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第64話.王都地下へ

 

 レティシアとハノンノのふたりと別れたナナオ・ティオ・フミカ・リュリュは、森の中を駆け戻っていた。

 キュキュが囚われているかもしれない具体的な場所が判明しただけに、全員の足取りは慌ただしい。特にリュリュは、案内役を務めているというのもあるが、息を切らしながら足を必死に動かしていた。


「――ここ。間違いないと思う」


 リュリュが指し示す地面は、一見すると、何の変哲もなかった。

 だが、よく見ると違和感がある。というのも、青々とした木の葉が何百枚も積み重なってはいるが、何となく、周囲に比べるとその葉っぱの枚数が少ないように見える。

 おそらく、ならず者たちが何度も出たり入ったりしている関係で、雑な処理を施しているためだろう。この広々とした森でリュリュの記憶の正確さは、さすが筆記試験二位の実力者、という感じだった。


 リュリュはその葉っぱの山に、


「【水流線(ウォータービーム)】」


 片手を向けて、そう低く呟いてみせた。

 止める間もなかった。


 生み出された一直線の水流は、葉の山へと激突し、上に被さった数枚を吹っ飛ばしはしたが――残念ながらそれだけだった。

 たぶんここは、フミカに風魔法を使って障害物を取り除いてもらった方が速かっただろう。だが泣きそうな顔で唸るリュリュを見ては、そんなことは言っていられない。


「任せて、俺がやるから」


 濡れた葉っぱを一気に持ち上げ、横にどかすナナオ。

 するとその下に、金属製の、細長い取っ手のついた蓋のようなものが覗いていた。間違いなくこれが、王都地下へと続く秘密の扉――なのだろう。


 さっそく、取っ手を思いきり持ち上げるナナオ。

 あまりに重たいので、もしかしてと思って上ではなく横に力を加えたところ、どうにかその扉は地面の上を滑っていった。どうやらスライド式だったようだ。


「よいしょ、……っと」


 動かなくなるまで扉を移動させてみる。

 覗き込んでみると、太陽の光に照らされて中の様子もどうにか窺えた。それを見たティオが呟く。


「リュリュさんの言ってた通り、この先は階段になってるみたいだね」


 地下には驚くほど大きな空洞が広がっているようで、より地下深くへと通じているだろう階段の終わりはまったく見えない。


「――早く行こう」


 制服が汚れるのにも構わず、リュリュが先陣を切ってその中へと飛び込んでいく。


「危ないよリュリュさん!」


 ティオも慌ててついていった。ナナオもすぐに続こうとして、思い直して後ろを振り返る。


「フミカ、俺が扉を閉めるから先に行ってくれる?」

「…………」

「フミカ?」


 二回呼び掛けるとようやく、フミカが反応した。

 だが――眼鏡の奥の淡い水色の瞳は、どこかぼんやりとしている。いつも眠そうにしているフミカではあるのだが、それとはどこか違う様子だった。


「……本当に、行くの? ナナオ君」


 今さらの問いに、ナナオは目をぱちくりとしてしまった。

 しかし、よくよく思い返すと、ハノンノに自己紹介した以外に、フミカは合流した以降ほとんど言葉を発していない。もしかすると地下に向かうのは反対だったのだろうか?


 だが、リュリュやティオも飛び込んでいった以上、彼女たちを放置しておくわけにはいかない。


「もちろん。フミカは行かない?」


 レティシアと同じく、フミカも何か事情があってこの先には行けないのだろうか。

 そう思ったナナオだったが、フミカは眉間にぎゅっと皺を寄せたまま、ふるふると首を横に振った。


「……私も、行く」


 了解、とナナオは軽く頷いた。

 きっとフミカはこの暗闇が嫌なんだろうなと、何となく、そんなことだけを思ったのだった。




 フミカの後に続いて階段を降り始めたナナオは、さっそくぽつりと呟いた。


「さ、さすがに暗いな……」


 扉を閉めるまではまだ、かろうじて日の光が射し込んでいたからどうにかなっていたのだが。

 少し先を歩いているはずのフミカの姿は、ぼんやりと影が蠢いているように見えるだけだ。これでは足元もだいぶ危うい。階段自体は乾いた土で固められているようなので、滑る心配はあまりなさそうだが。


 この中に光魔法を使えるお客様は居ませんかーっ! とか叫びたいくらいだったが、当然、居ない。そもそも光魔法の使い手はかなり稀少で、アルーニャ女学院の生徒だとレティシアしか使い手が居ないのである。


