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番外編5.ナナたん調査日記

 

 わたしの名前はポアナ。ポアナ・ウィリオ。

 どこにでもいるような、十七歳の女子である。


 黒髪のおかっぱ頭に、丸々としたフレームの眼鏡をつけた、まぁ自分で言うのも何だが地味で目立たないタイプ。水魔法がそれなりに得意なこと以外に、特技らしいこともほとんど無い。

 しかしその唯一の特技が、今のところわたしの救いである。


 というのも――わたしが通っているのはアルーニャ女学院。主に冒険者や騎士を目指す少女が志す、国内随一の魔術学院なのだ。

 この魔法科に合格した時点で、将来の成功は約束された、なんていわれるくらいには有名な学院。わたしは、やっぱりどこにでも居るような平凡な家の次女なのだが、魔法科に合格したことを連絡すると、倹約家の母と父、それに姉が王都にまで駆けつけ、一日中わたしを歓待して贅沢三昧させてくれた。

 ほとんど記念受験なもので、何の期待もしていなかったはずの両親がよくやったぞ、お前は私たちウィリオ家の誇りだと、キスの雨を降らせんばかりに喜んでいる姿には、些かげんなりさせられたが。


 そうしてウハウハな学院生活を送るはず――のわたしだったが、同じ魔法科の生徒といっても、やはり上には上がいる。そのことを、ほんの数か月の学院生活でわたしは思い知っていた。

 というわけで今日の日記は、その詳細についてを書き綴っていきたいと思う。別に他に題材がなくなったとか、そういうわけじゃないからね?




 まず、ミヤウチ・ナナオ。

 この子の実力は正直、上……と一言で言い表せないくらいにとんでもない。

 まず入学時の魔法力テストの時点で、このナナオは最強魔法と呼ばれる【超爆発(エクスプロージョン)】を披露してみせたのだ。

 しかも「【火炎弾(ファイアーボール)】!」とか叫びながらの【超爆発(エクスプロージョン)】。これだけなら何かのおふざけ? って感じだけど、本人は至って真面目に「【火炎弾(ファイアーボール)】!」って叫んでたんだよね。


 これには担任教師のサリバ先生も、褒め称えるどころかドン引きしていた。アルーニャ女学院の長い歴史において、入学テストで最強魔法をブッ放す生徒なんてナナオが初だったに違いない。


 そのあとも彼女の快進撃は止まらなかった。

 学院を代表する実力者である上級生との一騎打ち、神獣の召喚、魔王の撃退……思いつくだけでもこれだけある。

 そんなナナオは、今や一年生どころか学院中の注目を集める存在だ。先日王都に息抜きに遊びに行った際には、王都内でも明らかにナナオを指した噂話が広がっていて驚かされた。「規格外の新入生」と呼ばれて、英雄か何かのように噂されているのだ。

 ナナオの破天荒な行いのほとんどは、学院内でも一応、箝口令が敷かれているのだが……まぁ、お喋り好きな誰かが街の人に漏らしてしまったのだろう。止める手立てもないので、わたしはその件については静観するようにしていたが。


 これだけ奇抜な行動を繰り返していれば、ミヤウチ・ナナオとは高飛車で高慢な人物に違いない……と思われるかもしれないが、実際はそうではなかったりする。


 ナナオは、とにかく優しい少女だ。

 最初は、その目つきの鋭さにビビって距離を置いていたわたしだったが、そんなわたし相手にも、毎日のようにナナオは挨拶の言葉をかけてくれた。

 日直の仕事で重い荷物をふらふらで運ぶときなんかは、「持つよ」と言って半分以上の量を運んでくれたりする。……正直、素敵。格好良いし尊敬する。


 それに、誰が相手でも物怖じしない芯の強さを見せたかと思えば、時折見せる屈託なく笑う顔も、こっちが照れてしまうくらい可愛かったりする。

 ……うむ、そろそろ認めよう。実はわたし、これで相当、ナナオのファンなのだ。心の中では「ナナたん」と愛称で呼ぶくらいにはファンなのだ。誰にも内緒だけどね。


 というのも、わたしが所属しているグループのリーダーはキュキュ・サイルという、これまた上級貴族そのものという感じの高慢ちきな女の子で、彼女や双子の妹のリュリュは、自分たちより目立つナナた……ナナオのことを、あまり快く思っていないようだ。

