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第48話.ゆびきりの約束

 

「これで一件落着だね」


 ――ミアナの涙が落ち着いてきた頃、ナナオは静かな声でそう言った。

 するとレティシアはそこでナナオの存在を思い出したらしく、慌てて目の端を拭った。


「……っお、お礼を言います。ありがとう、ナオ。アナタのお陰で、こうしてミアナを……妹を助けることができましたわ」

「俺は大したことはしてないよ」


 実際、ナナオはそう思っていた。

 あの男たち程度の腕なら、レティシアひとりで問題なく対処できただろう。ただそのときは、男たちの命の無事が保証されなかったために、ナナオがいち早く手を出しただけである。


「でも――あの魔道具、何なんでしょう」

「これ?」


 レティシアの言葉を受け、男たちから回収していた武器を取り出すナナオ。軽く身体検査したところ、目立つ持ち物はこれくらいだったのだ。


 ミアナの肩に手を置いてから離れたレティシアは、そのナイフをおずおずと受け取る。

 彼女が鞘を抜くと、やはりあの――禍々しい闇のようなものが途端に溢れ出し、その刀身を包み込んだ。


「レティシア!」

「……平気ですわ」


 しかしそれが腕を覆う前にあっさりと、レティシアはナイフを鞘へと仕舞う。


「闇のオーラを持つ魔道具ですか……。でも……おかしいですわ」

「何が?」

「分かりませんの? ()()()()()()()使()()()()()()

「え?」


 ナナオはぽかんとしてしまった。レティシアはといえば、飾り気の無いナイフの鞘を真剣な顔で見つめたまま呟く。


「魔力を持たない男性は、魔力を持つモノと反発し合うのです。ナオも経験があるのではなくて?」

「……そう言われれば、あった……かなぁ」


 魔力を持つ男性なナナオにはそんな経験は皆無なので、非常にぎこちない嘘となったが、考え込んでいるらしくレティシアはそれ以上突っ込んではこなかった。


「とにかく王都に戻って、憲兵を呼んできましょう。彼らを回収してもらって、このナイフも預けないと」


 ナナオは頷き、振り返って男たちの様子を確認した。

 打ち所が悪かったのか目を覚ます様子はなさそうなので、しばらく放置していても問題はなさそうだ。


「ねえ」


 そこでくいくい、とか弱い力でナナオの外衣(マント)が引っ張られる。

 目を向けると、ちっこい少女――レティシアの妹であるミアナが、その大きなエメラルドの瞳でナナオを見上げている。


「ねえ、しょみん」

「うん、そうだね」


 生粋の庶民であるナナオは素直に頷いた。俺は間違いなく庶民です。

「こら!」とレティシアが注意するが、ミアナは頬を膨らませてそっぽを向く。

 そしてミアナは、その小さな両手でぐいぐいと、ナナオの背中を明後日の方向に押し始めた。


「……しょみん、あっちいって」

「ミアナ! この方はアナタを助けてくれたのだから、まずはお礼でしょう!?」

「……ありがとう。あっちいって」

「どういたしまして!」

「アナタもちょっと離れなくて結構ですっ」


 ぷんすかするレティシアに軽く笑って、ナナオは離れた距離のまま屈んで、ミアナに話しかけた。


「ミアナちゃんは、俺がお姉ちゃんを取っちゃうと思って嫌なんだよね?」

「…………」


 躊躇いがちに頷くミアナ。


「大丈夫だよ。俺はお姉ちゃんのことを大事に思ってるから、ひどいことはしないよ」

「……ほんと?」

「無理やり奪ったりとかも、しないよ。君のお姉ちゃんが嫌がることはゼッタイしないから」

「は――はあぁッ?」


 しかしそこでひっくり返った悲鳴を上げたのはレティシアだった。

 びっくりするくらい真っ赤な顔をして、ぶるぶる震える人差し指をナナオへと突きつける。ちなみにスカートの裾から覗く足元も子鹿のように震えているのだが、ナナオは指摘しないことにした。


「な、なんで今日会ったばかりのアナタがわたッ、わたくしのことを大事に――思いますの!?」


 今日会ったばかりじゃないからかなぁ……なんて言葉は口にはできないので、ナナオは困って頭を掻く。


「ええと……その……、……直感で」

「直感で!? い、意外と軟派な方なんですわね!」

「え? でもこんなこと、他の人に言ったことはないよ」

「……?! わたくしを口説いているつもりですの!?」

「くどっ――」


 口説いている!?


