第7話.クラス分け試験1
――アルーニャ女学院。
王国内各地に点在する学院の中でも、アルーニャ女学院は超一流の名門校として知られている。
というのも、アルーニャ王国建国から間もなく作られた、歴史と権威ある魔法学院であるのと同時に、卒業生の多くは冒険者や騎士への道に進み、国家に多大な貢献を果たしているからだ。
満十六歳以上であれば、身分に関わらず誰でも学院への入学は可能である。
また、二年制のアルーニャ女学院は魔法科と普通科に分かれており、クラスは入学直後の試験によって振り分けられる。強い魔力を持ち、優れた才能を持つ生徒は魔法科へと進み、そこでさらに二年間の時間を使い魔法の才をさらに磨いていくのだ。
ただ、一つつけ加えるとするならば――。
もしも万が一、普通科に配属となった場合は、多くの生徒はその時点で学院を去るという。
「ふわあああ……」
ナナオは大口を開けて欠伸をした。
記念式典を終えた翌日のことである。
ナナオたち新入生はその日、全員が校舎内にある魔法訓練場へと集められていた。
その名の通り、発動に危険の伴う魔法の訓練を行う場所なので、やはり規模はとんでもないもので、新入生五十名が集まっていてもスペースが有り余るほどの空間である。
隣では、ナナオの欠伸が移ったのか、水色髪の少女――フミカ・アサイムがのんびりと口を抑えている。
「昨日は疲れたね」
とナナオが話しかければ、フミカは眠そうに目元を擦りつつ「うん」と頷いた。
ナナオは男子であり、フミカは魔族であるというお互いの秘密をひょんなことから知ってしまったのが、昨日のこと。
そのあと式典に向かう最中に、そういえばスカート汚れてたんだったと焦るナナオに、フミカは水魔法を使って汚れをきれいに取ってみせてくれた。その後は風魔法までも使って、濡れたスカートを乾かしてまでくれたのである。
だが、問題はその後だった。
遅れて講堂に着いたナナオたちの目に入ったのは、壇上で新入生代表挨拶をしていた――
「――下品ですわね。そんなに大きく口を開けて欠伸をするだなんて」
――ニャンニャン。
ではなく、レティシア……ナナオが正門前で出くわした金髪美少女にして、アルーニャ王国第九王女こと、レティシア・ニャ・アルーニャだった。
ちなみに壇上の彼女と目が合ったナナオは、「おっ」と思いその場でブンブンと手を振ったりしていた。
その瞬間にレティシアの饒舌な挨拶がピタッと停止してしまい、会場にいた新入生たちがその目線の先を追って一時騒然としたりしたのだが……そのせいか、レティシアは今日もナナオ相手にぷんすかしていた。
「レティシアも一緒に欠伸する?」
「しませんがっ!? 何なのですその卑しいお誘いは。せめてお茶会とかならわたくしだってやぶさかでは――じゃない、これで失礼しますッ」
「あ、行っちゃった……」
何やら早口で文句を言っていたレティシアだが、足早にナナオたちの前を通り過ぎていってしまった。
こちらを見てひそひそ話をしている新入生が、何人も居たからだろうか。王女という立場故なのか、あの輝くような美貌のためか、レティシアは良くも悪くもかなり注目されているようだというのはナナオにも薄々感じ取れていた。
「レティシア、なんか大変そうだな」
もうちょっと喋りたかったけど……離れていくレティシアの背中はピリピリとしていて、全身から話しかけるなオーラが迸っている。これ以上のコミュニケーションは諦めたほうが良さそうだ。
するとフミカがくいくいっ、とナナオの制服の袖を引っ張ってきた。初対面ではだいぶ距離を置かれていた気がするのだが、何となくフミカとの距離は縮まっている感じがしてナナオはうれしくなる。
昨日も式典の後は部屋に戻って、夜が更けるまで話をしていたのでお互いに眠いのだ。フミカは寡黙な少女ではあるが、ナナオが質問をすると言葉少なに答えてくれた。
