第75話.冒険者という存在
再び学院から王都へと戻ってきたナナオたちは、大門脇の入場専用の通路へと並んでいた。
昨日の今日で、まさか王都に帰ってくることになるとは思わなかったが……と考え事をするナナオの右隣にはハノンノが。左隣にはティオ、そしてすぐ後ろに腕組みしたレティシアなどなど。
そんな陣形だったからか、にこにこ微笑みながらハノンノがナナオの顔を覗き込んできた。
「これは両手に花――どころじゃないですね、ななせんぱい?」
「いやぁー、俺も女ですけど?」
「あれぇー、そうでしたっけ?」
あはははは、と笑い合うナナオとハノンノ。……怖い。怖すぎるぞこの小悪魔系後輩。
助け船を出そうとしたのか、そこでティオが「はいはいっ」と元気よく挙手をした。
「あの! 結局、何でレティシア王女とハノンノさんは、フミカさんの行き先が王都だと予想したの?」
「ああ、それは簡単なことですわ。フミカさんは自分の赤い目を治したい、と話していたのでしょう?」
前半はティオに、後半はナナオに確認する形で言い放つレティシア。
「昔から言い伝えられておりますの。魔眼を癒すには、アルーニャ王国の王族の血が必要だ――と」
「王族の血?」
ティオがそこで「あ!」と手を叩く。
「そうか。『女王物語』にもあったね、赤き魔眼の少女が若き女王の前に現れて、この血に汚れた目を治してください……って懇願する場面が」
「断章に用いられたマイナーな場面ですが――ティオさん、よくご存じですわね。その通りですわ。女王は少女の願いを聞き入れず、赤き瞳も美しい、と囁いてその場を去るのですけどね」
肩を竦めるレティシア。ナナオの感覚的には、意外と女王様ってケチなんだ……という感じだったが。
「じゃあフミカも、王族の血が欲しくて王都に向かってるってこと? でもそれだと……」
「そうですねぇ。フツー、最も奪いやすい血を優先しますよね」
ナナオの言葉を引き継いだハノンノが、感情の読めない笑顔でレティシアを見遣る。
学院のみならず、寮でも共同生活を送っていたわけだから、ハノンノの言うとおりフミカがレティシアの血を奪う機会はいくらでもあったはずだ。
「……さぁ、わたくしにはフミカさんの考えていることは分かりませんが。単純に、より王族の血が濃い相手を狙おうと思ったのでは?」
レティシアは自分に注がれる視線を嫌がるようにそっぽを向いてしまう。
だが、キュキュは誤って連れ去られただけで、『青の憤怒』の狙いはレティシアだったはずだ。だから、それだと辻褄が合わないのだが……。
というか現時点で、『青の憤怒』と名乗った男たちの詳しい目的さえ分かっていないんだよな。
もしかしたら既に、騎士団のレイや生徒会長は把握しているのかもしれないが、彼女たちはナナオたちにはそれ以上の情報を教えてくれる様子はなかった。男たちが何者なのかも、ナナオは詳しくは知らないままだ。
それも、フミカに会えればはっきりするのだろうか。
「――まぁ、魔族にとってはそりゃあ、アルーニャの冒険者は憎いでしょうねぇ」
ふと横合いからそんなつぶやきが聞こえてきたので、ナナオが目を向けると、ナナオの背中を境目にしつつハノンノとティオが会話していた。
「だとすると……王都地下に悪い人たちが潜伏していたのは、やっぱり女王様に進言するため、とか?」
「進言というより、脅迫するつもり満々ですよね。レティシア王女を人質に取ろうとしていたことからも、王家に何らかの要求をしようとしていたのは間違いないでしょう」
話のと悠で口を挟むのはどうかと思ったが、気になったのでナナオはハノンノに質問した。
「ハノンノ、魔族はその……人間が嫌いなの?」
――『……煮るなり焼くなり、好きにすれば。人間は魔族が嫌いでしょ』
