第62話.行方を追って2
ハノンノが用意した服に着替え終わったナナオとティオは、いそいそと茂みから出てきた。
ティオの姿を見たハノンノがさっそく歓声を上げる。
「わぁ! ティオせんぱい、かわいいですねぇ」
「あ、ありがとう。ボク、こんな可愛い格好したの初めてだよ……」
ティオはエプロン風のワンピース、という町娘っぽい扮装をしていた。
普段はずっと身につけている毛糸の帽子を外して、肩につかない長さのオレンジ色の髪の毛を披露しているので、快活な女の子という印象で非常に可愛らしい。
これなら街の中でも違和感なく溶け込めるだろう。それにスカートは膝丈なので、街の外を歩き回るにも問題なさそうだ。さすがにハノンノのセンスは中々のものだった。
「それで、ななせんぱいのほうは――プフッ」
おい。噴き出すのがはやい。
しかしナナオは負けなかった。ここで何か動揺を見せたら、ハノンノの思う壺に違いないからだ。
というのも、ナナオに用意された衣装はティオのものとは打って変わって、何というか、ピーターパンチックな格好だった。
布きれで作ったようなシャツに丈の短いパンツ。そしてゲームの中で見かけるような羽根つき帽子。
気持ち的には、まるっきり幼稚園のお遊戯会のそれである。一秒後には野山を駆けまわってそうな感じ。
だが、ナナオはあくまで自信満々にその場に仁王立ちしていた。
ハノンノが用意した服を、一切の照れもなく、堂々と着こなしてみせる。
十七歳の男なのに短パンなんて! などと、恥ずかしがったりはしない。
何故ならば――普段から、これより丈の短いフリフリミニスカートを着こなしているのだから!
「ナナくん、なんだか狩人の真似事をする男の子みたいでかわいいね」
その甲斐あってか、ティオはそんな風に褒めてくれた。
「……そ、そうですね。なんか逆に似合っちゃってるかも……」
これはナナオの容姿をまじまじと眺めながら、ハノンノ。
「じゃあ北門に向かおうか」
ナナオはさらり、と言ってのけた。……「おう」のあたりで舌を噛みかけたのは内緒である。
+ + + + +
王都の中はあらかた調査されているだろうという話になり、ナナオたちは街を覆う円周型の外壁の傍を東の方角から進み、北門まで向かうことにした。
ただ、外壁と単純に言っても、王都ルーニャの土地はアルーニャ王国の約十三分の一というとんでもない規模である。
外周をまともに歩こうなどとしたら、奇人変人の類と疑われてしまうことだろう。
となればナナオたちも当然、森の中を移動したのと同様に、無属性魔法の力を駆使して高速移動するべきだ。
だがそこで異論を唱えた者が居た。言うまでも無く、ハノンノである。
「もしかしたら王都の外に何かの痕跡があるかもしれません! 超スピードで通過したらそれを見過ごしてしまうかもしれませんよ!」
両手の拳を握っての力説であった。それらしいことを言っているが、先ほどまでのグロッキーな様子を見る限り、単純にナナオたちの速度に合わせて魔道具が使いたくないだけっぽい。
行方を消したキュキュのことを思うと少しでも道中の速度は上げたいところだったが、ハノンノの言うことが一理あるのも事実である。北門を通過したのがフェイクだとしたら、東門周辺に何かの形跡があるかもしれない。
――だが、三人で白い外壁の傍を進みながらも、ナナオの胸にはなにか釈然としない感触があった。
キュキュを乗せた馬車は南の大門を通って、北門から王都の外へと出た。
順当に考えるなら、キュキュは現在、北方面のどこかに拉致、あるいは監禁されているということになる。彼女が行方をくらませてから一日以上経過しているので、もしかするともっと先、王都から遠く離れた場所に移動している可能性もある。
「でも――それくらいのこと、調査隊だって把握してるはずだよな」
「ナナくん? どうかしたの?」
考えていたことが声に出ていたらしく、ティオが首を傾げていた。
「いや、調査隊の規模は分からないけど、たぶん北方面についてはけっこう調べてくれてるんじゃないかと思って」
「そうですねぇ。それっぽい冒険者、王都内にはほとんど残ってませんでしたし」
ハノンノが肩を竦める。
「キュキュせんぱいはサイル家の長女ですよね? おそらくですが、サイル家からも相当な人数の捜索隊が派遣されていると思いますよ。むしろ現時点で、案外どこかで無事に見つかってるかもしれませんしぃ」
「サイル家……か」
ナナオは一度、思考を原点に戻してみることにした。
そも、犯人の目的とはいったい何なのか。
キュキュは上級貴族の生まれだというから、身代金目的の誘拐とか?
