第70話.最善の一手
本日分は短めですが、よろしくお願いします。
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「許可無く先行するな。生徒会長」
大量の足音を引き連れて洞窟の前に姿を現したのは、これまたとんでもなく容姿の整った長身の美形だった。
首から下は全身鎧に覆われていて、たった今「生徒会長」と呼ばれた「お姉様」なる人物と装いは似ているが、こちらは高級そうな染みひとつないマントまで靡かせているので、おそらく部隊の指揮を務めているのだろう。
「ああ、申し訳ない騎士団長。私のかわいい妹が捕らえられていると聞けば、居ても立ってもいられなかったものだから」
「まったく……研修中の学生の身で勝手をされては困る」
――生徒会長。
そうか、この人……。その遣り取りでナナオにはピンと来た。
たぶんこの人物――「生徒会長」は、アルーニャ女学院、魔法科二年生のその人だろう。キュキュやリュリュがお姉様と呼ぶのも、だとすれば納得がいく。あれは血縁関係があるという意味ではなく、アルーニャ女学院の伝統である姉妹契約のことを指しているのだ。
その人物とは深い因縁があるらしいランが、そういえば言っていたはずだ。
――『今は王都の騎士団で、学生としては異例なんだけど実戦訓練に研修生として参加しているそうよ』。
だが、生徒会長にはナナオたち後輩の味方をしてくれる気はまるでなさそうだ。
今も追いついてきた騎士団長、なる美形を振り返り、にこっと余裕ありげに微笑んだりしている。このふたりが並んでいると、完全に、宝塚歌劇団のトップスターのそれである。タイプは違うが華のある美形であるふたりとも間違いなく、男役に抜擢されるに違いなかった。
後ろに大量の兵士を引き連れた騎士団長は、ナナオと、それに生徒会長の足元に倒れるフミカ、洞窟内の惨状を見遣り……訝しげに目を細めている。
ナナオはそこでゆっくりと、未だ燃えさかる炎熱の剣を鞘へと一度戻した。この人数差だ、あまり刺激しない方が良いと思ったのである。
「それで……これはいったい、どういう事態だ? レティシアから王都の地下にネズミが隠れ潜んでいると聞いたが……」
「レティシア、って」
騎士団長が一国の王女であるレティシアを呼び捨てしたのが引っ掛かったナナオが口を開くと、ちら、とナナオの顔を見た騎士団長が言う。
「……私は国の守りの要たる近衛騎士団長、レイ・リャ・アルーニャだ」
驚きにナナオは目を見開いた。
なぜか遠回しな物言いではあるが、つまり、このタカラジェンヌはレティシアの姉なのだ。
あまり外見は似ていないように感じるが、日の光の下で見たら、きっと彼女も王族特有という金髪碧眼の持ち主なのだろう。
「私の見た限り、ネズミ共は既に捕縛されて転がっているようだが」
近衛騎士団長のレイが男たちを見てそう不思議そうに呟くと、生徒会長が言う。
「ええ、そのようですね。僕の後輩たちが見事な活躍をしたようです。……ただ」
「ただ?」
「首謀者のひとりらしき赤い目のメスネズミが、その中に混ざっていたようで」
生徒会長は愉快そうに、蹲ったままのフミカに視線を投げる。
すると途端に、レイは目つきを険しくした。負傷した女生徒、くらいにしか認識していなかったはずの兵士たちまでもが、ざわつき始めている。
「……証拠はあるのか?」
「言質を取りましたので。間違いないかと」
「待ってください、フミカは!」
「君は黙っていてくれ」
しかしナナオが叫びかけると、即座にレイは切って捨てるようにそう言った。
もう、こちらに目を向けさえもしない。ただ、虫けらを見るような冷たい目で、フミカを見下ろしているだけだ。とてもじゃないが、ナナオたちの話をまともに取り合ってくれる様子はない。
くそ、とナナオは舌打ちしそうになる。レティシアとハノンノが城に辿り着き、救援を求めてくれたまでは良かった。だがふたりがこの場にいない以上、どうしても話は通しにくい。このままではフミカは、犯罪者として引っ捕らえられてしまうのかもしれない。
だがそんなのは、想像するだけで口の中に血の味が広がるほどに、ナナオにとって断じて許せないことだった。
フミカ本人が言ったとおり、確かにフミカには、ナナオたちには言っていないことがあったのかもしれない。
だけど――それが何だ。
そんなのは別に、あとで本人が話してくれたらそれでいい。
何も事情を知らない彼女たちが、無理やりそれを聞き出す権利なんてないのだ。
だから、ナナオは決めた。
もはやそれしか道はなかった。
――フミカをこの場から逃がす。