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第5話.金髪美少女との出逢い

 

「――あら。呆けた子豚を轢いてしまったと思えば、人間でしたか」


 涼やかな声がしたかと思えば。

 華麗に登場した少女の姿に、ナナオは目を奪われる。

 それも無理はなかった。何せ――、


 背中に靡く、神々しいほどのブロンドの髪の毛。

 宝石のようにキラキラと光り輝く、大きな碧眼。

 スッと通った鼻筋に、小さなさくらんぼ色の唇。


 絵に描いたような美少女――というのはまさにこのことだ、というくらいに整った顔立ちの少女が、馬車の中から歩み出てきたのだから。


「…………」

「アナタ、怪我はしてな――じゃなかった、お洋服に泥が跳ねていますわよ、はしたない。わたくしの替え(スペア)の制服を差し上げますから、どうぞそれに着替えて……」


 何やらその子が早口で言っているが、一から十まで、ナナオの耳には入っていなかった。

 というのも、


「すっげぇ可愛い……」

「んな!?」


 ナナオは目の前のその美貌に、すっかり見惚れていたのだ。

 いや、すっげぇ可愛いなんて生温い表現では済まないか、とナナオは緩く首を振った。


 ものすごーく――可愛い。

 この子、とんでもない美少女だ。ナナオは太陽の光にさえ負けないくらいに輝く美貌、なんてのを初めて目にしていた。

 むしろ顔さえぴかーっと光っている気がする。直視すると眩しいくらいなのに、まったく目が離せない……


 ドギマギを軽く通り越してしまうくらいの感動によって、ナナオの行動は大胆になっていった。

 すぐ傍まで近づいていって、瞬きもせず至近距離から見つめ続け少女のことをまじまじと見つめ続けたのだ。


「な、なんなの。アナタ、一体……」


 明らかに少女は困惑していたのだが、ナナオはそんな様子には気づくことなく――さらに、一歩の距離を詰める。

 そうして、あと少し動けば触れ合いそうなほど目の前にある見目麗しい彼女を見つめて――思わず。


 自覚はないまま、心の中で考えていたことそのままな独り言を、口端からぽろりと洩らしてしまった。


「……こんなに可愛い子は今まで見たことがない。一生拝んでたいくらいだ」

「な、ななな、なな……!」


 ボンッ! と音がするような具合に、少女の顔が真っ赤に上気する。

 しかし真っ赤っかになっても愛らしさは変わらず、否、よりグレードが増したので、ますますナナオは彼女に顔を近づけ、至近距離からまじまじとその美顔を眺めた。


「ここまで洗練された美というのがこの世に実在するとは……まるで神が手ずから作った彫刻品のような完璧な美しさだな」

「そそっ、そんな、そんなことは――!」

「神といえばリル……いや、リルもかなり可愛い方ではあったけど――」


 でもアイツは性格破綻女神だし――と考えていた直後だった。

 思いきり真っ赤になっていた彼女の表情が、途端にぐにゃりと歪んだ。


「……いま別の女性の名前出しました!?」


 その怒ったような声で、ようやくナナオは我に返る。


 ――しまった。考えてたこと声に出てた?


 ハッと気づいた頃には、時すでに遅し。

 今さらになって少女と距離を取ったナナオ。だが彼女の方はといえば、むむっと不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。

 ……無駄な抵抗はやめておこう。ナナオは素直に頷いた。


「出し……ました」

「な、なんて失礼な方! わたくしを前にしてそんな失礼な態度を取る女性がいるだなんて!」


 ……そうだ。俺、いま女子の格好してんだった。


 目の前の少女があまりに愛らしい外見だったのに気を取られて、大事な基本設定をすっかり忘れていた。

 いろんな意味で蒼白になるナナオに、反省の色を見たのか、少女は気を取り直すように腕組みをしてみせた。……未だ、軽蔑するような目つきは変わらなかったが。


「アナタ、名前は?」


 ナナオは一瞬黙ってから、返事を返すことにした。

 女の子らしい喋り方については、この三日間必死に練習したがちっとも身につかなかった。

 本当の事情は知らないものの練習に付き合ってくれたケータは「ナナオさんは女の子らしくするのは難しいと思うよ。自然体でいいんじゃないかな……」と苦笑していたので、ナナオ的にもそこは既に諦めている。不自然でぎこちない話し方になるよりは、以前と同じように喋ったほうがまだマシなのだ。


