第74話.今後の方針
学院に帰った後、正門前で待ち構えていたサリバに出迎えられ、ナナオたち――より正確に言えばナナオ・レティシア・ティオ・リュリュ・ハノンノ――の五人はこってりと絞られた。
というのも、当然のことながら、キュキュはただの被害者だったので怒られる理由もなかったのだ。
並んで説教を受けたハノンノは、「何であたしまで……」と最初はぶつぶつ文句を言っていたが、サリバに氷の眼差しで見つめられるとさすがに無言になった。
そして、しょんぼりする五人にサリバから言い渡されたのは「一週間、寮で謹慎せよ」という重い罰だった。
謹慎処分が言い渡された、その日の夜更け。
フミカがよく購入してくる男物の衣装をうまく組み合わせて、王都を歩く冒険者の女の子風の衣装へと着替えたナナオは、荷物をまとめておいたリュックを「よっこらせ」と背負った。
よし、と息を吐き、さっそく寮の自室の窓を開ける。がらり。
しかしそこで、背後から静かな音がきこえてくた。
コンコンコン……
ナナオは振り向き、しばらく無言で考える。
これ……タイミング的には出ないのが正解だよな。
だが、何となく尋ね人の予想がつき、ナナオはリュックを下ろすと、ドアの前まで近寄っていく。
予想通りというべきかノックの主は、ナナオと同じく一週間謹慎を言い渡されたレティシアだった。
「夜遅くにすみません、ナナオ」
「ううん。シア、どうしたの?」
レティシアはナナオの格好と、その背中越しに見える荷物を確認してから、その碧眼でジッと見上げてくる。
「ナナオこそ――こんな夜更けに、どちらにお出かけですの?」
「フミカを探しに行こうと思ってさ」
あっけからんと言うナナオ。
レティシアはすっかり呆れた顔をしてため息をついた。
「アナタという人は……」
だが、そんなレティシアこそ、学院の制服でも寝間着でもなく、初めての山登りに臨むお嬢様のような服を着ている。首にレモン色のストールを巻いているのは、日焼け対策か何かだろうか。
「フミカさんの行き先に、心当たりはありますの?」
そして彼女は部屋に入ってくると、見慣れた腕を組んだポーズでそう訊いてきた。
「えっと……もしかしてシアも一緒に来てくれるの?」
「当たり前でしょう。ナナオだけでは不安すぎますもの」
ふんっ、とそっぽを向いてみせるレティシア。
まったく素直ではないが、レティシアもフミカを、それにナナオのことを心配してくれているらしい。とにかく世事に疎いナナオにとっては、正直ありがたいことこの上なかった。
「でもフミカさんは、アルーニャ王国内に留まっているかも分かりません。当てずっぽうにそのあたりを歩き回っても仕方がないですわ」
「……ガルーダ魔国ってことはないかな。フミカはもしかしたら、故郷に戻ったのかもしれない」
「……あの。気になっていたのですが――ナナオはフミカさんが魔族だと、知っていましたの?」
ナナオは無言で頷いた。
フミカとは誰にも話さない、と約束していたが、フミカの秘密が大勢に明らかになってしまった今、今さら知らんぷりをすることもできなかった。
「……そう。いつから?」
「……最初から、かな」
出逢ったとき。
ナナオはフミカが魔族だと知り、フミカはナナオが男だと知った。
その秘密をお互いにバラさないと約束して、ふたりはルームメイトとして今まで暮らしてきた。だがもうこの部屋に――フミカは居ないのだ。
思わず唇を噛むナナオを、レティシアがそっと仰ぎ見る。
「フミカさんはナナオにとって……」
「え?」
「……いえ。早くフミカさんを見つけましょうね」
「うん。そうだね」
そこで再び部屋のドアがノックされたので、ナナオとレティシアは顔を見合わせた。
「……どうします?」
「出るよ。サリバ先生だったら死ぬ気で逃げよう」
「まったく自信はありませんが……承知しましたわ」
レティシアの苦々しい物言いに笑いつつ、ナナオはドアを開けた。
するとそこには、やはり動きやすそうな軽装に着替えたティオと――それにその背中に張りつくように佇む、ハノンノの姿があった。
「あ、ななせんぱぁい。お部屋入っても大丈夫ですか?」
しかしなぜかそこでティオを押しつけて、ナナオの胸に飛びついてくるハノンノ。
「あのぉ、ななせんぱいはフミカせんぱいを追いかけるんですよね? お手伝いしようと思ってあたし、来ちゃいましたぁ」
てへっと舌を出すハノンノ。
その後ろでは「ぼ、ボクも!」と小声で名乗りを上げつつ、ティオが慌ててドアを閉めている。
「ボクも――あれでフミカさんとお別れなんて、何か納得いかないんだ。だから一緒に行きたい」
「ハノンノ……ティオ……」
ハノンノ――は微妙だが、レティシアもティオもフミカのことを心底思ってくれているようだ。
ジーンとするナナオ。だがやっぱり、ハノンノの存在は引っかかったので肩を掴んでぐいっと引き離すと、ハノンノは不満げに唇を尖らせた。
「ハノンノは明日にはクローティウス学園に戻るんだろ?」
連れ去られたキュキュは無事に戻ってきたわけだが、フミカがテロリストの首謀者として姿を消してしまったこともあり、二校による交換留学プログラムの話は無期限の延期となったのである。
キュキュはアルーニャ女学院に残るし、ハノンノは元の学園へと送り返されることになったとサリバも言っていたはずだ。
しかしハノンノはきょとんと、それはそれは不思議そうに目を丸くしてみせた。
「え? 戻りませんけど?」
え? そうなの?