 思いがけない言葉をぶつけられ、愕然とするナナオ。

 ……でも確かに、今の自分の発言を思い返してみると、何かそういう感じにも聞こえてくるような。


「ま、まぁいいですわっ。さっさと王都に戻りますわよ!」


 ぷんすかしつつもミアナと手を握り合ったレティシアが、ナナオを置いて歩き出す。

 そんなレティシアを、ナナオも慌てて追いかけるのだった。



 +   +   +   +   +



 歩幅の小さなミアナが居るため、行きよりは時間をかけて王都へと戻ったナナオたちは、さっそく女性冒険者たちに囲まれていた。憲兵のお姉さんたちと話していたところ、ミアナ捜索隊の面々も集まってきたのだ。


 事情を説明すると、すぐに何人かが門の方へと向かってくれる。憲兵には二本のナイフも証拠品としてきっちり渡しておいた。

 それと入れ違いになるようにして、ミアナの護衛だという冒険者たちと、お付きのメイドたちも姿を現した。


「み、ミアナ様!」


 駆け寄ってきたメイドたちは、ミアナの隣に立つ人物――レティシアの顔を見てぎょっとする。

 それがすぐ、不愉快そうな――何か不可解な表情に変わりかけた瞬間に、レティシアがミアナの前にしゃがみ込んだ。

 だからナナオは、その表情の意味を正確に捉えることはできなかった。


「それじゃあ、ミアナ。ここでお別れですわ」

「やっっ!」


 レティシアの言葉に、ミアナはブンブンと首を横に振りたくる。


「聞き分けの無いことを言わないの。大丈夫、また近いうちに……会いに行きますから」


 そしてそう返すレティシアの語尾は、ほんの僅かに震えているような……ナナオはそんな気がした。

 それをもしかすると、ミアナも感じ取ったのかもしれない。こぼれ落ちそうなほど大きく瞳を見開くと、涙を堪えるような顔をして、次は緩く首を振る。


「……ううん。いいの。むりしないで、おねーたま」

「……ミアナ……」

「わがまま、ごめんなさい。みゃー、おしろにもどるね」


 気丈に微笑んでみせるミアナ。

 そんな妹の笑顔を前にして、レティシアもまた、強くミアナを抱きしめる。


「ミアナは強い子ね。頑張り屋さんね」

「うん……だっておねーたまも、がんばってるからね」


 そんなふたりの、まるで今生の別れのような抱擁を前に、ナナオは何も言えずに佇むしかなかった。

 だがそれからミアナはレティシアの元を離れると、なぜかナナオの傍へとやって来る。


 ちょいちょい、と手招きのような仕草をされたので、ナナオはその場に屈んだ。

 するとミアナは、ナナオの耳元で小さな声で囁いた。


「……なおくん。なおくんは、おねーたまといっしょにいてくれる?」


 切実な響きを持つ声だった。小さな女の子が発するものとは思えないほど。


「おねーたま、みゃーよりさびしがりだから。……みゃーのぶんも、そばに、いてくれる?」


 茶化すつもりは毛頭なかった。

 ナナオもまた、ミアナの耳元に口を寄せて、こっそりと返事を伝える。


「うん、任せて。俺はレティシアの傍に居るよ。……指切りする?」

「……うん。ゆびきり、する」


 メイドたちの目線が痛いので、あくまで小指と小指を数秒繋げるだけだったが、そうしてナナオとミアナは約束を交わした。

 小指を外したところで、にっこりとミアナがうれしそうに笑う。それは今日、ナナオが初めて目にしたミアナの笑顔だった。


 安心したのか、すっかり大人しくなったミアナは、メイドたちに手を引かれて傍で待機していた馬車へと乗車した。

 白馬二頭が引く、見るからに豪華な紋章つきの馬車である。

