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第8話.クラス分け試験2

 

 その声は、ナナオにとってはほとんど死刑宣告のようなものだった。


「「はい」」


 隣のフミカが、そして遠くに居たレティシアが挙手をし、前に進み出る。

 ……少し遅れてナナオも、手を挙げた。


「はい」


 教師たちに誘導され、三人はそれぞれ等間隔を空けて的の前に立つ。

 その間もナナオは、自分の顔から血の気が引いていく、サアァーっという音を聞いていた。


 ――ヤバい。

 このままでは確実に、男だとバレてしまう。


 バレて、先ほどの男たちのように追い出されるくらいならまだいい。

 でもナナオが男で……魔力があるのがバレたら?

 頭の中のリルが、にやにや笑いながら言っている。


『もし魔法が使える男だとバレた場合は、たぶん研究所でコポコポ……したり、実験でザクザク切り刻まれたり、廃棄所でポイポイッな目に遭うと思います』


 嫌だ。ゼッタイ嫌だ!

 コポコポもザクザクもポイポイッも嫌すぎるうう!


「リル、どうにかしてくれよ……」


 口内で呟いてみても、いつものご高説をかましてくる女神からの手紙は降ってこない。

 あんなにうざったいと思っていたのに、こんなときだけ恋しくなるとは……。


「――それでは、各自魔法を発動させてください」

「…………ッ!」


 ナナオはひゅ、と掠れた息を呑む。

 しかしそのとき――胸のうるさい鼓動が聞こえなくなるほどの爆砕音が、その場に響き渡った。


 パアアアアン!


 凄まじく、爽快な音だった。

 ナナオは目を見開いた。


 両手を前に出したフミカの目の前で――あの頑丈そうな的の真ん中が、きれいにくり抜かれていたからだ。


「えっ……何、今の……!?」

「魔法なの……? すごい破壊力……」


 後ろの生徒たちがザワついている。

 しかしフミカはそれでは止まらなかった。


「――【水冷弾(アクアショット)】」


 彼女が小声で囁くと同時。

 水鉄砲のような――ただし速度は段違いの水の弾が二つ発射され、俺とレティシアの目の前にあった残りの的の赤い点も、スパンッと同時に撃ち抜いていた。


 …………。


「…………すみません、うっかり」

「うっかりじゃないですわ! 今のわざとでしょう、アナタ!」

「……的を見るとなりふり構わず壊したくなる性癖がある」

「すごい性癖ですわね!? ま、まぁそれならば致し方ないかもしれませんが――」


 レティシアに噛みつかれても、フミカは白けた顔をしている。まるで気にして無さそうだ。

 いよいよ生徒たちのざわつきは大きくなってきた。一つ目の魔法は風魔法、そして二つ目の魔法は水魔法――しかもどちらも、的の真ん中を寸分の狂いなく穿ってみせたのだ。

 試験も中盤まで進んでいたが、そんな芸当を披露した生徒はひとりも居なかった。フミカの並外れた優秀さは、誰が見ても分かることだった。


 こほん、と咳払いしたサリバが、手元の書類に何かを書き始める。今までと違って、さらさらと長文を書いているようだ。


「フミカ・アサイム、素晴らしい才能です。風と水、二つの系統の魔法属性を持っているとは」

「……ありがとうございます」

「新しい的に取り替えますので、残りのふたりはしばらく待機しているように」

「……手伝います」


 そう言いながら、的を取り替えるときにもフミカはわざとらしくコケたり、的を手元から落としたりしていた。サリバは呆れた顔をしているが、フミカの優秀さが分かっているからか唇を震わせるだけで文句は言わない。


 そんなちっこいフミカの姿を見ていて、ナナオは胸に熱いなにかが広がっていくのを感じた。


 ……分かっている。フミカはナナオのために、時間稼ぎをしてくれているのだ。

 魔族であることを秘密にしている以上、目立ちたくはなかっただろうに――派手に魔法を披露してまで、自分に大きな注目を集めたのだ。


「……ミヤウチ・ナナオ。どうしました? もしかして……緊張してますの?」


 手持ち無沙汰なのか、横のレティシアが話しかけてくる。

 真ん中のフミカが不在なので、お互いの距離は開いていたが、レティシアの高く澄んだ声は、少し離れていてもよくきこえた。

 ナナオは冷たい手をさすりつつ、渇いた口を開く。


「き、緊張――してる。どうしたらいいかな、レティシア」

「……そうですわね。あまり気負わない方がいいですわ、きっと」

「え?」

「別に失敗したって、命まで奪られるわけではありませんもの。もっと肩の力を抜いたらいかが?」

「肩の……力を……」


 言われて、肩肘張って突っ立っているのに気がついた。確かにレティシアの言う通りだ。

 ナナオの事情なんて知らないはずなのに、だからこそなのか、彼女の言葉は力強く響いた。


「馬車を避けたときも、大した身のこなしでしたし。アナタ、危機(ピンチ)に強いタイプなんじゃなくって?」

「俺が……」

「準備が整いました。ふたりとも、魔法の発動を――」


 サリバの声が掛かる。

 ナナオはそちらに目を向けようとして――気がついた。


 既にレティシアが構えている。

 左足を一歩前に出して、左手を祈るように胸に当てて。

 その細い手が、待ちきれないように光り輝いている。


「【光跡流星(シューティングスター)】!」


 解き放つようにして彼女が前に伸ばした左手から、星形の光弾が解き放たれる。

 螺旋を描きながら、自由自在に空間を動き回った光弾たちは、整えられたばかりの三つの的に向かって降り注ぎ――その的すべてを、支えに置かれたポールごと木っ端微塵に吹き飛ばした。


