第63話.仲間との合流
「ええ? 引き返すって……どこにです?」
「とりあえず南門の近く。場合によっては王都に入らないといけないかもだから」
「えぇー?」
ナナオの言う意味が分からないのだろう、呆気にとられているハノンノ。
だが、ナナオの切羽詰まった表情を見てこれ以上駄々をこねても仕方ないと思ったのか、「わかりましたけどぉ……」と渋々頷く。
そしてナナオ、ティオ、ハノンノの三人は、元来た道を急いで駆け戻った。
つい数分前に目の前を横切った南門付近は、相も変わらず数人の兵士が見張っているだけだった。
そこまで来たところで、ナナオは戻ってきた理由をふたりに話そうとしたのだが――
「……ニャニャオ!」
ん? 何だ今の。
誰かに名前っぽいものを呼ばれた気がして、その場で辺りを見回すナナオ。
すると先ほどまで三人で隠れていた森の中、同じような位置の茂みが、何やらがさごそと動いている様子が見て取れる。
不審に思って近づいていくと、その正体はよく見知った三人組だった。
「シア! それにフミカ、リュリュも!」
「こ、声が大きいですわニャっ……ナナオ!」
焦ったせいか舌を噛みつつレティシアが文句を言ってくる。
ごめんごめんと謝りつつ、ナナオはティオたちを引き連れて再び森へと入った。もちろん兵士たちの目がこちらを向いていないときに、慎重にである。
「な、なんだか不思議な衣服を着てますのね、ナナオ……」
「俺の趣味じゃないんだけどね」
「ちょっとぉ、あたしの趣味が悪いみたいな言い方やめてくださいよぉ」
「ティオさんはとってもかわいらしいのに」
「ほ、本当ですか? えへへぇ……」
軽口を叩きつつ、茂みの中に膝をついて隠れていたレティシアたちと合流。
ナナオの顔を見ると、三人はそれぞれ小さな溜め息を吐いたようだった。
ここでこの顔触れ――特にレティシアと合流できたのは、ナナオにとっては間違いなく僥倖だったのだが、それにしても気になることがある。
「シア、サリバ先生に捕まったって聞いたけどどうやって抜け出したの?」
するとレティシアはこほん、と咳払いしてみせた。
「話していませんでしたが――わたくし、ちょっとした移動魔法を習得しましたの」
「移動魔法?」
「せいぜい数メートルしか移動できないのですが。ほら、中間試験のときにアナタの頭上の木に出現しましたでしょう? あれもその魔法の成果なのです」
「ああ、てっきりがんばって木登りしたのかと思ってた」
「そんな野蛮な真似をするわけがないでしょう! って、あら……そちらの方は?」
そこでようやく、ナナオの背後のハノンノの存在に気づいたらしい。
首を傾げるレティシアの前に、にっこりと笑んだハノンノが進み出た。
「初めまして! ハノンノ・シフォン、クローティウス学園の一年生です」
「クローティウス学園ということは……キュキュさんと同じ?」
「そう、交換留学生というやつです。よろしくお願いしまーす」
にこにこ挨拶するハノンノに毒気を抜かれたのか、レティシアとフミカが名乗るのみの自己紹介をする。
だが隅に座ったリュリュは膝を抱えたまま、一言も発しようとはしない。ハノンノも特に気にしていないのか、リュリュにはちらっと目を向けただけで、再び視線をレティシアへと戻した。
「それにしてもレティシア王女――聞いてたとおり、あんまり似てないですね」
「え?」
何やら意味深なことを言うハノンノに、訝しげに眉を顰めるレティシア。
だがレティシアが何か言う前に、ハノンノがきりっとした顔でナナオを振り向いた。
「というか、ななせんぱい! そろそろ説明してくださいよぅ。キュキュせんぱいの居場所がわかったんですよね?」
「――え!?」
リュリュがこぼれ落ちんばかりに大きく目を見開く。
ナナオは「あくまで推理だけど」と前置きした上で、さっそく五人に事情を話すことにした。
+ + + + +
ナナオの披露した推理は、こうだ。
