった。

 ナナオは先ほどのミラの跳躍を真似て、助走をつけて壁に向かって勢いよく走り出す。

 速度は体感だが、決して劣ってはいないだろう。問題はジャンプ力だ。


「な、ナナくんっ! さすがにナナくんでもこの高さは――」


 後ろのティオが狼狽えたように叫んでいる。ナナオの身体能力にゼッタイの信頼を置いてくれているティオでもこの反応だ。

 だが、ナナオには「いける」という確信があった。


 未だ自己強化の無属性魔法を使いこなせていない身で、他人からすれば「何言ってんだ」って感じかもしれないが。

 しかしナナオは、今このときに至るまで――、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 足裏全体で地面を蹴る。

 身体は羽のように軽く浮き上がり、高く、高く上昇していく。

 まるではじめて、自由に空を舞う機会を得た鳥のように、伸びやかな跳躍だった。

 そうしてナナオは想定していた十メートルさえも超え、さらに三メートル高い位置にまで、一瞬にして到達していた。


 通用口前に並んでいた人々から、大きなどよめきが起こる。

 それは数分前のミラの大跳躍をも上回るレベルの驚愕の声だった。


「嘘っ!? お姉ちゃんより高い――」


 言いかけたハノンノが、はっとして口元を抑える。

 やっぱり、あの人呼ばわりしつつも本当は仲良しなんだろうなぁ、とナナオは微笑ましく思いつつ口を開く。

 重力に従って身体が落ちきる前に、伝えておくべきことがあった。


「みんな! 俺は先に行くから約束の場所で合流しよう!」


 約束の場所、というのはナナオの部屋で事前に話した際、フミカが向かうだろうと話していた場所のことだ。

 衆人環視の状況下で出していい単語ではなかったので咄嗟にそう言い放つと、いち早く硬直を解いたレティシアが応じてくれた。


「了解しましたわ! それでアナタはどうしますの!」

「俺は――当然、フミカを探す!」


 そのままナナオは、赤茶色の髪の毛を逆立てながら壁の向こうへと消えていく。

 残されたレティシアたちは、顔を見合わせた。

 未だ兵士たちは、王都内と連絡が取れずに混乱している様子だ。

 ここを突破するには時間がかかるだろうが……だが、今は辛抱強く待つしかない、と視線を交わす。


 そんなレティシアたちは、気付いてはいなかった。


「ねぇあの子、アル―ニャ学院の制服を着てたわよね」

「だとしたら……もしかして」

「……あの女の子が、()()()()()()()……?」


 周囲の人々が、そんなナナオの姿を見て、ひとつの異名を囁き合っていたことに。




 +   +   +   +   +




 王都内。


 地面を転がるようにして接地し、難なく衝撃を和らげて着地したナナオは、油断無く周囲を見回した。

 落っこちたのは運が良いことに、通用口を抜けた後に通る橋の形で架けられた石畳の道の上だ。

 もし少しでも着地点がずれていたら、そのさらに下方に流れる川の中に真っ逆さまである。


「このあたりは異常なしだけど……」


 しかし、高い壁を越えたおかげか、よく物音は響いてくる。

 かなり遠くからだが、金属同士がぶつかるような……それにこれは、魔物の咆哮だろうか。

 やはり王都内では、何か異常事態が発生している。この絢爛にして豊かな街で、何かが起こっている。


 だが――とナナオは疑問に思う。


 ふつう、王都内であんな爆発音がしたら、渦中の人々は平常でいられないはずだ。

 魔物や盗賊――あるいは【青の憤怒】の残党なんかが暴れているのだとしたらなおさら、街の中から外に飛び出そうとするはずではないか?

