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第51話.ファーストキス

 

 ツノを持つ、神々しい純白の馬のような生き物。

 幻想世界の住人である、優雅なユニコーンの姿――しかしその生き物に、ナナオは見覚えがある。


 ――レティシアの使い魔!


 とんでもなくレアな幻獣なので、ほぼ間違いないと見ていいだろう。

 光点の正体はポアナと、それを追うユニコーンだったのだ。

 どうやらリルに貸し与えられたスキル【索敵】は、人間と他の生き物の区別はつかないものらしい。持ち主であるリルが行使した場合は別なのかもしれないが。


 そしてナナオとリルのちょうど真下の位置まで逃げてきたポアナは、ぜえはあと肩で息をしながら後ろを振り返る。

 対照的にまったく息の切れていない幻獣は、ブルルッと首を振るような仕草をしてから、一歩、二歩と……ポアナに近づいていく。


「ま、待って! 来ないでぇ!」


 ポアナは懸命に押し止めようとするが、そんな言葉に効果はなかった。ユニコーンは歩みを止めない。

 覚悟を決めたのか、そこでようやくポアナは両手を胸の前で構えた。


「え、ええっと……【水流線(ウォータービーム)】!」


 さすが魔法科一年生なだけあり、慌てながらも発動した魔法の威力は中々のものだ。

 だが、惜しむらくはそのビームと見紛うほどの水圧で発射された魔法が、一直線にしか放出されなかった点だろう。動きの素早いユニコーンはその中級水魔法を、呆気なく横に身体を傾けて回避してみせたのだ。


「ええっ!? そ、それなら――【水冷弾(アクアショット)】!」

『…………』


 続けざまに放たれた三発の水の弾丸は、ユニコーンの胴体に命中(ヒット)

 だが、ダメージを受けるどころか、ユニコーンは何だか爽やかな表情を浮かべていた。……たぶん「涼しいなー」って顔だな、とナナオは思った。人間相手ならともかく、幻獣相手ではポアナの魔法は通用しない様子だ。


 そしてポアナの努力もむなしく両者の距離は一層、縮まる。

 そこでいよいよポアナはくずおれてしまった。既に逃げるだけの体力が残っていないようだ。


「う、ううっ……追いかけられた直後に召喚用紙は落としちゃったし、他にまともな魔法覚えてないし、もうムリぃ……これで失格よ……」


 しくしくしく、と泣き出すポアナ。妙に説明口調なのは、彼女なりに混乱しているからだろうか?


「で、でもでも――嫌! 他のみんなのようにはなりたくない!」


 どういう意味だ? と首を捻るナナオ。

 だが直後、その言葉の意味が判明した。

 よくよく観察すると、ユニコーンのグルグル渦巻いたような長いツノには、とんでもないものが引っ掛かっていたのだ。


「……腕輪だ!」


 ひとりに一つずつ配布された、今回の試験の要である腕輪。

 しかもツノに引っ掛かっているのは一つだけではない――何と、()()である。


 となると試験開始直後にレティシアはユニコーンを召喚し、近くの生徒の腕輪を圧倒的な力で奪ってみせたのだろうか?

 その近くに、ポアナも居たのかもしれない。彼女はユニコーンの縦横無尽の活躍を目にして、慌てて逃げ出してきたのだろう。


 となると――そうか、とナナオは気がつく。

 頭の中に閃いた図、なぜか動かない光点がいくつかあるなと思っていたが、あの多くは既にユニコーンに腕輪を奪われた生徒だったに違いない。試験失格となったため、その場で待機していたのだ。


 そんな風に頭の中で思考をまとめていると、肩に乗ったリルがぐいぐいとナナオの頬を押してきた。肉球がぷにぷにしていて気持ち良い。


『これはチャンスよ、ナナオ』

「……え? どういうこと?」

『決まってるでしょ! あのユニコーンを死角からボコボコに殴りつけて腕輪を奪うのよ!』


 マジでコイツ本当に女神? 悪魔とかの間違いなんじゃなかろうか?


 しかし、リルの言うことは必ずしも間違ってはいない。

 ボコボコに殴りつけずとも、ユニコーンから五つの腕輪を奪い取る自体は立派な戦略だ。


『どうやら飼い主のツンデレ姫も近くに居ないみたいだし――今は絶好のチャンスよ』

「……確かにな」


 もう一度、地上の様子を見てみれば、震えるポアナとユニコーンの距離はもう一メートル内にまで迫ってきている。


「嫌ぁ! エッチなユニコーンに懐に潜り込まれてハァハァされて処女だってバレるのは嫌ぁ!」


 何やら見境なく大変なことを叫んでいるクラスメイトを、このまま放っておくわけにもいかなそうだし。


 ナナオはそこで、狙いをつけて木の上から飛び降りた。

 重力に従い、長い髪の毛を引き連れながら身体は一気に落下していく。

 目標は――ユニコーンのちょうど真横。驚いて跳び上がったところで、ツノに引っ掛かった腕輪をまとめて奪う算段である。


 だが、ナナオの判断は甘かった。

 というよりは、最初から罠に誘い込まれていたのだ。

 ユニコーンの主、才色兼備な少女――レティシア・ニャ・アルーニャによって。


 というのも、まるでナナオが頭上から降りてくるのを察知していたかのように。

 ユニコーンが突然、くるりと身を翻したのである。


「えっ!?」


 驚くナナオだったが、今さら木の上に引き返すことなど出来るはずもない。

 着地は当然ながら問題なく、きれいに決めたナナオだったが、目標のユニコーンの姿は消失している。一瞬の交錯を経て、茂みの中に隠れたようだ。


 見失ったナナオが思わず周囲を見回すと、リルが焦ったように言い放った。


『ナナオ! 【索敵】よ!』


 ――あ、そうだった。

 慌てて集中するナナオ。しかし、遅かった。


 頭上から、「メキメキッ」となにかが壊れるような音がする。

 反射的に見上げるナナオを呑み込むようにして現れた影が、勢いよく降ってくる。


「………………きゃあああああああッッッ!?」

「本当に勢い良いな!?」


 そしてナナオは、ようやく彼女の作戦に気づいて感心していた。

 ユニコーンは囮だったのだ。本丸だった本人は、何らかの魔法かユニコーンによってかは分からないが、隠れるナナオの頭上で待機し、仕掛けるときを密かに待っていたのだろう。

【索敵】でその存在が確認できなかったのは、ぴったりとナナオとリルの座標に沿うような形で、その人物が潜んでいたから。……偶然の結果なのかもしれないが、その手並みは見事の一言に尽きる。


 だが肝心なところでおっちょこちょいな彼女の作戦は、最後の最後で失敗しかけている。

 打ち所が悪ければ骨折、もしくは命の危機もある高さからの落下だ。


 だからこそ、叫びながら木の上から落ちてきた影に、ナナオは躊躇わず手を伸ばす。

 文句を言われるのは覚悟した上で、もちろん受け止める予定だったのだ。


 ――しかし、そこでおそらく、両者にとっての誤算があった。


「…………っ!」


 彼女の捲れ上がったスカートの中が、はっきり見えていたのだ。

 色や形なんかも、そりゃもうばっちりと。


「――ちょ、ちょっっと?!」


 悲鳴を上げる彼女が大慌てでスカートを抑えつけて、体勢を変えようとばたつく。

 だが、そんな抗議の声はナナオには聞こえていなかった。さきほど視界を支配した光景に、全神経が囚われていたのである。


「…………黒、」


 それがナナオの遺言となった。

 そこから先は、口に出来なかったためである。


 何故かというと――頭上の彼女と唇が重なって、なにも発音できなかったので。



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