だが、そうなると尚更、疑問は増える。犯人はどうやって、キュキュが交換留学の代表生徒となったことを知ったのか。
現時点では限りなく怪しい馬車の御者が犯人だったとしたら、まぁ一応、分からなくもないのだが……それにしたって、彼ひとりであのキュキュを手玉に取れるとは思えない。
なぜならキュキュは一般的な男性と違って、強力な魔法の力が使えるのだから――
「……あ」
そこでナナオの頭に、ひとつの閃きが走った。
むしろ、今まで頭の片隅に放っておいたのが不思議なくらいだ。
先月、五月のことだ。
フミカを連れて王都に遊びに行ったナナオは、そこで男装――ならぬ男の格好をして、ひょんなことからレティシアと出くわした。
そしてレティシアの妹である王女ミアナが、腕にスカーフを巻いた暴漢に襲われているのを助けた。
その男たちが持っていたのが――禍々しい黒いオーラをまとった、小型のナイフだったのだ。
それを手にしたレティシアは表情を厳しいものにし、魔道具だと断言していた。本来、魔力を持たない男性は魔道具が使えないはずなのに、とも言っていたはずだ。
その魔道具は王都の兵士に預けたのだが、流通しているのがあの二本だけとは考えにくいだろう。
「ハノ、ちょっといい?」
「はーい? 何でしょう」
声を掛けると、ふんふんと呑気に鼻歌を歌っていたハノンノがくるりと振り返った。
「さっき王都の中に入ってもらったときなんだけどさ……腕に水色のスカーフを巻いた人って、見かけなかった?」
「水色のスカーフ?」
「もしかしたら、腕じゃないかもしれない。身体のどこかに巻いてた人とか」
ナナオの問いに対し、顎に手を当てて考え込むような仕草をするハノンノ。
「そういえば……男性で三人くらい、見かけましたかね。王都で流行ってるのかな、ってちょっと思いましたけど、それにしてはダサいなぁとか思ったり」
「それだ!」
「えっ! どれですか?」
驚くハノンノには答えず、さらにナナオは質問を続ける。
「それならさ。例えば王都の近く――いや、王都内で悪者が潜伏できるような場所って、無いのかな?」
「はいっ? そ、そんなの無いと思いますけど……だって王都にはトーゼン、女王の住まう王城があるんですよ? いくら何でも……」
「――王都地下」
ふと、ほんの小さな声で、ティオが呟いた。
ナナオが弾かれたように顔を向けると、ティオは慌てたように言い募る。
「あ、あのね――前にボクの住む村……シュタリに来た吟遊詩人が謳っていた話に、そういうストーリーがあったなって。『女王物語』っていう、女学生だった頃の女王様の武勇伝なんだけど」
「え? あたし、その話ならだいたい知ってますけど、王都の地下なんて出てきたかなぁ……」
眉を寄せるハノンノに、ティオは苦笑する。
「知らないのも無理はないよ。その話が出てくるのは第六章の二節、『地下道にて』だけだから」
「第六章の二節、って……詩歌として広めるのが禁じられた幻の?」
「王城から発令があって、強い罰則ができたんだよね。でもシュタリに来たのはアウトローな詩人さんだったから……」
「ティオ、その内容って覚えてたりする?」
そう訊くと、ティオは自信なさげだったが頷き、その幻の一節というのを歌ってくれた。
「えっとね……「美しき女勇者は進む。城の真下に築かれた秘密の道を。悪霊はびこる暗き道を、光の女勇者は、されど進む」……だったかな。
女王様がアルーニャ女学院に通っていたとき、彼女の母親――先代の女王と叔母の間で、権力争いが起きてね。混乱する王都には近寄れないから、女王様は秘密の地下道を使って、お城に戻ったんだって。地下道に住まうという悪霊や、彼女の帰還を察した宰相たちが邪魔をして、何度も斬り結びながらも先代と叔母の元に辿り着いて、争いを止めてみせたんだよ。女王は幼い頃からその道を使って、しょっちゅう城を抜け出していたっていうから、きっと暗くて怖いのもへっちゃらだったんだね」
「『女王物語』でも思いましたけど、かなりお転婆な人なんですね、女王って」
感心したように呟くハノンノ。
その隣で……なるほどな、とナナオは息を吐いた。頭の中で、点と線がようやく繋がりつつあった。
南門から北門へと通過していった馬車。
魔力を持たないはずの男たちが扱っていた魔道具。
禁じられた詩歌に刻まれていた地下道の存在。
だとすれば――きっと自分たちは最初から、何者かの術中に嵌まっていたのだ。
立ち止まったナナオを、数歩進んでから、ティオとハノンノが振り返る。
不思議そうな顔つきの少女たちに向かって、ナナオは鋭く、たった一言だけを言い放った。
「引き返そう」