 王家の紋章(シンボル)なのか、見たことのない形の文字に囲まれた十角形の星の中に、ドラゴンの首が象られた模様が刻まれているものだ。


 誰が見ても王家の所有物と分かるそれの周りを、冒険者たちが乗り込んだ馬車が囲む。もうミアナは勝手に抜け出したりはしないだろうから、これ以上の心配はないだろう。


「おねーたま、なおくん、ばいばい!」


 名残惜しそうに窓から顔を出すミアナ。

 そんな少女に、レティシアとナナオは何度も手を振ってやった。

 そして見送りしつつもナナオは思う。レティシア、まだ自分の身分を誤魔化せているつもりなんだろうか……。


「……ミアナ、先ほど何か言ってました?」


 ――その姿が遠く見えなくなった頃。

 手を下ろしてから、レティシアがごにょごにょした口調で訊いてきた。

 どうやらだいぶ気になっていたらしい。そわそわと落ち着かない様子だ。

 問われたナナオはといえば、軽く微笑んで答える。


「うん、約束をしたんだ。レティシアには内緒だけど」

「むっ……何故です?」

「ミアナちゃんと俺の秘密だから」

「むむっ……」


 かわいい顔をすっかり顰めっ面にしてみせたレティシアだったが――それからハァ、と小さな溜め息を吐く。気を取り直したようだ。


「――すっかり、長く付き合わせてしまいましたわね。アナタも人を探していたのに、申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいよ、そんなの。俺が好きでやったんだから」

「そういうわけにはいきませんわ。何かお詫びをします。まずは、ナオの尋ね人のお手伝いをしますわ」

「えっ」


 善意百パーセントの申し出だったが、ナナオはそこで固まる。

 ナナオの尋ね人――それすなわち、フミカ・アサイム。

 だが今さら考える必要もなく、それはまずい。フミカと()()が知り合いと分かれば、自ずとナナオの正体がレティシアに看破されてしまうかもしれない。

 いくら鈍いレティシアでも気づいてしまうかもしれない。いくら鈍いレティシアでも!


「……何か今、失礼なこと考えてませんでした?」

「きっ、気のせいだよ! それにあの――大丈夫! ひとりで探すからさ」

「……それならば、大した金額ではありませんがお礼を」

「それも受け取れないって!」

「そ、それではわたくしの気が済みませんわ!」


 あああ――レティシア、このあたりはさすが王家のお姫様!

 一歩も引かない王女様相手に、さすがにたじたじになるナナオ。


「というかナオ、お家はどちらですの? 王都の周辺に住んでいるのなら、また改めて次の週末にでもお礼に伺いますわ。だからお家の場所を教え」

「あっ! 居た居た!」


 だがそこで、ナナオにとっては天の助けとなる第三者の声が響いた。

 ふたり揃って目線を動かせば、手を振りながら走り寄ってくるのはラン・ヘーゲンバーグ……レティシアと共に王都に遊びに来ていたという、彼女である。


「あら、ハンバーグ先輩……」


 ランの登場により、詰め寄ってくるレティシアの注意が一瞬だけ、逸れた。

 無論、その好機を逃すナナオではない。


「またどこかで会おう! シア!」

「えっ? ナオ――」


 レティシアの言葉を聞き終える前に。

 ナナオはランとすれ違う形で、全速力で人混みに紛れ込んだ。


 ――その後、露店を見ていたフミカとは意外にもあっさりと再会を果たし。

 こうしてナナオの短いようでとんでもなく長い一日が、終わったのだった。



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