その中でもナナオの興味を引いたのはフミカの眼鏡の話だった。
赤い目をカモフラージュする魔道具であるという眼鏡を装着すると、他者の目にはフミカの瞳は淡い水色のように映る仕組みなのだという。「つまり眼鏡を全身用に作成すれば俺も女の子に見せかけられるのでは」と提案したときは「ふざけてるの?」とバッサリ切られたが。
いまもフミカは、なにか物言いたげな顔をしてじっとナナオを見上げている。
「……ナナオ君は第九王女のこと、あまり知らないの?」
「うーん、そうだなぁ。昨日知り合って、名前を教えてもらったくらいかな」
「……そういう意味じゃなく」
だがそこで会話は止まった。
というのも、訓練場に入ってきた教師が冷たい声で「静かに」と言い放ったからである。
「全員集まりなさい」
肩で切りそろえられた髪の印象そのままに、鋭利な目つきをした眼鏡の女教師が、集まった新入生たちを見渡す。
ナナオはうっかり学校生活で身についたクセでその場に体育座りしかけたが、ぎろりと睨まれたので、慌ててまた立ち上がった。
……やがて、ナナオを睨むのをようやくやめてから、教師が口を開く。
冷たく凍ったような声音だった。
「私は魔法科を担当するサリバ、と申します。以後よろしく。
それではこれより魔法力の試験を行います。魔法科と普通科、クラス振り分けの基準となる試験なので、気を抜かずに臨んでください。
試験内容自体は至ってシンプルです。あちらの的めがけて、各々得意の魔法を披露するように」
そういってサリバが目線で示す先には、真ん中に赤い点のある丸い的が三つ、黒いポールの先に取りつけられて並んでいる。
あれを魔法で狙え、とつまりはそういうことだろう。そういうことだろうけど……。
「もし的当てに難のある種類の魔法――例えば治癒魔法等の使い手であれば、事前に申し出ていただければ結構です。試験の内容を特別に変更します。
それと試験は一度に三人ずつ同時に行いますので、名前を呼ばれた者は挙手をして、前に出てきなさい。何か質問は? ……ないようですね。それでは試験を始めます。まずはミオノ・ラプール、それにティオ・マグネス……」
淡々と、そして素早い説明には口を挟む隙は一切なかった。
サリバは厳粛にその場を取り仕切り、呼ばれた生徒たちはおっかなびっくりと立ち上がり、ちょこちょこと的の前に向かって行く。
だがナナオのおっかなびっくり具合は彼女たちの比ではなかった。何せ、
「ふ、フミカ。どうしよう」
「どうしたの」
「俺……魔法使ったことないんだけど」
――そう。
ナナオはこの世界に来てから、一度も、魔法なんてものを使っていない。
女神リルからは「魔法使えるようにしておいた」とかテキトー極まりない確約をもらってはいるが……魔法の使い方自体がよく分からないのだから、当然である。何か形ある道具であればまだしも、魔力自体が目に見えないために仕組みがさっぱり理解できなかったのだ。
実は転生直後に「ななおのふぁいあーぼーる! ……しかしなにもおこらない!」みたいな恥ずかしい真似を数十回ほど繰り返して悶絶していたりもする。急に魔法力試験なんて言われても、ただひたすら焦りが募るだけだった。
そんなおろおろナナオに、フミカはどうでもよさそうに水色の目を瞬かせた。
「……強く念じれば、できるんじゃない」
「んなテキトーな」
「私にとってはそういうものだから。魔法って」
「……そ、そっか」
「うん」
会話終了だった。
結局、何をどうすればいいんだ?
立ち尽くすナナオの眼前で、試験は次々と順調に進んでいく。
ある女生徒は手の平から火の玉を出して、風を呼び起こして、土の塊を出し……数メートル先にある的を破壊こそ出来る生徒はいないが、何かしら一芸を披露している。
なんだかものすごい芸当を見せつけられてはいるのだが、見ているばかりではコツが分からない。何がどうして人体から火の玉が出るんだ? 気合いか?