 速度ではフミカに遠く及ばない。だが、威力はそれこそ桁違いである。

 シーン……と、広い魔法訓練場が、痛いほどの沈黙に包まれる。

 その中でレティシアは笑っていた。どうだ! と言うように。

 その姿は神々しく、そして――とんでもなく格好良かった。


「上級光魔法……見事です、レティシア・ニャ・アルーニャ」

「お褒めに与り光栄です、サリバ先生」

「ただ、まぁ――また新しい的に取り替えますので、残りのひとりはしばらく待機しているように」

「……私も手伝う」

「フミカ・アサイム、あなたは結構です。また転ばれてはたまりませんので」

「……ちぇ」

「ではわたくしが手伝いましょう! わたくしはその……あまり転びませんので!」

「数回は転ぶ予定なのですか? レティシア・ニャ・アルーニャ……」


 フミカとレティシアの活躍を間近で見ている間に、だんだんと、ナナオは心臓の鼓動が治まってくるのを感じた。


 そうだ。そうだよ。

 魔王を倒せとか言われて異世界に来た。でもここは女の人だけが魔力を持つ世界で――だけど、そんなのはどうした。


 大英雄になんか、なれなくてもいい。

 まずはここからだ。

 ()()()()()()()()()()()。俺は今この瞬間、それだけが欲しくてここに居るんじゃないのか?


「……じゅ、準備が終わりました。ではミヤウチ・ナナオ、魔法発動を」

「…………はい」


 すぅ、と息を吸って、吐く。

 暴れすぎたせいで他の教師たちに捕まったまま、不安そうな顔をしているフミカとレティシアに向けて――頷いてみせる。


 強く念じる。

 それと、肩の力を抜く。

 それだけなら、そんなに難しくはない。俺にだって出来る。大丈夫だ。


「ミヤウチ・ナナオ、どうしましたか? 早くしなさい」

「…………」


 これ以上なく目立つふたりの後だから、というのもあるだろう。

 五十人以上の注目を一身に浴びながら、ナナオはゆっくりと両手を前に突き出す。

 両方の目蓋を閉じて、強く願う。魔法。超常の力。変革を呼び起こす神の業。

 イメージするのだ。やっぱり、扱うなら王道に炎がいい。何度も何度も、頭の中に思い描く……


『…………だから、言ったでしょ?』


 鼓膜の奥に直接囁きかけるような、笑みを含んだ女神の声がきこえた気がした。


『ナナオ。アンタならね、魔王だってイチコロニコロ、それどころか――サンコロヨンコロも余裕なのよ?』


「――――【火炎弾(ファイアーボール)】ッッ!!」


 ……世界から、すべての音が消えた。

 ナナオはそう錯覚した。


 その、ほんの二秒後のことだ。


 ――――ドガアアアアアアアアアンッッッッ!!!!!!!


 つんざくような爆発音がした。


 それは正しく大爆発だった、とは、その一部始終を目撃した女生徒が、後に語った言葉である。


 ――『ルームメイトは横で気絶していましたが、私は、見ました。すべてを見たのです。

 赤茶色の長い髪の毛をした、その生徒の手の平から生み出された熱球の大きさは、訓練場の半分ほどもありました。しかし直接目で見ようものなら炙られそうなほどの熱量でしたが……それが、こう、床を焦がしながらも凄まじい速度でさらに膨らみ、壁に激突したのです。そして激突の瞬間、壁は崩壊する間もなく溶かされていたのです。


 ……ええ、そうです。ご存知ですよね。アルーニャ女学院内の建物には全て、外部からの攻撃に耐えるために一流の魔法士たちの三日三晩の祈りが捧げられています。その祈りによって、もちろん訓練場も、古代文明(ロストテクノロジー)にさえ匹敵するという防御力を誇っているはずなのです!


 ……はず、だったの、です』


 誰もが、閉じていた目を、あるいは伏せていた身体を起こし、呆然とそれを見た。


 並べられた小さな的――どころではなかった。

 魔法訓練場の、壁が無くなっていた。

 四面ある内の一面、否、隣の二面をも巻き込み、()()()()()()()()()()、である。


「ひ、ひぇ……」


 外の花壇では、花に水をやっていた女生徒が腰を抜かしている。

 今さら危機を理解した小鳥たちが、凄まじい勢いで樹から飛び立っていくので、空の上は鳥の影で溢れていた。


 その中央で、両腕を構えた赤茶色の髪の少女だけが――ポツンと、所在なさそうに立ち尽くしている。その姿は場違いだった。まるで、自分自身が起こした現象を、本人が誰より正しく理解できていないかのようだった。


 痛いほどの静寂を経て、何とか――ひとりの女教師・サリバが、その重い口を開いた。


「…………ミヤウチ・ナナオ」

「は、はいッ!」


 呼ばれた本人は真っ青な顔をしている。

 サリバは開いていた口を、一旦閉じて……繰り出そうとしていた言葉を取り替えたようにしてから、掠れた声で言い放った。


「………………今のは間違っても初級魔法の【火炎弾(ファイアーボール)】では、ありません。この世界に存在する、最強魔法のひとつ……【超爆発(エクスプロージョン)】、ですよ」


「…………き、肝に銘じますッ!」


 『もうダメ無理終わった』と落ち込んでいた予想は外れ、その翌日、ナナオはフミカ・レティシアと共に、自身が魔法科への配属となることを知るのだった。



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