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第57話.旅立った背中

 

 翌日。

 朝のHRにて、サリバの口から交換留学の代表生徒はキュキュに決まった、という発表があった。


 キュキュは大して気負う様子もなく教壇に立つと、クラス内を見回してこう告げた。


「今回、学院の新たな取り組みである交換留学プログラムの代表に選ばれたキュキュ・サイルです。

 イシュバの街には何度か立ち寄ったことがありますので、あまり真新しさはありませんが、クローティウス学園で何かしらの学びがあればいいなと思っています。まぁ、何かしらはあるでしょう、きっと」

「ひどい言い草だ……」


 果たしてクローティウス学園でこの子は平穏無事にやっていけるのだろうか、と他人事ながら心配になってくるナナオである。いじめられても倍返ししそうだけど……。

 まばらな拍手の響く中、リュリュだけが俯いて、一度もキュキュの方を見ようとはしなかった。




 週末の日の朝。

 明日からの授業に間に合わせるため、今日中にキュキュが馬車で出立するというので、ナナオは微睡むフミカの手を引っ張って見送りに行くことにした。


 朝早いというのに寮の前には人だかりができていて、そのほとんどは同じ魔法科一年の生徒たちだった。

 大荷物を持ったキュキュは彼女たちに見送られながら、馬車に乗り込もうとしている。ナナオたちも慌ててそんなキュキュに駆け寄った。


「キュキュ! お土産よろしくね!」

「……私は食べ物だとうれしい」

「相変わらずね、あなたたち……」


 うんざりした様子のキュキュだったが、「まぁ、覚えてたらね」と言ってくれる。

 そんなキュキュが、きょろきょろと辺りを見回すような仕草をしたので、思わずナナオは胸をどんと叩いて言ってのけた。


「大丈夫、リュリュのことなら俺に任せて!」

「あなたなんかに任せられるわけないでしょ!」


 全力で拒否られてしまった。

 ふんっ、と鼻を鳴らしたキュキュが言う。まるで自分に言い聞かせるように、強気な口調で。


「リュリュは――あの子は、この私の片割れなんだから! 一ヶ月くらいひとりでもサイル家の人間として恥のない日々を……」

「えーん。キュキュ姉……」

「そう、恥の…………」


 キュキュの声が途切れ、全員が揃って寮の玄関を見た。

 そこにはネグリジェ姿のリュリュが裸足で突っ立っていた。


「りゅ――リュリュッッ?!?」


 キュキュが素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「えーん……きゅきゅねぇ……」


 リュリュは子どものように泣きながら、両手を伸ばした格好でふらふらとこちらに歩いてくる。

 両の瞳からは大量の涙が伝い、それに鼻まで垂れてしまっていた。とてもじゃないが、いつものクールで皮肉屋なリュリュからは想像もつかない姿である。


「ちょ、ちょっとリュリュ! 一昨日も昨日も散々泣いたのにまだ足りないの!?」

「足りないい……さびしいい……キュキュ姉いないとやだぁ……」


 えんえん泣く妹を見ていられなかったのか、キュキュは荷物もほっぽり出すと慌ててリュリュの傍へと走る。

 リュリュはといえば、おろおろするキュキュの胸元に顔を埋めるようにして、声を上げて泣き出してしまった。妹の涙に耐えられなくなったのか、先ほどまでは毅然としていたキュキュさえも瞳を潤ませている。


「もう……どうしようもない甘えっ子なんだからっ! 一ヶ月なんて、短いものよ?」

「でも、そんなにキュキュ姉と離れたことないもん……生まれてからずっと一緒だったもん……」

「そりゃあ私だって寂しいけど、仕方ないでしょ? 留学生はひとりなんだから」

「だったらリュリュを四つに分割して、荷物に入れて連れていってよお!」

「急に怖いこと言い出したっ!?」


 姉妹愛を凝縮したような温かな光景を前に……思わずもらい泣きしてしまう観衆(ギャラリー)たち。


「あのふたり、口を開けば嫌味しか言わないけど、やっぱり仲は良いんだねぇ」

「キュキュさんが居ない間、私たちがリュリュさんをしっかり見守ってあげないと……!」

「可憐な姉妹……百合……禁断の、愛……いいわ。いけるわっ! おいしいわーっ!」


 そうしてキュキュは、大勢の生徒や教師にも見送られて、ひとり旅立っていった。

 リュリュはなかなかキュキュの傍を離れようとはしなかったのだが、最後には諦めたようで、涙ながらに手を振ってキュキュを見送っていた。これならきっと、キュキュもちょっとは安心したことだろう。



 +   +   +   +   +



 そして翌日の朝。

 今日からは、キュキュが旅立ったのと入れ替わる形で、クローティウス学園から交換留学生がやって来る。


 それを思うと、やはりナナオは楽しみだった。どんな女の子がやって来るのかクラスでも話題は持ちきりで、朝から随分と教室内は騒がしい。


「キュキュさんは、無事にイシュバに着いてますかしら」


 ナナオにとっては隣の隣の席で、レティシアが物憂げに呟く。

 最初はあまり交換留学に乗り気でなかった様子のキュキュを、レティシアなりに案じているのだろう。自分が代表になる可能性も充分あっただけに、余計にかもしれない。


 レティシアの右隣のティオは、そんな呟きにうんうんと激しく頷いていた。


「昨夜のうちにきっと! キュキュさんのことだから、他の学園に行っても強気に啖呵切ってそうですけど……!」

「確かに……想像つきますわね。ちゃんとなじめると良いのですけど」

「シア、なんかキュキュのお母さんみたいだね」

「わたくしまだ十六歳ですがっ!?」


 茶々を入れたらぷんすかされてしまった。

 ナナオ的にはキュキュよりもリュリュのことが心配だったのだが、当の本人はツーンと澄ました顔をして席につき、この騒ぎにも知らんぷりを決め込んでいる。

 別れ際にキュキュがいろいろと話し込んでいたようなので、それで持ち直したなら良かったのだが。


 ――そのとき、がらり、と教室の扉が開いた。


 誰もが何となく、いつも以上に注目の視線を前扉に送ってしまうが、そこから入ってきたのは魔法科の担任教師・サリバだけである。

 交換留学生は午後から来るのだろうか? それとも教室の外で待機しているのだろうか?

 空気がざわつくが……教壇に立っても、サリバはしばらく一言も発しようとはしなかった。


 時間は有限なり、というように何事にも迅速に取り組むサリバが、いつまで経ってもHRを始めようとしないのは、不自然を通り越して生徒たちにとっては不審だった。


「…………? あの、先生?」


 ざわめきを代表してレティシアがサリバを呼ぶ。

 するとサリバは、今さら目の前の生徒たちの存在に気づいたかのように目を大きく見開いた。

 ぎこちなく何度か瞬きをして、落ち着きなく眼鏡のフレームの位置を直し……


 そして。

 固い表情をしたサリバがそのあと告げた一言を、たぶんナナオは、一生忘れないだろうと思った。



 ――キュキュ・サイルが、行方不明になりました。



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