第61話.行方を追って1
――約一時間後。
王都ルーニャの大門近くに到着したナナオたちは、森の中で暫し休憩していた。
というのも――最初は威勢の良いハノンノだったが、その余裕は、森の中を走って数十分経つ頃にはすっかり崩れ去っていたのだ。
今は「ぜえ、ぜえ」と荒い息を吐きながら、木にもたれかかって休んでいるハノンノ。
そのこめかみを幾筋もの汗が伝っている。脚力を高めるという魔道具の実力は実際、大したものだったのだが、最後の方はナナオとティオの速度に縋りつくので精一杯だったようだ。
「し、信じられない……人間の出す速度じゃないです……」
「だ、大丈夫? ハノンノさん」
「これがだいじょうぶそうに見えます!?」
気遣うティオ相手にもキレかかっているハノンノ。
だがびっくりしているティオの顔を見て冷静さを取り戻したのか、ハノンノはそこで何度か咳き込んだ。
「……失礼しました。ティオせんぱいに怒るのは筋違いですね、すみません」
「う、ううん。ボクは気にしてないけど」
「そうですか? ありがとうございます」
そして切り替えも早いハノンノ。
「では、あたしは門の前に屯している兵士の方に聞き込みに行ってきますね」
「え? 俺たちも一緒に行くよ」
ナナオがそう言うと、ハノンノは呆れたような顔をした。
「キュキュ先輩の捜索隊も出てる状況ですよ? その制服で大多数の人間の前に出るのはオススメできませんけど」
……確かに。ここはハノンノに任せた方がいいかもしれない。
ついでにナナオはいくらかお金を渡して、服飾店でふたり分の服を見繕ってきてほしい、とハノンノに頼んだ。快く引き受けてくれたハノンノは、颯爽と大門へと向かっていく。
彼女の帰りを待つ間、ナナオとティオは木陰で休んでいることにした。
「ティオは、ハノのことはどう思う?」
「うーん……」
ナナオの問いに、ティオは渋めの顔で腕を組んでみせた。
「……愛想も良いし、すごくかわいい子だけど……なにかを隠しているような気がする、かな」
「なにかって?」
「分からないけど――なにか重要なことを。でもキュキュさんの件とは無関係の気がするよ。たぶん、なにも知らないんじゃないかな」
ティオの推察には、ナナオも同意見だった。
ハノンノは何か隠し事をしている。それが何なのかは分からないが、差し当たっての脅威にはならない……と考えて良いのだろうか。少なくとも彼女は、キュキュの捜索には協力してくれているし。
とにかく警戒心は解かないようにしておく、くらいの心構えでいようと決めるナナオ。
「ただいまです。……あたしの話でもしてました?」
帰ってきたハノンノは、まずにこやかに探りを入れてきた。
ティオの顔は思いっきり引き攣っていたが、ナナオはポーカーフェイスで「まぁね」と応じた。無理に隠すよりはこの方が自然だ。
「わぁ、気になります。どんな話ですか?」
「ハノは何で、俺たちのことを"先輩"って呼ぶのかなって話してたんだよ」
ほんの一瞬、「つまんないこと聞かれたなー」みたいな顔をされた気がしたが、瞬きの後にはハノンノは人好きのする笑みを浮かべてみせていた。どうやら質問に答えてくれるつもりらしい。
「クローティウス学園は、二年制のアルーニャ女学院と違って三年制なんです」
それは初耳だった。そもそも、クローティウス学園のことぜんぜん知らないけど。
「で、あたしはクローティウス学園の一年生で、十六歳。ななせんぱいとティオせんぱいは同学年ではあるけど、何となく、年上さんかなって思いまして」
「まぁ……俺は十七で、ティオもそうだけど」
「やっぱりです。あたし、そういうの当てるの得意なんですよ」
ふふん、と言葉通りに胸を張るハノンノ。
それから人差し指を顔の前で横に振ると、目を細めてイタズラっぽく笑ってみせる。
「それにですね――せんぱぁいって呼ぶと、いろんな人が優しくしてくれるんですよ」
……わかる。ちょっと何でも買ってあげたくなっちゃう感じ、ある。
「まぁそれはともかく、兵士さんに聞いた話をお伝えしたいんですが……聞きながらでいいので、おふたりともどうぞ着替えてください。更衣室がないのは申し訳ないですけど、茂みにでも隠れて済ませちゃってくださいね」
ハノンノの細い腕からそれぞれ紙袋を受け取るナナオとティオ。
ティオが右側の茂みへと走ったので、ナナオはその反対方向へ向かおうとしたが、そこでハノンノが服の裾を掴んできた。
「……ななせんぱぁい。お着替え、お手伝いしましょうか?」
何だろう。そこはかとなく身の危険を感じる。
「い、いいよ。ひとりで出来るから」
「そうですかぁ? なら、いいですけど」
どうにか断ったナナオは、茂みに隠れて慌てて着替えだした。下着姿を覗かれでもしたらさすがに誤魔化しきれないので。
ふたりがガサゴソ……と音を立てて着替え始めたところで、ハノンノが喋り出した。
「兵士さんたちによると、馬車は昨日の朝、七時過ぎには大門脇の入場口を通過したようですよ。また、その際アルーニャ女学院の制服を着た少女が馬車の中に居たとのことですが、特に変わった様子はなかったそうです。
皆さんお忙しそうで、残念ながらこれくらいしか話は聞けなかったですね」
着替えながら、と言っただけあり、聞き込みの結果は芳しくなかったようだ。
だが、ハノンノの言葉は続いた。
「ただ――ちょっと気になる点がありますね」
「気になる点?」
「大門を通過した理由です」
ボタンを留めていた手をぴたりと止め、ナナオは顔だけをハノンノの居る方向へと向けた。
「どういうこと?」
彼女の姿は木々の間に隠れて見えなかったが、その瑞々しい声音だけが響いてくる。
「だってぇ――大門を通過したら、北か東方向にしか抜けられないじゃないですか」
地理に疎いナナオはちんぷんかんぷんだったが、そこで「あ、そうか」とティオが呟く。
「王都からすると、イシュバの街はまっすぐ西の方角にあるんだもんね……わざわざ大門を通ったら、逆に遠回りになっちゃうんだ」
ティオの言葉を聞いて、ようやくナナオも合点がいった。
「つまり――わざと兵士に目撃させるために、馬車は大門を通過した?」
「ってことじゃないかなって、ハノ的には思いますけどね」
それに、とハノンノ。
「そもそもあたしは逆に、クローティウス学園からアルーニャ女学院に向かってたわけですから、ふつうはその途中ですれ違いそうじゃありません? でもあたし、それっぽい馬車を見かけてないんですよ」
「キュキュを乗せた馬車は、一般的な道程を使ってない……ってことか」
だがそれだと結局、馬車の行き先を絞り込むことはできない。
うーむ、と唸るナナオだったが、そこで木の間から腕を伸ばしたハノンノが、指をチョキの形で遊んでみせた。
「もち、聞いておきましたよ。北門の兵士さんに」
「ってことは――」
「ええ、そうです。馬車は南の大門から入り――北門へと抜けているんですよ」