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第45話.エンカウント

 

「ありがとうございました! またのご来店お待ちしてまーす!」


 元気な店員さんに笑顔で見送られ、店を出るナナオとフミカ。

 フミカの要望によって、ナナオは軍服チックな衣装そのままである。残りの時間はこの姿のまま過ごすこと、もフミカからの条件だったので、ナナオも気恥ずかしいが異論は唱えなかった。


 また、ウィッグや制服は荷物になるので、喚び出したリルの口に詰め込んでおいた。

 ……というと語弊があるが、「高くつくわよっ!」とキレ散らかしながらリルが呑み込んで、再び天界に戻っていった。『百次元ポケット』に繋がる『スペアだねポケット』が縫いつけてあるリル(猫ver)の口の中は、文字通り異次元なのである。


「この後はどうしようか? どこか行きたいところある?」


 ナナオはそう問いかけながら、フミカを振り返る。

 だがそこで、フミカの返事が返ってくる前に大量の足音が近づいてきて、ナナオは反射的に音の鳴る方を鋭く見た。


 十や二十……どころではないだろう、人数の足音。

 理由は分からないが、それがかなりのスピードで近づいてきているようだ。しかも、ちょうどナナオたちの居る方角に向かって。


「ごめんなさい! どいてどいてー!」


 そして前方の曲がり角から、一斉に姿を現したのは――冒険者たち。

 一目でそうだと分かるのは、動きやすそうだったり奇抜だったりと、とにかく個性的な姿をした女性たちがぞろぞろと連れ立っていたからだ。


 往来に溢れていた人々が、慌てて道の端に寄る。

 その間をすり抜けるようにして、三十に近い数の冒険者がナナオたちの居る方向に向かって突き進んできた。

 咄嗟にフミカを庇おうとしたナナオだったが、不用意に位置が離れていたのがまずかった。


「フミカ!」

「……っ」


 伸ばした手を遮るように。

 フミカとの間を分断するようにして、女性たちが走り抜けていく。一時は表通りを埋め尽くすほどの人の波が溢れ、あたりは騒然となる。

 ……そして、数分後。ようやく彼女たちがいずこかに去って行ったときには、小さなフミカの姿は通行人に紛れ、すっかり見えなくなっていた。


「フミカ! フミカ……?」


 きょろきょろと周囲を見回すナナオだが、通行人の中に彼女の姿はない。

 ……しまった。これは完全にはぐれてしまった。

 引き続き辺りを探そうとしたナナオは、そこでハッと気がつく。


 目の前に誰か倒れている。

 金髪の女の子だ。どこか痛めたのかその場にしゃがみこんだまま、「うう……」と小さく呻いている。

 とても放っておくことはできず、ナナオはそんな彼女の前で膝をつく。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


 起き上がれないようなら、と思い片手も差し出す。

 すると彼女はナナオの存在に気がついて、どこか驚いたように鋭く呼気を吐いた。


「いえ――今の騒ぎに巻き込まれて、少し転んだだけですから」

「でも、どこか怪我とかしたんじゃ」

「確認したところ、特には……血も出てませんし、平気ですわ」


 ですわ?


 特徴的な語尾に「あれ?」と思うと同時。

 彼女がゆっくりと顔を上げる。


「でもその、お気遣いありがとう……ございます」

「……!? レッ」

「はい?」

「……れ、れ、冷蔵庫には何が入ってたかな……」

「……? 冷蔵庫とは何ですか?」


 焦りすぎて故郷の家電の名を口走ってしまった。「何でもないです!」とぎこちなく首を振って誤魔化すナナオ。

 しかしナナオが焦るのも無理はなかった。


 何せ目の前にしゃがみ込んでいたのは――レティシア・ニャ・アルーニャ。

 ナナオのクラスメイトにして、大切な友人である超絶美少女だったのだから。


 ――何でシアがここに!?