ナナオに自分の正体がバレてしまったとき、フミカはそう呟いていた。
まるで魔族と見れば、すぐさまナナオが攻撃するのが当然だと、そう思っているかのようだった。
ナナオが質問すると、ハノンノは極めて不審そうな顔をした。
「そりゃあ、そうでしょう。人間というより、冒険者が嫌われているんだと思いますが」
「冒険者……」
「です。今となっては魔族は完全に自国に引っ込んで静かにしていますが、数年前まではアルーニャ王国とガルーダ魔国は戦争状態だったんですよ。両国とも何百人もの戦死者が出てますし」
確かにそれは、授業でも習ったことだ。
サリバがその血塗られた歴史について語っているときも、ナナオの隣の席でフミカは表情ひとつ変えずにノートを取っていた。
「主に魔族を片っ端から屠って回ったのは、アルーニャ王国でも優秀と名高い歴戦の冒険者たちでしたからね。魔族はそれでかなり数が減って、冷戦状態ではありますが、アルーニャ側は事実上の勝利を収めています」
「魔王は、自国の民が苦しんでいたのに何もしなかったの?」
「えっと……魔王はガルーダ魔国で最強の存在だと畏怖されてはいますが、統治者ではないんですよ。どちらかというと恐怖の対象として見られてて、表舞台にはほとんど出てきませんね。……って」
そこでハノンノは疑い深げにナナオの顔を見上げてきた。
「……こんなの子どもたちでも知ってる常識じゃないですか。ななせんぱい、知らなかったんですか?」
「お、俺はその――ド田舎の生まれでして……?」
「ふぅん。……でもどんなド田舎の子どもでも、知ってることだと思いますけどね?」
いちいち後輩が怖い! 誰か助けて!
ナナオが心の中で心底怯えていると、ナナオたちの前の前に並んでいた数人の冒険者のグループが、門番を務める兵士たちによって呼び止められていた。順調に列が進んでいたのに、ここに来て完全停止だ。
どうやら何か言い争いをしているらしい。女性特有のキンキンと鼓膜に響く声が、前方からきこえてくる。
「だからねー、冒険者ライセンスなんだけど、水底でギガントモンスターと勝負してたらこの通り、バッキバキに破損しちゃったのよ。水に濡れても平気だからって油断してた私が悪いんだけどね」
「それは分かりました。もちろん、ミラ様ほどの方ですので我々とてすぐさまお通ししたいところではありますが、その、規則がありまして……」
「何言ってるのよ! ミラ様なら顔パスで通しなさいよ!」
「そうですです! ミラお姉様のご活躍っぷりは、あなただって理解しているでしょうに!」
どうやら当事者らしいミラ――という女性より、その取り巻きらしき五人の女性たちがキャンキャンと吠え立てて、兵士に抗議している様子だ。
「あーもう、やめてよみんな。悪いのは私よ。この可愛らしい兵士さんたちを責めたって、どうしようないわ」
「でもミラ様! ミラ様は激闘の後でお疲れなのですから、早く宿で休んでほしいのです!」
「ですです! 宿屋『シエスタ』のロールパンが恋しいって、ミラお姉様おっしゃっていたではないですか!」
お。ケータの実家である宿屋『シエスタ』の名前が出てきた。
さすがケータ。それで興味を引かれたナナオだったが、隣の少女の様子がおかしいのに気がついて、思わずそちらに目を向けた。
「あれは……」
ハノンノが、大きく目を見開いたかと思えば、苦々しげに唇を噛み締めていた。
その表情の意味が、ナナオには分からなかった。
だがハノンノの目線の先にいる人物を確かめて、「えっ」とナナオも声を上げた。
その声に気がついたのか……女性グループの中のひとりが、こちらをクルリと振り返った。
「あら――」
だが、その声の続きはナナオたちにはきこえなかった。
一瞬の後――爆発音のような激しい音が、周囲一帯に炸裂したからだった。