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番外編4.フミカの楽しい休日


「……新しい服が届いたよ、ナナオ君」


 とある週末である。

 王都にある服飾店『エキゾチ』から取り寄せたという品が寮に届くと、フミカはすぐさまそれをナナオへと見せびらかしてくれた。

 ナナオはといえば笑顔を若干引き攣らせつつ、「ヨカッタネ……」と頷く。

 フミカが服を取り寄せるというから楽しみにしていたら、まさかの自分用。こんなの落ち込まずにはいられまい。


 だがそんなナナオの心中は知る由もなく、紙袋の中身を自身のベッドのシーツの上へと広げたフミカが、隣のベッドに転がっていたナナオを振り返る。


「……さっそくお着替え」

「えっ?」

「……前に約束した」


 それを言われると弱いナナオ。思わずぐう、と唸り声を上げてしまう。

 先週の王都観光の際である。癒しを求めているときはたまに衣装を着てほしい、とは確かにフミカに言われていて、ナナオもそれを了承していた。

 だがしかし、それは以前フミカが購入した青い軍服チックな衣装についてであって、新コスチュームが待ち受けているとはまったく予想していなかったのだが……。


 前世の頃から、別段、自分の服装にあまり頓着のないナナオである。

 かわいい女の子のお着替えならばともかく、俺のを見て何が楽しいんだろう、と疑問に思いつつも、やはりフミカの期待を裏切るわけにはいかないかと観念することにした。


「じゃあまずウィッグ外して、スカート脱いで……」

「……は、破廉恥。急に目の前で着替えられたら、困る」


 途端にフミカがもじもじとそっぽを向いてしまった。耳の先がちょっと赤くなっている。


「ご、ごめん! つい!」


 いつもはフミカが寝ている間にそそくさと着替えているので、うっかりしていた。

 苦心しつつもナナオはベッドの影に大事なところを隠すように気をつけつつ、着替え始めた。寮には大浴場があるが、自室には着替え用のスペースなどはないのだ。


 慣れない衣装と格闘しつつ、数分をかけてどうにか着替えを終えたナナオは、「終わったよ」とフミカに呼び掛けた。


 背中を向けたまま、両手で目を覆っていたフミカが恐る恐ると振り返る。

 そして――


「……え、エキゾチ!」


 くわっと目を見開いて叫んだ。魔法の呪文を。


 フミカの目の前に立つナナオは、いわゆる、執事服を着ていた。

 短い赤茶色の髪の毛に、鋭いツリ目をした活発な少年の容姿は、その服装を着こなしているとは言い難いものだったが、それ故に不思議とアンバランスな魅力を醸し出していた。それにすっかりやられてしまったのがリクエストした当の本人、フミカである。


「俺、こんなの着たことないんだけど……」


 と控えめに呟くナナオに、「似合ってる!」と食い気味にフミカ。


「……ナナオ君。やっぱり男装似合う!」

「男装じゃないんだよなぁ!」


 普段が女装だから。今が本当の姿だから。

 そう必死に主張するナナオだが、フミカは聞こえているのかいないのか、瞳をきらきら輝かせながらナナオのことをうっとり眺めている。


「……額縁に入れて、飾っておきたいくらい……」

「あはは。さすがに大袈裟だよ」

「……それか手足を縛って、ずっとお人形として手元で可愛がるの……」

「…………」


 聞き間違いかな。ナナオはスルーすることにした。

 だが、そんなフミカの姿を見ていて、ナナオは幾分かほっとした。


「でも、フミカが元気出たみたいで良かったよ」

「……え?」


 こてり、と首を傾げるフミカ。

 言うべきか迷ったが、ナナオは素直にその続きを口にすることにした。


「課外訓練の後くらいからかな……あんまり元気ないように見えたからさ。気のせいだったらアレだけど」

「……………ううん。気のせいでは、ない……かな」


 いつもより長い沈黙の後、そうフミカが答えた。

 本人も認めるということは、やはりフミカには気持ちが落ち込むような何かがあったのだろう。それが何なのかは、未だ分からないけれど。


 しかし――理由はいつかきっと、フミカから話してくれるのだろう、とナナオは思う。自分はそのときを傍で待っていればいいのだと。


 ――『……いつか、私が困ったときも。……ナナオ君は、今日みたいに助けてくれる?』


 ランとの決闘を終えた後、フミカはそんな風に言っていた。どこか、縋りつくような瞳をして。

 ナナオとしては決して自分がレティシアを助けた、なんて浮かれていたわけではなかったが、フミカにとってはそんな風に映ったのだろう。


 だったらナナオの役目は、フミカがいつか「助けて」と口にしたとき、迷わず手を伸ばすことだ。


「……だけど、今日はナナオ君のおかげで、ずっと元気」


 僅かに口元を綻ばせるフミカに、ナナオも微笑む。今はきっと、それで充分だ。

 そのまま和やかな雰囲気で話せれば良かったのだが、次第に首元のあたりが落ち着かなくなってきて、ナナオはそわそわし始めた。


「フミカ、あの……この服、ちょっと襟の締めつけが気になるというか……ぬ、脱いでいい?」

「……まだ着たばっかり」


 むっ、と小動物のほうにほっぺたを膨らませるフミカ。


「そこを何とか!」


 とナナオは両手を合わせて拝み倒したが、その瞬間、ふと名案を思いついた。


「そうだ――フミカもこれ着てみてよ!」

「えっ?」


 急に何を言い出すのか、と言うようにぱちくり瞬きをするフミカ。表情の変化には乏しいが、ナナオの目にはそれが驚愕と困惑の表情だとすぐに分かった。


「女の子の執事服って、また違う良さがあるというかさ……」

「……ナナオ君、顔がでれでれしてる」

「でれでれもするよ! ほら、俺脱ぐから、次はフミカがこれを」

「……い、いや。なんか恥ずかしい」

「そう言わずに! ほら脱ぐから!」

「……め、目の前で、そんなっ」


 などとふたりで言い合っていたときだった。


 ……コンコンコン。


 響いてきたノックの音に、ナナオとフミカは同時に扉の方を見遣る。


『……ナナオ? フミカさん? いらっしゃいます?」


 ――し、シアの声!?


