第68話.浄化の炎
「おい、詳しい話を聞きたい。お前らは何でシアを――」
言いかけたところで、ナナオの口の動きは止まる。
残念ながらというべきか、魔道具を振り回す男たちに正気を保っている様子はない。これではまともに会話はできないだろう。
ちなみにティオやナナオの攻撃で魔道具を吹っ飛ばされた男たちも、やはりひとり残らず気を失っているので情報を得るのは難しそうだった。
そしてナナオが考えを巡らす間にも、包囲網は狭まりつつある。
ナナオはそこで視線を飛ばした。
入り口付近では、ぼんやりとシルエットが確認できるだけだが、リュリュらしき少女の姿が見える。キュキュがそこまで逃げ込むのを、今か今かとジリジリして待ち構えているのだろう。
こうなったら――と、ひとまずの作戦を思いつく。
もはや作戦と呼んでいいか怪しいレベルの、行き当たりばったりのヤツだが。
「キュキュ、あのさ」
「嫌!」
にべもなかった。キュキュは既に嫌な予感を覚えているのか、ナナオに抱えられたまま渋い顔をしている。
だがこの切羽詰まった状況だ。貴族の令嬢、しかもいたいけな女の子への行為としては、わりとアウトな部類だろうが――納得してもらわねば、ということでナナオはその作戦を実行に移した。
「ごめん、ちょっと飛ばすよ!」
男たちが周囲から一斉に、ナナオとキュキュめがけて飛びかかってくる。
そのタイミングに合わせ、羽のように、とまではいかずとも軽いキュキュの身体を、ナナオは思い切り頭上に向かってまっすぐ放り投げた。
「だ、だから嫌って言っていやあああああぁっっっ!?!」
文句の途中にキュキュのそれが甲高い悲鳴に変わった。
瞬間的に空を舞うキュキュの身体。だがもちろん、ナナオが絶妙な力加減を加えているので、敢えなく天井にぶつかるなんてことはなく、そのスレスレの位置で滞空するよう調整されている。
そしてその瞬間――低く腰を屈めたナナオは、目にも留まらぬ速さで抜刀していた。
炎熱の剣。
女神リルによって名づけられた長剣の柄を伝わり、瞬時に刀身全体へと行き渡った魔力が、火炎として燃えさかり暗闇の洞窟を照らし上げる。
噴き上がるような光に目をやられた男たちは、しかしそれでも怯まずに向かってきた。闇属性の魔道具を手にしているからか、どうやらまともな判断力は失っているらしい。
そのとき、何となく、ナナオの頭の中になにかの思いつきが宿った。
だがその正体を言語化するだけの時間は残されていなかった。
とにかく無我夢中で、彼らをどうにかしなければならない。ただそれだけの思いで動く。
「――らぁッ!」
裂帛の気合と共に、ナナオは長剣を振りかざす。
赤茶色の髪の毛を靡かせた彼が、全方位に向け一度にして放ったのは、炎が波のように折り重なった衝撃波のような一撃であった。
傍目から見れば、まるでそれは光届かぬ地下に咲き誇った美しき炎の舞い――炎舞のようだった。
「ぐ、ぐあああああッ?!」
その炎を喰らった男たちは、武器を持ち上げた格好で硬直し、ぶるぶる震えだしたかと思えば―――手にしていた魔道具を、次々と取りこぼした。
「あ、ああ……?」
何が起こったのかよく分からないような顔で、呆然としている男たち。
とりあえずチャンスなのは間違いなかった。
ナナオが剣を鞘に収めた直後である。向かってきていた十二人――そのうちの三人が、横方向から飛んできた水流にまとめて吹っ飛ばされた。
「【水流線】」
リュリュの水魔法だ。強力な一撃に、ぽかんと間抜け面をした男たちは押しつぶされるように壁にたたきつけられる。
また、ティオも間近に居たふたりにメリケンサックを喰らわせ、顔を思い切り変形させながらそのふたりも倒れ込んだ。
あとは残り七人。
ナナオは胸ポケットに残しておいた小石の弾丸を、ビシバシと発射した。
