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第49話.中間試験開始

 

 多湿な雨の日々が終わり、爽やかな初夏の風が草木を揺らす頃。

 その時期になると、アルーニャ女学院に通う一年生も二年生も、例外なくそわそわし始める。

 理由は単純である。


 ――六の月の中旬には、中間試験が行われる。


「試験か……」


 地球で暮らしていた頃のことを、ナナオはぼんやりと思い返す。

 正直、勉強はあまり得意ではなかった。学校での成績は常に中の下という感じで、まったく目立たない生徒だっただろう。


 だがこの、剣と魔法ありな異世界の学院で執り行われる試験ならば――とナナオは思う。

 勉強が苦手な自分でも、必死に頑張れば、それなりの成績が残せるのではないだろうか? と……。


 しかしそんな甘い期待を打ち消すようにして、隣の席のフミカがぼそりと忠告してくれる。


「……ナナオ君。筆記試験もあるよ」

「そうだったー!」


 ナナオは思わず頭を抱える。

 実技ならまだ何とか――と軽く考えていたが、筆記試験……。

 ふたりの会話を聞きとがめたのか、同じく後列のティオが立ち上がると、とてとてと小走りに近づいてくる。何やら必死な表情で言うには、


「で、でもアルーニャ女学院の筆記試験は、あんまり高い得点が割り振られるわけじゃないらしいからっ! 実技のほうが大切らしいから……!」

「そ、そうだよねティオ。大事なのは実技!」


 そうだ! その通り! と勢いよく励まし合うナナオとティオ。クラス内でもとりわけ座学が絶望的なふたりである。

 そんなナナオたちを、レティシアとフミカが「こいつら大丈夫かな」みたいな目で見ている。普段の授業中の様子からしても明らかに、ふたりとも筆記はかなり得意なのだ。


 ――まぁでも、きっと何とかなる。そうナナオは自分に言い聞かせる。

 実技さえどうにかなれば。

 実技さえどうにかできれば……!


「――明日から始まる中間試験についてですが、結果によっては学院を退学していただく場合があります」


 ナナオは椅子から転げ落ちそうになった。


 放課後のHR、担任教師のサリバの第一声がこれだったのである。

 見れば、ナナオと同じくひどいショックを受けたのだろう、離れた席のティオは椅子が壊れる勢いでガタガタと激しく震えていた。周りの生徒たちも、反応の大小はあれど動揺が広がっているようだ。


 しかしそんな生徒たちの反応は意に介さず、サリバは淡々と説明を続ける。


「まず明日は、午前中に魔法基礎学、魔法薬学、歴史社会学、冒険人理学の筆記試験を行います。

 明後日の実技科目に関しては当日に試験内容を発表しますので、授業開始時刻の二十分前には教室で待機しているように。以上」


 ヒールの音を鳴らしてサリバが去っていくと、教室内は喧噪に包まれる。

 ここに来て唐突な告知は、誰にとっても予想外だったようだ。というのも、六の月とは決まっているものの、具体的に試験が何日に行われるかは、事前にまったく発表されていなかったからである。