 だが、長い階段を降りていくうちに両目も暗順応してきて、途中からは二段飛ばしで階段を降りられるようになった。

 そうして平らな土があるところまで降りてみると、そこでリュリュたち三人はナナオのことを待ってくれていた。


「キュキュ姉……」


 不安そうに姉の名を呼んでいるリュリュ。少しふらふらして危なっかしい彼女の身体を、ティオが横でそっと支えている。フミカはその隣に、所在なさげに佇んでいた。


 ナナオは三人から視線を外し、地下の様子を観察してみる。


 王都地下というから、ナナオは下水道のようなものを想像していたのだが、実際はまるで違う。

 天井の位置は高く、五メートルほどはありそうだ。岩肌が丸出しの壁には、何やらそこかしこに黒い染みのようなものが付着していて気味が悪いが。

 舗装されていない小石だらけの道は、しかしよくよく目を凝らせば、いくつもの足跡が交錯したような形跡があった。

 土が乾いていないのを見るに、恐らくここ数日の間についたものだろう。


「ここからどうする? ナナくん」

「まずはまっすぐ進んでみるしかないだろうけど――その前に、アイツを召喚するよ」

「アイツって、もしかして」


 ティオが心持ち表情を明るくする。その通り、とナナオは頷いた。

 他校の生徒であるハノンノの目がある以上、この世界では神獣として崇められる存在らしい彼女を喚ぶわけにいかなかったのだが。

 偶然の成り行きながら、ハノンノはレティシアと共に王城へと向かっているところだ。ならば躊躇う理由はなかった。


「リル、来てくれ!」


 召喚用紙を握り、ナナオがそう唱えると、ボフンッと紙から勢いよく煙が飛び出し――その中から、白い子猫・リルが姿を現した。


『遅いわよナナオ! もう、いつまで待たせる気かと思ったわ!』


 なぜか登場と同時に怒られた。けっこうな剣幕で。


『ほら、さっさとアタシの口に手突っ込んで剣を出して! ていうか普段から危なっかしいんだから帯刀しておきなさいよねッッオゲエエエエ!!!』


 リルの口の中に手を突っ込んで炎熱の剣を取るナナオのことを、初見のリュリュが蒼白な顔で見ていた。……いやこれは決して、動物虐待とかじゃないからね?


 炎熱の剣を腰帯に巻きつけ、ナナオは颯爽と「用心して進もう」と全員に呼び掛ける。

 ここからは何があるか分からないので、ナナオが先陣を切ることにした。後ろにリュリュ、ティオ、フミカの順番で続く。


 当然のようにナナオの肩に飛び乗ったリルが、こしょこしょ囁いてきた。


『話は『異世界モニター』でいちごアイス食べながら聞いてたからだいたい分かってるわ。この王都地下、異様な気配がいくつも散らばってるから、アンタも注意することね』

「そのことなんだけど、ほら、中間試験のときに貸してくれたスキルあったじゃん」

『ん? 【索敵】のコト?』

「それそれ。便利だからもう一度貸してほしいなって」

『別にいいけど……条件があるわ』


 条件?

 今さら改まって何だろう、と首を傾けるナナオの耳元で、リルは柔らかな少女の声音で言い放った。


『次に魔王に会ったら、今度こそアイツを本気で倒してくれない?』


 ナナオは驚いた。リルはこの世界に転生してきてからというものの、意外にもあまりその話を口にしなかったからだ。


「それなら最初に約束したじゃんか。分かってるって」

『いいえ、分かってないわ。アンタ、アイツとまた戦う機会を得て、追い詰められたとしても……トドメを刺さないつもりでしょ?』

「…………」


 図星を刺され、ナナオは黙り込む。


 魔王――たった一度だけ、相まみえた存在。

 学院に襲来したあのとき、魔王は確かに強力な魔法をいくつも使っていたが、ナナオはその正体が年端もいかない子どもだと推察していた。

 だから前回、転んでしまった魔王に手を差し出すのにも躊躇しなかった。リルは、次のときはそんな生易しい態度を取るな、と言いたいのだろう。


「でも、リルこそ……魔王のことで、俺に隠してることがあるだろ」

『あるわね。でもそれは、現時点では必要無いから伝えてないだけ』


 リルの返事は素っ気なかった。


『この世界の()()が日増しにひどくなっているのを感じるの。早く手を打たないと――いろいろダメになるかもしれない』

「いろいろって……」

『……まぁ、いいわ。とりあえず【索敵】は貸してあげる』


 最後はほとんど溜め息のような声でそう言うリル。

 するとその次の瞬間には、ナナオの脳内にイメージが流れ込んできた。


 スキル【索敵】の効果。

 頭の中に、広い地下の座標そのものが正確な形で浮かび上がる。

 どこに何があるのか。地形はどうなっているのか。そして、敵はどこに居るのか……。


「…………っ!」


 それを把握した瞬間――ナナオは鞘から、剣を引き抜いていた。



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