 だから、表立ってナナオたちのグループとはあまり仲良くする機会がない。ううむ、残念。

 しかしわたしは、そういったナナオの剣技や魔法の実力以外に注目している、ただひとり――ってことはない、数十人居る女子のうちのひとりなのである。


 そう、ナナオはモテる。

 むしろあそこまで格好良くてキラキラしている彼女がモテない理由も無いのだが、驚くべくは、その恋のお相手らしき少女たちが、これまた粒ぞろいだということだ。




 一人目は、レティシア・ニャ・アルーニャ王女。


 お父上が平民出身ということもあり、国民からも陰口を叩かれている第九王女だが、実はわたしのような平民にとっては、彼女のような高貴で才色兼備な王女は憧れの的である。レティシア王女の隠れファンは、結構な数が潜んでいたりする。

 噂にたがわぬ魔法の実力を、学院でも遺憾なく発揮されているレティシア王女だが、そんな彼女は、ナナオの恋のお相手の筆頭として囁かれている。


 何と言っても、四月の入学直後の出来事が記憶に新しい。

 ナナオに自分の妹となるよう姉妹契約(シスターズ)を迫ったラン・へ―ゲンバーグという二年生次席の貴族の令嬢が居たのだが、その人物と、ナナオは一対一の剣術勝負を行ったのだ。

 結果はナナオの完全勝利だったのだが、その勝負の原因となったのが、ランがレティシア王女をこれ見よがしに侮辱したことなのだ。レティシア王女の悪口を聞いたナナオは普段の温厚さを捨てて静かに怒り、ランに決闘勝負を持ち掛けた。教室の隅でわたしもその様子を見ていたのだから、間違いない。


 このふたりは普段から仲が良く、しょっちゅう喧嘩している姿が学院内では目撃されている。

 喧嘩するほど何とやら、というやつだろう。プリプリと頬を膨らませて怒る愛らしい王女を、これまた楽しそうな笑みで見つめるナナオの遣り取りは、それを盗み見る生徒たちの心をメロメロに蕩けさせてしまうのだった。




 二人目は、フミカ・アサイム。


 出自については、わたしの調査力を持ってしてもよく分かっていない。いろいろ謎めいたところのある、水色の髪の小動物のようにかわいらしい少女だ。

 教室では眠そうにしているが、ナナオの隣の席をしっかりキープしていて、いつもナナオに話しかける女子がいないか目を光らせているのをわたしはよく知っている。小動物みたいなのに、彼女の一睨みは毒を持つ蛇のそれである。

 おかげでわたしもすっかりドキドキして、教室内でナナたんに話しかける機会はほぼなかった。そもそもキュキュ・サイルたちの監視の目が怖すぎて、迂闊に近寄れないんだけどね。


 レティシア王女に負けず劣らず、学業も実技も優秀なフミカ嬢だが、彼女はナナオのルームメイトだ。

 そう、ナナオと最も長く、濃密な時間を過ごしているのがこのフミカ嬢なのである。

 そのためか、ナナオは何か行動を起こすときはまずフミカ嬢を呼ぶ癖がある。フミカ嬢のほうもそれが当然のようにナナオの服の袖を握る姿は、庇護欲をそそって非常にキュートだ。


 そして、いつもフミカ嬢が眠そうにしているのは、もしかすると、寮の自室で甘い時間を過ごしているからなのではないか……なんて、まことしやかに噂されている。




 三人目は、ティオ・マグネス。


 北東の村シュタリの出身。いつも毛糸の帽子を被っている、元気溌剌とした明るい少女だ。

 もともとは普通科の生徒として学院に在籍していたのだが、ティオ嬢は四月末に魔法科に転入となった。と書くのは簡単だが、普通科に配属となった生徒が再試験に合格するのは困難で、これは学院でもかなり珍しい出来事のようだ。


 その奇跡のきっかけも、やはりナナオにあったらしい。

 ふたりが連れ立って森に行く姿は何度も確認されている。わたしの調査では、ナナオはティオ嬢に魔法の使い方を指導していたようだ。ふたりっきりで魔法の特訓だなんて、何だかロマンスの匂いがするわ。

 そして先日は、筆記試験の結果が悪かったため仲良く補習を受けている姿も目撃されている。実技は極めて優秀なのに、ふたり揃って座学が苦手というのも、何だか可愛らしい共通点だ。


 ……わたし?