 かく言うナナオも騒ぐ内のひとりであった。しかしナナオが騒いでいたポイント自体は、他の大多数の生徒と異なるのだが。


「退学って……退学って!」


 何も試験直前にそんな脅しせんでも、というのが正直な気持ちだった。

 恐怖のあまり真っ青な顔をするナナオの肩を、そのとき、ポン……とやさしく誰かが叩いた。

 恐る恐ると顔を上げると、その正体はフミカであった。


「……大丈夫だよ、ナナオ君」

「フミカ……!?」

「……退学になったら、そのまま冒険者の道に進めばいいだけ」

「そういう問題じゃなくてぇ!」


 マジでそういう問題ではない。前世にて高校を卒業できずに死んでしまった以上は、せめてこの世界では無事に学院を卒院したい、とナナオはわりと本気で思っていたのである。



 +   +   +   +   +



 落ち込みながら寮に戻ってくると、ちょうど部屋の前でランと遭遇した。


 彼女はナナオの顔色を見るなり、大方のところは察したようで、何やら憐れみを込めた瞳でナナオを見るとこう言った。


「今さら焦ってもぶっちゃけ遅いと思うわよ」

「ラン先輩……こんばんは」


 以前から仲良しの取り巻き――ならぬランの友人ふたりも、ナナオを見るとぺこっと頭を下げてくれる。ナナオも会釈を返しておいた。

 ランはポニテの先を指でくるくる弄びつつ、


「サリバ先生は私たちが一年のときも担任だったけど、ヤマなんか簡単に張らせないことで有名だし……実技科目も、毎年内容が違うのよね」

「ああ……ものすごく想像がつきます」


 誰より几帳面で生真面目なサリバのことだ、試験内容の使い回しなどしそうにもない。

 試験範囲は恐ろしく広いので、問題の傾向なんかもナナオはさっぱり掴めていなかった。これは本格的にまずいかも……。


「ち、ちなみにラン先輩のクラスメイトは、試験の結果が振るわなくて誰か退学しちゃったなんてことは……ないですよね?」


 おろおろしつつナナオが問うと、ランが苦笑する。


「無いわね。まぁでも、あたしたちよりもっと前の生徒では何人か退学する生徒も出た、って聞いたことあるわ」

「マジですか……」

「そんなに気にすることはないと思うけどね。ナナオさんなら余裕なんじゃない?」

「まったく余裕じゃないですね」


 真顔で答えると、「あらそう」と微笑むラン。何というか、出来の悪い妹――もしくは弟を眺めるような温かみのある笑みである。


「ラン先輩は調子どうですか?」

「あたしは、今回の試験に限って言うなら敵はいないわね。少なくとも筆記に関しては」


 すごい自信だ。

 だが、ランの声音はどことなく渋かった。そしてどこか、引っ掛かる言い方でもある。

 不思議に思っていると、ランは小さな声でもう一言を付け加えた。どうやら後ろの友人に聞こえるのを憚ったようだ。


「あの女が――居ないから」


 あの女……誰のコトだろう?

 首を傾げるナナオだったが、ランは何か疲れたような溜め息を吐くだけだった。

 彼女がそのまま離れていこうとしたので、ナナオは一か八かで頼んでみる。


「あ、あの。ラン先輩は俺に勉強教えてくれたりは……」


 王国各地に点在する女学院の中でも、トップクラスの名門校であるアルーニャ女学院。

 ランはその学院において二年生の二位という、非常に優秀な成績の生徒だ。

 そんなランに勉強を教わることができればあるいは――と思ったナナオだったが、返事はNOだった。


「申し訳ないけど、無理よ。知っての通りあたし負けず嫌いだから。最後の最後まで死ぬ気で粘るから。夕食の後は部屋に籠って、試験範囲を一から復習するわ」


 ギラギラと燃える瞳で断られてしまった。残念。




 ――ダイニングルームでの食事を終えて。

 部屋に戻ったナナオはさっそく、窓際に備えつけられた勉強机に向かっていた。


 今回の中間試験では、クラス内での()()が一時決定されるという。

 たとえば、二年のランはよく「次席」だと評されているので、魔法科二年生の中でも二番目に優秀ということだ。ただ、年に二回ある試験の結果によって、その順位には変動が発生するために、二年のランも気が抜けないということだった。


 二十一人の生徒の内、上位に入りたいという気持ちも当然、無いわけではない。そりゃあもちろん、上を目指す方が今後のためにも良いはずだから。

 だがひとまずは、無事に試験を乗り越えよう、と自分自身に言い聞かせるナナオ。今回だけですべてが決まるわけではないのだから、変に気負う必要はない……はずだ。たぶん。


 ちなみに同室のフミカさんはといえば、すでにおやすみモードに突入しており、ベッドの上でくぅくぅと愛らしい寝息を立てている。最近のフミカは以前にもまして、暇さえあれば睡眠している感じだ。試験の前日だろうとその習性は変わらないらしい。

