第50話.索敵スキル
「今回、わたくしたちはお互いに敵同士ですわ」
実技試験開始前のこと。
試験内容が発表され、全員が森へと移動する最中、レティシアがそう言った。
「えー……」
「えー、ではありませんっ。これは決定事項ですわ。というか別に、アナタ方は協力し合っていただいて結構ですが、わたくしと馴れ合うのは遠慮くださいませ」
つっけんどんなレティシア。
しかしそこで彼女に、意外な加勢が加わった。
「……みんなと戦うの、ちょっと面白そう」
「ぼ、ボクも、怖いけどちょっとやってみたいかも……! レティシアさんの案に賛成するよっ」
「案というか、だから、決定事項なのですが……」
というのもナナオ以外の面々――フミカとティオが賛成したのである。
そうなればナナオが反対意見を述べる理由も無い。というか、レティシアの反応見たさで一度渋い顔をしてみせただけで、ナナオも「それ面白いかも」なんてちょっと思っていたのだ。
「じゃあ正々堂々、お互いにがんばろう」
ナナオがそう言ったとき、それぞれのスタート位置に向かう友人たちは、それぞれ緊張感に満ちた表情で頷いた。それが三十分ほど前の出来事で、それ以降は誰とも会っていない。今頃は全員、動き出したところだろうか。
――バトルロワイアル形式のサバイバルゲーム。
二十一人の生徒全員が、他者から見える位置に配布された腕輪を装着し、それを奪い合うことが主眼である。試験終了時により多くの腕輪を手にしていた者が、高い評価を得られるというわけだ。
また、自身の腕輪を奪われた場合、その生徒はそれ以降のゲームへの干渉を禁じられる。文字通り、腕輪が生徒自身の命を象徴するモノとなるのである。
アルーニャ女学院の授業は基本的に、卒院後に冒険者や騎士への道と進むための実践的なトレーニングを積むことが重視されている。
一年生たちはまだそれでも座学が多いのだが、二年生ともなれば実習の割合の方が高くなるくらいなのだ。
そのため、今回の試験内容の意図も、その点を考えると明確に見えてくる。
突発的な対人戦への免疫。――あるいは順応、と言い換えるべきか。
スタート位置から素早く移動し、木陰に身を隠したナナオは、そこでまず服のポケットから召喚用紙を取り出した。
「リル!」
短く唱えると、用紙からボフン、と小さな煙が出てきて、その中から白い子猫――女神リルが姿を現す。
持てる力すべてを使って全力で試験に取り組むように、とはサリバの言葉である。無論、使い魔の行使も認められているので、ナナオはさっそくリルの力を頼ることにした。
『はいはい、わかってたわよ』
天界でナナオの様子を日課として観察しているというリルは、問題なく現状も把握しているようだ。
『基本ルールは把握してるわ。殺人はNGで、殺傷行為も駄目、ってことだったわよね?』
その通りだった。相手を殺傷することを目的として力を行使してはならないと、サリバからルール説明があったのだ。
また、常時、上空を旋回する小型の飛行魔道具によって生徒たちの姿は監視されているので、ルール違反があれば即、発見される仕組みとなっている。
「俺の場合は剣も魔法も加減ができないから、素手で行こうかな。この前もそれで悪党を叩きのめしたし、何とかなると思う」
『え? どちらかというと素手っていうか素頭だったような……まぁいいわ。でも相手がどういうスタンスで来るかによって、戦法は変えたほうがいいわよ』
リルの忠告も尤もだった。いくらナナオが素手でやり合おうとしても、他の生徒は刃物などで武装している可能性が十二分にあり得る。状況によっては、ナナオも抜刀する覚悟は必要だろう。
ただ、とりあえず今は別に考えるべきことがあった。
「問題なのは、試験時間かな……」
『そうね。この広い森で一時間は、かなり短いわ』
そう、ネックなのは試験時間だ。開始から終了まで、たったの一時間。
これは間違いなく、隠れてやり過ごすなというサリバからのメッセージだろう。そんな悠長にしている暇はない、と言っているのだ。
――つまり、とっとと激突して、さっさと腕輪を奪い合え、ということである。