至近距離からまともに額を撃ち抜かれた男たちは、白目を剥いて面白いようにバタバタと倒れていく。よっしゃ、とナナオは拳を握った。
「これもじいちゃんとおはじきでよく遊んだおかげだな!」
『アンタの中のおじいちゃんへの信頼度どうなってんの!?』
リルにツッコまれつつ、そうして満を持して上空から降ってきたキュキュを、ナナオはお姫様抱っこの要領で軽く受け止めた。
――この間、たったの六秒である。
その間に、ナナオたちはならず者たちを一網打尽にしてのけたのだった。
「ごめんキュキュ、手荒な真似して」
「……一言目が謝罪って」
「え?」
聞き返すと、キュキュはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「……別にいいわ。どうもありがとう、とでも言っておいた方がいいのかしらね。一応助けてもらったのだし」
口の悪さは絶好調の様子のキュキュだ。ナナオは呆れるよりも逆に安心して笑ってしまった。
「キュキュ姉~~~!」
そこに、気絶した男たちの身体を無造作に蹴っ飛ばしながらリュリュが駆け寄ってくる。
「リュリュ!」
キュキュの方もナナオの腕の中から飛び出して、そんなリュリュに必死に走り寄った。
そして、ひしっ! と力強く抱き合う双子の姉妹。キュキュは拘束されていて手が使えないので、リュリュにただ抱きしめられているだけだったが、本当はその両腕でリュリュを抱きしめてやりたかったに違いない。
そのまま泣き出してしまったふたりの横を通って、ティオがナナオに近づいてきた。
「ナナくん! さっきの炎はいったい……」
「ほんとにさっきのは何なんだろう」
「ナナくんも分からないのっ!?」
さすがにじいちゃんとは炎の衝撃波を出す特訓はしなかったんだよなぁ、と胸中で呟くナナオ。
男たちを拘束する用だろう縄をげろげろ吐きながら、リルが話しかけてきた。
『ナナオ、さっきのアレは攻撃じゃないわね』
「え?」
『【浄化の炎】――とでも名づけたらいいのかしら。あの炎、相手の肉体を焼くことなく、宿りかけた闇の魔力だけを焼いたように見えオエッ……』
慌ててティオがリルの介助をする。リルはおえおえ~言いながらも長い縄を吐き出してみせた。
それで男たちをまとめて縛り上げつつ、ナナオは少し落ち着いた様子のリルに訊いてみる。
「俺、そんなことできんの?」
『いや知らんがな! アンタが自分でやってみせたんでしょ!』
まぁそうなんだけど、と頬を掻くナナオ。
特に何かを意識したわけではなく、というのもほぼ無意識的に放ったモノだったので、その原理がどうなっているかはナナオ本人にもさっぱりだった。まぁ、火事場の馬鹿力というやつだろうか、くらいの認識である。
「……ナナオくん」
そんな話をしていたら、固い声で名を呼ばれた。
「フミカ」
洞窟の入り口に突っ立っていたのはフミカだった。ナナオは彼女の声を、かなり久しぶりに聞いたような気がした。
そういえばフミカは、戦いが始まってから一度も手を出そうとしていなかった。
どこかに隠れていたのだろうか? それはそれで別に構わない、とナナオは思う。
フミカはもちろん頼もしい魔法の使い手だが、こうして誰も怪我なく悪党たちは捕まえられたのだし。フミカだって、こんな暗い場所で多人数を相手取るのはきっと恐ろしかったに違いない。
「フミカ、どうしたの? こっちおいでよ」
だが、いつも通りの温かな目で見つめるナナオの視線から、ふいに目を逸らすようにして――フミカは深く俯いてしまった。
「ナナオ君……ごめんなさい」
聞き間違いではなかった。フミカは確かに、ナナオに謝ったのだ。
そして……見間違いでもなかった。
ナナオは呆然とそれを見た。
フミカの背筋を這い上るようにして立ち上がる、濃い霧のような闇のオーラを。