 まさかの事態に仰天するナナオ。

 それもそのはず。執事服を両手に持ってフミカに迫るナナオの格好は――地毛とパンイチという、自分の正体モロバレ仕様だったからである。


「ま、まずい! 制服着ないと!」


 パニックになりかけながらも素早くシャツを拾い、とりあえずナナオは腕を通した。ボタンも留めようとするが指先が滑ってうまくいかない。


「……あ、あとウィッグ」


 シーツの上に放っていたウィッグを拾ってきてくれるフミカ。

「ありがとう!」とそれを受け取ろうとしたナナオだったが、お互いに焦りすぎていたからか、またそこでミスが生じた。

 しかもわりととんでもないヤツが。


 床に放っていたスカートのフリルに、ナナオの足が引っ掛かる。


「うっ!?」

「……ナナオ君!」


 そのまま倒れかけたナナオの身体を受け止めようと、目の前のフミカが飛びついてきて――そのままフミカに押し倒されるような形で、ナナオはベッドへとダイブした。


 ぼすん! とシーツに吸収されずに衝撃音が響く。

 いつぞやの逆――の姿勢。フミカがナナオを押し倒し、ナナオがフミカを呆然と見上げる……そんな構図になってしまったふたりは、見つめ合ったまま、しばらく呆然としていた。


 フミカの小さい身体が、妙に熱い。

 そして触れ合った心臓の鼓動は、異様に速いようだった。……いや、もしかするとフミカではなく、それはナナオが響かせた音だったのかもしれない。そんなことも分からないほど、ふたりの距離は近かったのだ。


「……な、ナナオ君……」


 囁くフミカの唇は艶めいていて、色っぽかった。

 思わずごくり、とナナオは唾を呑む。


「……はやくウィッグ被らないと」

「……えっ」


 だが、続く言葉は色っぽさとは無縁の、しかし真剣そのものの声音だった。


 すぽっ! とフミカがナナオの頭にウィッグを被せるのと、返事がないのに業を煮やしたレティシアが部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。


「……ふにゃっ!?」


 何やら変な声を上げて飛び退るレティシア。

 フミカはといえばナナオの上に覆い被さったまま、そんなレティシアを首で振り向いて器用に見つめている。


「……ごきげんよう。王女サマ」

「ご、ごきげんよう――じゃないですわ! アナタ方、ベッドの上でいったい何をしてますの!? し、しかもナナオの衣服は――どうしてそんなにはだけてますのっ?!」


 甲高い声で叫ぶレティシアに、動けないままナナオは慌てる。

 いや、別に、やましいことをしていたわけでは……ないけど……傍目から見たら状況が状況である。レティシアが騒ぐのも当然だった。


 そしてそこでフミカが、またとんでもない爆弾を投下した。


「……私が頼んで、脱いでもらってただけ」


 フミカさん!?

 いや間違ってはいないんだけど!? 目を剥くナナオを放置し、さらに続けるフミカ。


「……それで今は、ナナオ君が、私を脱がそうとしてた」


 何だろう。事実なんだけど、何か致命的な言い回しになっている気がする!


 フミカの発言を聞いたレティシアはといえば、両手の拳を握ったまま、しばらく廊下でぷるぷると震えていた。深く俯いているので、ナナオの位置からは表情がまったく見えない。


「え、えっと。シア……?」


 だが、困ったナナオが名前を呼ぶと、レティシアは弾かれたように顔を上げた。

 レティシアの目には涙が浮かび、ほっぺたは驚くほど真っ赤に染まり上がっていた。


「ふ、ふ、ふ――――――ふしだら、ですわっっっ!」


 脳が割れそうなほどの悲鳴だった。


「ふしだらふしだら! ふしだらナナオにふしだらフミカさんですわ! も、もう信じられませんわっ!」

「……信じられなくても、これが真実」

「フミカ! もうやめて!」


 ナナオのライフはもうゼロである。


「シア! 誤解なんだって!」


 今さらどうにか弁明しようとするナナオだったが、レティシアは聞く耳持たずだった。

 低い声で唸りつつ、しばらく身悶えていたかと思うと、


「ふ・し・だ・らですわーっっ!」


 と再び叫び、そのままどこかへと嵐のように走り去ってしまった。


 これ、明日から俺のあだ名が「ふしだらナナオ」になってるんじゃ……と不安でいっぱいなナナオだったが、同じく誤解されてしまったフミカはといえば、まったく気にする素振りを見せない。

 それどころか、ナナオの身体の上から退くと、どこか満足げな笑みを頬に乗せて。


 ぽつり、と呟いた。


「……楽しい休日だった」


 そうかなぁ!?




次回から第4章スタートです。

また、もし面白いと感じて頂けたら、ブクマやポイント評価いただけたらうれしいです。励みになりますので、ぜひぜひ、よろしくお願いいたします……!


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