まず、どうやってかは分からないがキュキュが単独で学院を出発すると知った何者か(仮にA)が、キュキュの乗った馬車を襲撃する。おそらくその場所は、学院から王都へと向かう、人気の無い一本道の最中だったはずだ。
そこでキュキュは馬車を降ろされ、残りの馬車には制服を着た替え玉が乗せられる。こうして馬車と女生徒らしき人物は南門から王都に入り、北門へと去って行く。あるいは馬車の御者も共犯、という可能性もあるだろう。
その後、Aはキュキュを連れて王都の地下道へと侵入し、今も調査隊の目を逃れている……。
「……こんな感じかなと思うんだけど、どうだろう」
推理だけど、と念のため断っておいたものの、ナナオはその仮説がほぼ正解だろうと考えていた。
「制服は、自主退学した生徒がしょっちゅう道端に捨てていくと言いますものね。うまくやれば入手も難しくないでしょう。それをキュキュさんと似た背恰好の人物に着せてしまえば」
「ってなるとぉ、馬車はフェイクってことですね。なぁんだ、すっかり騙されてましたぁ」
話を聞いていた女子たちの反応も、ナナオの意見に概ね肯定的である。
「でも、ナナくん。どうして悪者の潜伏場所は地下道だと思ったの?」
ティオの問いに、ナナオは素早く答える。
「前に、学院に続く一本道のところで、王女……じゃない、女の子が、水色のスカーフをした暴漢に連れ去られかける事件があったんだ。俺はあのとき、あいつらは王都から女の子を追いかけたと思ってたんだけど、そうじゃなかったのかもしれない。あいつらはきっと――地下道から地上に出たところで、その子を発見したんだ」
そこで、誰かが鋭く息を呑むような気配がした。
だが、周りに五人もの女の子がいたから、ナナオはそれが誰かまでは分からなかった。
そしてそのときは、そんな些細なことを、大して気に留めてもいなかったのだ。
「それに、その男たちはナイフを持ってたけど、それが特殊な魔道具だった。キュキュを攫った奴も、同じグループのヤツなのかも」
「魔道具? 男性が魔道具を使ったと?」
目つきを険しくするハノンノ。魔道具を自作するというハノンノだから、この話には興味を抱いたようだ。
「そんなものがあるとしたら――もしかすると、何かとんでもないことが起こるのかも……」
後半はほとんど囁くような声音だったので、うまく聞き取れない。
まだティオの問いかけに対し答え終わっていなかったので、とりあえずナナオは続きを口にした。
「それも踏まえると――調査隊がこれだけ地上を探しても、まだキュキュは見つかってないわけだから、もっと思いも寄らないような場所に隠れているのかもしれないと思ったんだ。
ティオの話によると、学院から王城に戻るにも王都を通れないから、女王は地下の秘密の抜け道を使ったとされてる。となると、学院から近い場所にその入口があるんじゃないかな」
「なるほど……だから森まで戻ってきたんだね」
感心したように息を吐くティオ。リュリュも「なるほど」というように何度か頷いている。
だがそこで、ナナオが予想だにしなかったツッコミが入った。ニャンニャンことレティシアさんから。
「話は分かりましたが――あの、どうして魔道具を持った暴漢のことを、ナナオが知ってますの?」
「えっ?」
ナナオはそこで暫し固まった。
知ってるって、それは当然レティシアと一緒にそいつらを撃退したからで――なんて言葉は、ギリギリ発さずに済んだが、ナナオの額を冷や汗がたらりと伝った。
そうだ……そうだった。
あのときはウィッグを外して、ナナオは完全に男の格好をしていたのだった。
レティシアは身分を偽るために「シア」と名乗り、ナナオは正体を隠すために「ナオ」と名乗って、いつもとちょっと違うふたりはほんのひとときの間だけ、共に行動した。
だから――水色のスカーフを巻いた男たちのことを、ナナオが知っているのはどう考えてもおかしいのだ!