「【火炎弾】!」
かわいらしい火の玉が飛んでいき、ぽっこーんと、的の真ん中に当たる。
わーパチパチ、と周りの生徒から拍手。サリバが何やら手元の書類にメモを書き込んでいる。
「そう! まさにあの魔法名、まったく同じヤツだよ、俺も唱えたけど何も起こらなかったんだよな……何でだろ。どもったから? どもったからか!? それともイントネーションが違うのか?!」
「ナナオ君、うるさい」
パニクったナナオは現実逃避に走ることにした。だって自分の名前が呼ばれるまで緊張していたら、心臓が保ちそうも無かったからだ。
「それにしてもこう、五十人も女子がいると壮観だよなぁ……」
「ナナオ君、顔がだらしない」
もちろん女学院なのだから生徒は全員女子(ただしナナオを除く)なのだが、サリバ以外の教師陣もナナオが知る限り全員女性ばかりだ。
というのもこの世界では魔力を持つのが女性だけなので、教える側も女性だらけになるのは当然のことなのかもしれない。ケータもそうだったが、男性は誰も魔法の詳しい使い方などを知らない様子だったのだ。
「……それに、五十人も女子は居ないよ」
ふと。
フミカが不可思議なことを言ったので、ナナオは彼女の小さな後頭部を見下ろした。
それどういう意味、と訊き返すまでもなく――ナナオはフミカの言葉の意味を遅れて知った。
「――――男、ですね」
ナナオはぎくりと顔を強張らせた。
しかし、違った。凍てついたようなサリバの声は、ナナオに投げかけられたものではない。
顔を上げると、的の前に立っていたふたりの生徒が、青い顔をして子鹿のように震えている。
……あれ?
そのふたりの姿を見て、ナナオは戸惑った。
ふたりとも顔にやたらと濃い化粧をしていて、それだけでも悪目立ちするのだが、問題は手足のほうだ。
何というか――ムキムキだった。スカートから飛び出している足はほとんど大根レベルの太さだ。女の子では、鍛えても中々ああはなるまい、というくらいに。
もしかして、と思うと同時、彼らが口々に叫び始める。
「ふぁ、ファイアーボール! ファイアーボール!」
「クソッ……出ろ、出ろよ! ファイアーボール!」
手の平を上からはたき落とすように動かしながら、何度もそう必死に唱える。
だが……何も起こらない。数日前のナナオと一緒だった。
ハァ、と溜息を吐いてからサリバがパチンと指を鳴らした。
「【氷結縛】」
その瞬間、野太い悲鳴が上がる。
彼らの両手首と両足首それぞれを、巨大な氷の塊が拘束していたのだ。ナナオは驚きに目を見開いた。これはサリバの魔法だ――
「ひいいっ! つ、冷てえええッ!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい。もう二度としませんからあぁ!」
泣きながら必死の弁解をするも、彼らは容赦なく別の教師たちの手によって引きずられていってしまった。ほとんど見せしめである。
その哀れな姿が訓練場から消えていくと、サリバは残った生徒たちを見回した。
「……例年、ああいった魔力を持たない異物が紛れることがあります。もしこの中にまだ彼らと同様の立場の者がいるなら、厳罰を覚悟しておくように」
――ごくり、とナナオは唾を呑み込む。
そんなナナオに、他の生徒にはきこえない程度の音量でボソッとフミカが言う。
「……ナナオくんも、バレたらああなる」
「…………肝に銘じておきます」
冷や汗を流した直後だった。
「次。レティシア・ニャ・アルーニャ。フミカ・アサイム。――ミヤウチ・ナナオ!」
息を整える暇も無く。
サリバの冷たい声が、いよいよ――その名前を呼んだ。
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