 えっと中間試験では、実技は7位……つまりびりっけつで、筆記は17位だったけど。

 ……はい。そうです。わたしも補習を受けました。ナナたんとティオ嬢、隣同士の席で仲良く補習受けてました。わたしはそれを後ろの席でジーッと見守ってました。…………はい。


 コホン! まぁそれはいいとして。

 いつもはニコニコと、ナナオの様子を控えめに見守っていることが多いティオ嬢だが、ナナオはそんなティオ嬢のことを非常に信頼しており、何かあればすぐ彼女の元へと駆けていく。そんなナナオにうれしそうに顔を綻ばすティオ嬢は、それはもう眼福なのである。




 このあたりで、そこらのナナたんファンは調査を終えるだろうが、わたしはそこらのナナたんファンとは違うので、もう一人の恋のお相手についても調査中である。




 四人目は、ハノンノ・シフォン。


 彼女はアルーニャ女学院ではなく、アルーニャ王国第二の首都とされるイシュバの街に近接したクローティウス学園の生徒である。

 つまり、ナナたん争奪戦のヒロインとしてはかなり最近――より正確に言うと、この日記を書いている今朝からの参戦だ。その条件だけなら不利なのだが、今朝教室に現れた彼女は、何だかそんなことはどうでもいいと言わんばかりの態度だった。


「あのぉ、サリバ先生。あたし、彼――じゃない、いま教室を出て行った彼女、追いかけちゃいますね!」


 桃色の髪の毛をした、キラキラの目をしたハノンノ嬢は、教室を覗き込んだかと思えば、そんな言葉を残して一目散に去っていった。

 わたしたち魔法科の生徒は、一堂が唖然とした。それもそのはず。今朝は、交換留学生として旅立ったはずのキュキュ・サイルが行方不明になって大騒ぎで、しかもその報を受けたナナオが教室を飛び出していってしまって、教室は騒然としていたのだ。

 それを追おうとしたレティシア王女がサリバ先生に取り押さえられ、ティオ嬢が颯爽と去ったあとの、ハノンノ嬢のこの一言。王都の噂を知ってなのかはわからないが、ハノンノ嬢の目には何だか、最初からナナオの姿しか映っていないようだった。

 教室がざわついたのは当たり前だ。だってこんなに堂々と参入するヒロインが別の学園に居るだなんて、誰も思わないじゃない!


 というわけで、今後の活躍に期待できるのがこのハノンノ嬢である。キュキュ・サイルが行方不明になったというから、この交換留学プログラムについてもどうなるかは分からないが……というかサイルさん、大丈夫なのかなぁ。すごく仲が良いというわけではないけれど、クラスメイトとしてはやっぱり心配だ。




 そんなサイルさんたちも、最近はナナたんとそれなりに話している姿を見かけたりもするのだが……この中だとわたしは何と言っても、やはりレティシア王女推しだ。


 といっても――先日行われた中間試験の際、わたしは目撃してしまったのだ。

 木の上から降ってきたレティシア王女を受け止めようと手を伸ばしたナナオ。

 そしてそのままふたりが、口と口をくっつけて、倒れこむシーンを!


 ああ――まるで雷に打たれたような衝撃だったな。

 だって、人と人がキスする現場なんて、初めて生で見たんだもの。

 それも見目麗しい女の子と女の子が! さくらんぼ色の唇と、唇を!

 恐ろしいユニコーンに追いかけ回されていたショックなんて、うっかり忘れちゃうくらいの光景だった。

 そしてその後、興奮のままその場から逃走したわたしは、追ってきたナナたんにあっさりと腕輪を奪われたりしたのだが……もう、好きにしてくださいって感じだった。アナタにならば、腕輪なんていくらでも差し上げます。


 この件に関して、わたしは未だ、クラスメイトの誰にも話していない。

 それに今後も、話すつもりは全く無い。だってこんなにもおいしい百合――じゃない、素敵なふたりの睦事を、他人に漏らすなんて勿体ないこと出来ないもの。わたしはあの美しい光景の思い出を、学院を卒業するまで……いや、墓場まで持っていくつもり満々だ!


 しかしまだまだ、ナナたんが誰を特別に想っているのかは分からないんだよね。だって誰と話すときだって、ナナたんはとっても楽しそうにしているんだもの。

 だからわたしはいつか、ナナたんの耳元でそっと、訊いてみたいと思っている。


「いったい誰が本命なの……?」


 本人に直接訊く勇気は、今のところサッパリありませんけどもね。




お読みいただきありがとうございます。

次回から第5章に突入します。引き続き、どうぞ宜しくお願いいたします。

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