「こんな面白――じゃない、興味深い案件を放っておいてあたしがイシュバに帰るわけないでしょう。まだ調査――じゃない、調べ事もカンペキには済んでませんし、ね?」
「面白い?」
「調査?」
にっこにこと放たれたハノンノの言葉に、レティシアとティオが顔に「?」マークを浮かべて首を傾げる。……君、いま明らかにわざと言い間違えたでしょう。
なにか腹の内を探ってくるようなハノンノの視線は恐ろしいことこの上ない。
気持ちはありがたいけど断ろうかな、と思うナナオだったが、そこでハノンノが両手を合わせて言い放った。
「ああそれと、ななせんぱいはもしかしたらガルーダ魔国に行けば手がかりがあるかも! とか思ってるかもですが、それはまったくオススメできませんよ?」
「ん? 何で?」
「冒険者ではない一学生に国境をまたぐ手段は用意されてませんし……そもそもですね。あの魔道具、どう見たって緊急脱出用ですもん」
ぽかんとするナナオに、学園で魔道具の開発を行っているというハノンノはちっちっち、と人差し指を振り説明を続ける。
「魔道具というのは対象者の力をほんの少し、道具の特性に沿った形で引き出すモノですが……だからこそ、例えば国内の防衛に用いられている魔術礼装なんかは、実物もかなり巨大でして。何人もの魔法士が時間をかけて魔力を練り上げ、数日分の魔力を供給しているわけです。
で、フミカせんぱいがどんなに優秀な魔力の持ち主であっても、数百キロ離れた場所に一瞬で移動するなんて並大抵の技じゃありません。手元に隠し持っておけるようなサイズの魔道具では、到底不可能です」
「でも、それこそ数年間かけてその魔道具に魔力を注いでたのかもしれないよね?」
「あり得ませんね。魔道具の方が、注ぎ込まれた魔力に耐えられずに自壊しますよ」
「そういうもんなの?」と呟くナナオに、「そういうもんです」とハノンノが頷く。
「正確な距離が言い当てられるわけじゃないですけど、あのとききっとフミカせんぱいは、王都地下の入り口近く……つまり女学院近くの森の中に、待避したんだと思います。それにしたって結構な距離ですけどね」
「じゃあ……フミカはまだ、この近くにいるってことっ?」
「どうでしょうねぇ」
ハノンノは肩を竦める。そんなことまで知りませんよ、と言いたげに。
だが、ナナオが想像していたよりも、フミカはまだ近くに居るのかもしれない。
「ナナオ。フミカさんから何か聞いていたりはしませんの?」
レティシアにそう問われ、ナナオは顎に手を当てて考える。
何かフミカは、行き先のヒントになるようなことを……口にしていただろうか?
最近やけに眠そうだったのも、疲れたような表情をしていたのも気にかかってはいたが、その理由まではフミカは話してはくれなかった。
だが、先ほどレティシアに訊かれたからか。
ふとそのときナナオの脳裏に、フミカと出逢ったときの出来事がより鮮明に蘇った。
――『私はこの呪われた眼を治す方法を探して、この学院に正体を隠して入学した』
「魔眼……」
「魔眼?」
つぶやきを聞き咎めて首を傾げる三人に、ナナオは頷く。
「そうだ! 魔眼を治したい、ってフミカは言ってた」
「……あー、なるほどです。では出発しましょう」
いきなりハノンノがそんなことを言ったので、ナナオは「え?」と首を捻った。
しかし続けざまにレティシアまで、
「そうですわね。教師か生徒の誰かに見つかる前に、寮を出ましょう」
なんてサラッと言った。……え?
思わず、ナナオはティオの顔を見る。すがるような目で。
するとティオは「いやボクもわかんない!」という顔つきでブンブンと首を横に振った。……良かった。さすが俺の赤点仲間のティオだ!
「あ、あのー……理解が追いついてないんだけど、俺たちはこれからどこへ向かうの?」
おずおずとナナオが質問を口にすると、ハノンノはアホを見る目で見てくるだけだったが、レティシアはきっぱりと答えを返してくれた。
「ですから、王都ですナナオ。王都に今すぐ、戻るのですわ!」