 昨日、一緒に王都に行かないかとナナオが誘ったときはそっけなく断られたのに。

 いや――あのとき確か、レティシアは「先約がある」と言っていた。

 つまり別の誰かに誘いを受けて、その人物と王都に遊びに来ていたのだろうか? だとしたら……。


 ……何やらナナオの胸の底にムカムカとした感情が湧き上がってくる。

 誰だそいつは。ナナオの知っている人物か? それとも知らない人? もしかして男だったり……。


 ナナオが手を差し出したまま無表情でいるからか、レティシアはちょっぴり困惑したようで、歯切れ悪く事情の説明をしてくれた。


「……今日はハンバーグ……じゃない、学院の先輩と遊びに来ましたの。でも人混みではぐれてしまって、そうしたらやって来た冒険者の一団に轢かれてしまって……散々でしたわ」

「なーんだラン先輩か。よかったよかった」

「……え? アナタ、ヘーゲンバーグ先輩を知ってますの?」


 あ!

 慌てて口を噤むナナオだったが、時すでに遅し。

 ナナオの助けを借りずにすっくと立ち上がったレティシアが、服の不審げな目でじっと睨んでくる。ちなみに今日のレティシアは外出用か、水色の涼しげなワンピースを着ていて、それが彼女の金色の髪と白磁の肌に、驚くほどよく似合っている。


「……失礼ですが、アナタ名前は? ヘーゲンバーグ先輩とはどういった知り合いですか? 何となく、どこかで見たことあるような気も、しますけれど……」


 きれいな碧眼にじじじーと至近距離で睨まれ、ナナオは思わず数歩、後ろに下がる。


 レティシアは、ナナオの正体を知らない。

 もともと、リルには性別のことは「誰にも言わないように」と釘を刺されてもいる。魔力を使う男性が居るとバレたらとんでもない目に遭うから、と。

 知っているのはリルと、それに半ば事故に近い接触で知ってしまったフミカ。それにナナオが自発的に教えたティオだけだ。


 だからレティシアには、今この場に居る、()の格好をした人物が誰なのか、知られるわけにはいかない。


 ごくり、とナナオは唾を呑み込み――


「お、俺は……ナ……」

「ナ?」

「……ナオ…………です。ナオ・ミヤガイ」


 嘘を吐く罪悪感に打たれつつも、ぎこちなく口を動かす。


「ナオ・ミヤガイ……変わった響きのお名前ですわね」

「お、俺はド田舎の貴族の息子で――その、ヘーゲンバーグさんは前に立食パーティ……? 的な場所で見かけたことがあったような、そんなような」

「ああ、なるほど。それならわたくしもどこかで会っていたのかも……」


 ナナオのやけくそ気味な嘘を、意外にもレティシアは信じてくれたようだった。

 もしかすると、フミカが選んでくれた軍服が功を奏してくれたのかもしれない。貴族に見えるかどうかはともかく、もしかしたらレティシアには現在のナナオ――()()が、軍人デビューしたばかりの貴族の坊ちゃんにでも見えているのかもしれないから。


 ――というかこのニャンニャン、けっこう純粋というか、あんまり人を疑うということをしない子なんだよな……。


 これは助かったかも、と多少は気を抜くナナオ。

 少しだけ調子に乗って、貴族の坊ちゃんっぽさを意識してへらへら話しかけてみる。


「それで君は? ヘーゲンバーグさんの後輩?」

「ああ、名乗るのが遅れましたわね。わたくしはレティ――」


 しかしそこでピタ! とレティシアの唇の動きが止まった。

 不思議に思って観察してみると、レティシアの瞳は困ったように視線を彷徨わせている。明らかになにか考え事をしている。奇しくも、数分前のナナオと同じように。


 ――そうか、レティシアは王女さまだから。


 一介の、それもわりと得体の知れない貴族の男に本名を名乗るのは立場上、憚られることなのだろう。誘拐とか身代金とか、そういうのもあるのかもしれないし。

 となると、レティシアもナナオのように偽名を使うのだろうか? するとだんだんと楽しみになってくるナナオ。自分はどうにかその段階を乗り越えたおかげで、ちょっぴり強気になっているのだった。


「わたくし――わたくしは、そう……シア、ですわ。シア」


 額に汗を掻きつつも、何やら胸を張ってそう名乗るレティシア。

 そんな彼女を見て、ナナオの中にちょっとだけ悪戯心が芽生えた。


「へえ! シアか。なんだか王女さまみたいに高貴な響きの名前だね!」

「うぐっ!? な、なんで知っ――じゃない、余計なことは言わないで! 一応お忍びなのですから……じゃない! じゃなくて! ああもう!」


 申し訳ないが、しばらく笑いを堪えるのに必死になるナナオだった。



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