 だとしたら、今頃このあたりは人の波に覆い尽くされ、逃げだそうとする人混みで溢れかえってもおかしくはないのに……。


 ひとまず、状況を把握したいところだ。

 ナナオは胸ポケットに入れていた召喚用紙を取り出した。


「リルッ」

『ああもう相変わらず、女神使いが荒いヤツねッ!』


 召喚されたリルは、文句を言いながらも状況は理解していたようだ。

 ナナオは大人しく目の前で佇んでいるリルの口に腕を突っ込み、中から炎熱の剣を取りだした。


『オエオエオエ……ゲロゲロゲロ……』

「ありがとうリル。あとスキルなんだけど」

『【索敵】でしょ? しゃーないわね、付与しておくわよ』


 今日のリルはやたらと物わかりがいい。緊急性を理解しているからだろうか。

 さっそく【索敵】スキルの効果が脳内に広がる。王都内のマップ上に、光点として浮かび上がるそれらを、ナナオは瞬時にして把握していく。


「これは……ふたつの部隊が、戦ってる……?」


 光点の動きを追う限り、たぶん間違いない。

 広い王都の中をバラバラに、光点の塊は大きく分けて二十ほどに分かれている。

 そのどれもが、二つの陣地に分かれて、何度か離れたり、重なり合ったりしているのだ。詳しくは分からないが、これはたぶん、互いに衝突し合っているということだろう。


「だけどこんなに早く、救援が駆けつけたのか? それで街の中の人たちは、逃げずにその場に留まってる……?」


 救援部隊が編成されるとして、陣頭指揮を執るのはおそらく騎士団長のレイだろう。

 でも優秀そうな彼女の指揮だと言えども、ここまで迅速に唐突な事態に対処できるものだろうか。

 疑問に思うナナオに、リルがはきはきと言う。


『ああ、アンタは学院外のことはあまり知らないものね。まぁ、見てきた方がはやいんじゃないかしら』


 どうやらリルは、既にナナオの疑問の答えを知っているらしかった。

 そのままナナオの頭の上にぶら下がる形でしがみついてきたリルを連れて、ナナオはその場を移動する。


 だが頭の中では、一度目の死を迎えた直後――異世界『タナリス』と天界の間で女神タリアが告げてきた言葉が、警報のように鳴り続けていた。


 ――『リル? えっと、そんな名前の女神は居ないわよ~?』

 ――『だからその、女神を名乗っているその子、あまり信頼するとまずいんじゃないかしら~……』


 ……タリアは、「リル」なんて女神は存在しないとはっきり言った。

 それが本当だとすると、ナナオを転生させ、魔王を倒させようとしているこの白猫の中身――リルは、女神を名乗っているだけの謎の存在ということになる。だが……


『ナナオ。そういえばアンタおととい、死んだでしょ』


 あまりにアッサリとした口調でリルが言うので、ナナオは思考を中断して「えっ」と声を上げてしまった。


『そのすぐ後に供給されてた魔力が切れちゃったから、『異世界モニター』で様子を見てたんだけど……その後、生き返ったわね。あれはどうやったの?』

「どうやったって……」


 女神タリアの名前を出していいものか。

 ナナオがどうしたものかと黙っていると、リルはやはり平坦な声音で言ってのけた。


『大方、タリアあたりが出張ってきたんじゃないの?』

「えっ!? 何で知っ――」


 ……しまった。完全に墓穴を掘った。

 今さら口元を抑えるナナオ。「やっぱりね」とリルは肩……のあたりを竦めた。


『そうだろうなとは思ってたわ。それでアンタはあのおっぱいオバケから余計な話をいろいろ聞いて、アタシを信頼できなくなり、二日間も喚び出さなかった、と』

「う……」


 それはその通りなのだが、本人に的確に指摘されると気まずい。

 目を逸らすナナオの頬を、リルのぷにぷにの肉球がぷにぷにした。……うむ、気持ちよい。


『気持ちは分かるけどね。アタシがアンタの立場だったら、今頃アンタを拷問にかけ、情報を引き出そうとしてたかもしれないし』

「お前ほんと、女神らしからぬこと言うな……」

『でもいよいよ、アンタの望む答えは近づいてきてると思うわよ。アタシにとってはめでたいことじゃないけどね』


 何やら思わせぶりなことを言うリルに、ナナオはすっかりたじろいでいた。

 ここまで来て、ごまかすどころか開き直ったような態度だ。疚しいところがあるから――とも読み取れるし、逆に、特別隠し立てすることがないから……とも感じ取れる。つまり、微妙な態度だ。


「とにかく、今はリルを追及するつもりはないよ。フミカのことが最優先だ」

『そうね。アタシもそれには賛成。このまま放っておいたら、ろくでもないことになるだろうし』


 やりとりしながらもナナオは石畳の道を抜けた。

 これでようやく、王都の大通りにまで出られる。ここで何が起こっているかは分からないが……何か恐ろしいことが起きているのは確実だ。

 炎熱の剣を半分だけ鞘から抜きながら、ナナオは警戒心を全身にみなぎらせ、大通りへと勢いよく飛び出した。


 そして。

 目の前の光景を前にして、ナナオは信じられない思いで目を見開いていた。


 そこには、【青の憤怒】や魔物に脅かされ、寄り添いながら涙目で震える女性たちの姿……なんてものはなかった。


「はああああっ!」

「やぁっ! てやっ! とうっ!」

「私に刃向かうなんて、百年早いわ!」


 どっちかというと……逆。


 そこには、華奢な女性たちに追いかけ回され、ヒィヒィ泣きながら助けを求める【青の憤怒】と、逃げ回る魔物の姿があった。


「……なにこれ?」


 呆気にとられて呟くナナオに、リルはこともなげに言ってみせた。


『この世界の女は、とにかく強いのよー。……いろんな意味でね』



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