「ナナオ……アナタ、もしかして…………」
「――そ、そう! さっき門の近くの兵士に聞いたんだよ! ねぇティオにハノンノ!」
「えっ? あれ、うーんと……ちょっと覚えが」
「はぁ? 言ってる意味がわかりませ――」
「そんなことよりも! シア、地下道に通じる道がどこにあるか知ってる!?」
自分で話を振っておいて、ティオとハノンノのセリフを無理やり遮るナナオ。
国の第九王女であるレティシアならば当然、王都地下にどこから侵入できるのか知っているだろうとナナオは睨んでいたわけなのだが、そこで意外な人物が手を挙げた。
「……えっ? リュリュも知ってるの?」
「…………」
こくり、と頷くリュリュ。
「キュキュ姉。と――森を調べてたときに。偶然発見した。土と葉っぱで隠されてる。けど……下。暗い階段が長く伸びてるの。だからたぶん。……あそこだと思う」
相方のキュキュが居ないからか、口調はかなりぼそぼそしていて頼りなかったが、リュリュの言葉にレティシアも肯定を示している。
「そこで間違いありませんわ。ここから急いでいけば数分とかからない距離でしょう」
「森の中って、でも何でそんなところに」
「あの森の現在の所有者はアルーニャ女学院ですが、学院は古き女王が設立したものですから。もともとは戦乱の絶えない時代、緊急時の脱出用通路とするために、城の地下を掘り進めて学院付近と開通したのだそうです」
灯台下暗し、とはこのことか。だが、ナナオたちにとっては幸運でもある。
詩歌ではその存在に触れることを禁じられたという王都地下だが、王女であるレティシア、それに偶然そこに続く場を知ったというリュリュが案内役を務めてくれるなら、難なく地下道に入り込めそうだ。
だがそこで、
「……申し訳ありません。わたくしは、その……訳あって、ついていくことはできませんの」
心底申し訳なさそうに眉を下げて、レティシアはそう呟いた。
「級友が危機に陥っているというのに、こんなことを言い出すのは不義理でしょうが――わたくしは、皆さんと一緒に行けません」
「……分かった」
理由は深く聞かないことにした。レティシアがそんな風に言うなら、何か重大な理由があるのだろうから。
ただ頷くナナオに少し安堵したように顔を上げたレティシアが、毅然と言い放つ。
「その代わりと言っては何ですが、城の者にこの事態を伝えます。森から続く地下道は城の一階にある、古びた倉庫へと繋がっていますから……上手くいけばそちら側から応援を送ることもできるでしょう。ならず者を挟み撃ちできるかもしれません」
「なら、あたしはレティシア王女のお手伝いをしまーす」
また、ここで意外にもハノンノが名乗り上げをした。
というのも、それにはまたしっかりと理由があったらしい。
「アルーニャ女学院の皆さんと違ってぇ、あたしは強力な攻撃魔法なんてひとつも使えませんから! ハノ的にはむしろ、王女が地下に潜らないって言い出してくれて助かりましたぁ」
「はぁ……」
ハノンノのテンションについていけないのか、戸惑っている様子のレティシア。
本来ならば、ナナオがレティシアの近くで彼女を守るべきなのだろう。
まだみんなには話していないが――もしもナナオの予想が最悪の形で当たっていたとしたら、レティシアの身に危険が及ぶ可能性があるからだ。
だが、ハノンノはこう見えて案外しっかりしている子なので、レティシアがピンチなときはちゃんと助けてくれるはずだ。……と、信じておくことにする。
「ナナ的にもー、それなら安心かも。ふたりともよろしくね」
「……あのー、あたしの口調真似るのやめてくれます?」
睨まれちゃった。
たぶんハノンノが地球のJKだったら「キモっ」て言ってただろうな、とかしみじみ思うナナオであった。