「それでリルに訊きたいんだけど、なにか役立つ魔法とかアイテムとか、あったりする?」
少しズルい気もしたが、使い魔の力とは主人の力そのものである。
だからこそナナオも、今回ばかりはリルのことは全面的に頼りにするつもりだった。決して、筆記試験に自信がなさすぎて実技で少しでも点数を稼ぎたいとか、そういう邪な考えあってのことではない。決して。
『そうね……アイテムじゃないけど、アタシが居るわ!』
「そうだね。それで話を戻したいんだけど」
『呆れたような顔で言うな! あのね、今回の試験内容は、アタシの能力と相性抜群ってコトなのよ』
不審げな顔つきのままのナナオに、リルが鼻をひくつかせる。
『……いいわ、百聞は一見にしかずよね。まずは見なさい、この女神の力を!』
「!?」
リルが叫ぶと同時だった。ナナオの頭の中で、きぃん――という耳鳴りのような音が響いたような気がした。
その瞬間である。
ナナオの両目の視界が、急に開けるような感覚が広がる。ふたつの眼球によって認識される狭い空間だけではない、もっともっと先――目には見えない範囲にまで、知覚がグングンと伸びていくような。
そしてそれは三次元を飛び越え、多面的な厚みのある紙のようにしてさらに広がり、森の座標を正確に頭の中へと展開する。
今やナナオの頭の中では、森のどこに人間らしき反応があるかを、対応する光点によって寸分の互いなく識別できていたのである。
「なっ……なにこれ!? ぐわっ、ばばばーん、みたいな感じの図が頭の中で広がってるんだけど!」
『フッフフ、女神特殊スキルのひとつ、【索敵】の能力をアンタにも一時的に使えるようにしてやったのよ! 感謝しなさいよねっ!』
「そうか! これもじいちゃんとよくナンプレを解いてたおかげか……!」
『だから違うっつーの! アンタのじいちゃんじゃなくて女神リル様のおかげなのー!』
やはりナンプレは脳の運動に最適のようだ。まさかこんなすごい力が開花するとは。
まぁ、便利すぎて若干ズルすぎるような気もするが、これも試験のためだ。
ナナオは目を閉じると、さらに意識を集中させる。まずは他の生徒の位置を正確に把握してみよう。
「ん……?」
そして、さっそく気がついた。
何やら高速でこちらに近づいてくる反応が、ひとり分。……いや、ふたりか。
誰なのかまではさすがに分からないが、ほとんど直線的に、何者かがナナオの居る方向に接近してきている。
もちろん、ここで逃げるという選択肢はないが――とりあえずは様子見したいところだ。
「リル、木の上に登るぞ!」
『わかったわ!』
呼びかけるとすぐさま反応したリルが、ナナオの肩の上にぴょんと飛び乗った。……いや、自力で登ってくれって意味だったんだけども。
まぁいいか、とリルを肩に乗せたまま、ナナオはぴょんとジャンプして手頃な太い枝の上へと飛び移る。
幹へと近づき、地上からは自分の姿が茂った木の葉で見えなくなるようにカモフラージュできる位置まで移動すると、そこで息を潜ませる。
ふたり分の反応は今も近づきつつある。というより、その足音さえも実際に聞こえる距離になりつつあった。
そのときになってナナオは気がつく。誰かがチームを組んでこちらに向かってきているのかと思ったが……そうではない。
両者の位置は、ほぼ等間隔ながらずっと距離が空いている。
誰かが誰かを、追いかけているのだ。
――誰だ?
枝の上に片方の膝をついたポーズで、注意深く地上の様子を観察するナナオ。
十メートルほど先から、ガサガサ、と茂みを掻き分けるような音がした。ごくり、と小さく息を呑む。あれは……
「やだあああ! もう、追いかけてこないでええ!」
泣き喚きつつ懸命に走っているのは、ポアナ・ウィリオだ。
大人しめのおかっぱ頭の少女で、ナナオはあまり話したことはない。先日【中央第二遺跡】で課外訓練を行った際は、キュキュにリュリュの双子の姉妹とチームを組んでいたはずだ。
そしてポアナを追いかけているのはいったい誰なのかと、視線を投げてみると――
「あれ?」
無声音で呟くナナオ。
その正体は、見覚えのあるユニコーンだったのだ。