 そして枕に抱きついて眠るかわいい寝顔に、「勉強教えてくれ」などとせがむことができるはずもない。


 ナナオはいよいよ覚悟を決め、孤独な戦いに臨もうとしていた。

 ……でもやっぱかったるいな。食事の後だしな。

 ひとっ走りしてこようかな。あと部屋の片づけなんかも……それにそれに……。


 そのとき、こんこん、と控えめにドアがノックされた。


「ナナくん……あのさ、お勉強会しない?……」


 誰かと思えばティオだった。

 ぐすぐす涙ぐみながらも、その腕には大量の教科書とペンケースが抱えられている。


「ティオ! 助かった……!」

「へ?」

「い、いや何でもない。もちろん一緒にやろう」

「ホントっ?」


 途端にティオのテンションも上がる。

 彼女を部屋に招き入れ、フミカの机へと案内するナナオ。前にもティオには使ってもらったことがあるし、そしてフミカはどんなに傍で他人が騒いでも起きないという習性をもっているので、部屋での勉強会は特に問題ないだろう。


 だが、ナナオとティオのふたりでは筆記試験は乗り切れそうもない。

 というわけでナナオは教師役も召喚することにした。召喚用紙を手にして、小さく叫ぶ。


「リル、頼む!」

『……ゼッタイこうなると思ってたけど、いいわ。あたしの作った中間試験対策用マル秘テキスト、その名も『真剣ゼミ』で勉学に励むといいじゃない』

「もうギリギリどころではないな!」

「わぁ! ありがとう師匠!」


 その晩、ナナオとティオ、リルを交えた勉強会は大変盛り上がった。主にカードゲームで。



 +   +   +   +   +



 翌日。


 筆記試験が始まり、終了した。

 それ以外に、ナナオは語るべき言葉を知らなかった。出てくるのは「何とか終わったな」という腑抜けた感想くらいである。自信などは、当然、まったく無い。

 でも「ここ真剣ゼミで見たとこだ!」って問題もちらほらあったので、そこで点数が稼げていればどうにかなるかも知れなかった。……以上である。




 そうして翌々日。本番ともいえる実技試験の日がやってきた。


 サリバからの説明を受けた魔法科一年生たちは、その全員が、学院の近くにある森の中へと立っていた。

 だが、全員、それぞれにスタート位置は離れている。位置が近い者同士でも、最低三百メートル以上の距離が空いているのだ。今や誰も、自分以外の人間の姿は視認できない状態だろう。


 ナナオはといえば、森の外れにひとり突っ立って、実技試験の開始の合図を待っていた。

 学院というよりは王都に近い場所だと言えるだろう。学院からはほんの小さく見える王城が、この位置からだと茂った木々よりさらに高い青空に大きく浮かんでいるように見えるので。


「ふぅ……」


 ゆっくりと息を吐きつつ。

 学院を離れる際に装着させられた左手の腕輪の表面を、何となく撫でるナナオ。

 緊張は、人並みにある。昨日の筆記試験の際よりも、よっぽどだ。

 だがそれ以上に、この後始まる試験で何が起こるのか、そんな楽しみも覚えつつあった。


 というのも。

 ――剣あり魔法ありの、バトルロワイアル形式のサバイバルゲーム。

 それが、今回の実技試験の内容なのである。


 ふと、風が止む。

 ナナオはその瞬間、息を止めた。


 予感を覚えて西の方角を見遣ると、学院の屋根がちらりと見え、そのあたりから――まっすぐに、上空に向かって見事な氷の華が咲き誇っている。遠目に見てもキラキラと、氷の破片を散らしながら成長していく。

 事前に説明を受けた、サリバの氷魔法だ。


 彼女が使い魔であるジャックフロストと協力して作り上げたという氷の華は、どういう原理なのかその蔦をどんどん伸ばして高く上昇していったかと思えば――殊の外あっさりと弾け散った。


 さすがに距離があるので、砕け散る音までは鼓膜に響かない。

 だが、試験の号砲としては十分なその光景を合図に、ナナオは地を蹴った。



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