「ミヤウチ――ミヤウチ・ナナオです」

「? 変わった名前ね。ミヤウチが家名なの?」


 家名? ……苗字ってことか。


「まぁ、そうです」

「ふぅん、そう。ナナオね。……ああそうだ、わたくしの名前は――レティシア・ニャ・アルーニャと申しますの」

「ニャンニャン……!?」

「ニャンニャンではありませんわ! レティシア・ニャ・アルーニャ!」

「素敵な名前ですね!」

「本当にそう思っているのかしら!?」


 まるで猫さんのような名前の響きにナナオは感動してしまう。

 そっちに気を取られ、肝心な部分を聞き逃していたナナオだったが――そんなナナオを、レティシアはまたジトっとした目で見つめて、


「……見たところアナタも新入生なのかしら」

「一応」

「それでアナタの馬車はどちらに? それに荷物は?」


 そう訊かれたところで、ナナオの意識はようやくレティシアの後ろへと向いた。

 おそらくは良いとこのお嬢さんなのだろう彼女の馬車から、数人の使用人が出てきては、せっせせっせと大きな荷物を取り出して運んでいるのだ。おそらく、学院の横に設けられているという寮に運び込んでいるのだろうが……。

 対するナナオといえば手ぶらであった。だがナナオとしては、逆に何をそんなに必要な物があるんだろう? と不思議な気持ちでいっぱいだ。男と違って、女の子は入り用のものが多いのだろうか……。


「荷物は特になにも。馬車……も無いな。ここまで歩いてきたから」

「歩いてきた? どこから?」

「王都にある宿屋から。一時間くらいだったかな」


 そういえばケータも、しきりに馬車を呼ばなくていいのか心配していたっけ。

 何となく思い出すナナオのことを、レティシアは目を見開いてじーっと見ている。


「……王都から? この距離を? 一時間で?」

「え? うん、そうだけど」

「へぇ……面白い冗談を言うのね、アナタ」


 なぜか感心されるように言われてしまった。え、何で?

 ぱちぱち瞬きするナナオに、レティシアは呆れたように肩を竦めてみせた。


「まぁ、馬車を難なく避けた時点で大した運動神経ですけれど。それで――怪我は? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ、平気だよ。ご心配なく」

「そう。ただ先ほどの事故はこちらの落ち度です。服に泥がついています、わたくしの制服をさしあげるから、遠慮無く持って行って――」

「え!? 今ここで脱ぐの!?」

「脱ぎませんけど!? だからスペアの制服があると言ったでしょう!!」


 言ったっけ? と首を傾げると、はぁーっとこれ見よがしな溜息を吐かれてしまう。


「アナタ、あまりちゃんと人の話を聞かないタイプですわね」

「いや、普段はそんなことないんだけど。ただレティシアが可愛すぎるから他のことに注意が向かないっていうか」

「んな、だ、だから何故そう呼吸するように口説くような言葉をさらりと……!?」


 そうは言われても、本心からの言葉なので誤魔化しようがなかった。

 などと言おうものならまたも怒られてしまいそうだったので、ナナオはとりあえずそれは黙っておいた。


 そしてレティシアがちらちら見ている部分を確認してみると、確かにナナオのスカートには僅かに泥が跳ねていた。白いフリルのところに、ちょこーんと小さな染みができているのだ。

 ただ、間近で見つめてようやく気づく程度の汚れだ。でもそんな細かいことを気にするレティシアは、高飛車そうな喋り方には見合わず、本当はきっとやさしい女の子なのだろう。そもそも、正門前で突っ立っていたナナオが悪いのに。

 そう思うと、彼女の気遣いを無視するのも憚られた。


「さっきも言ったけど平気だよ。寮かどこかで水をもらって、制服の汚れは落とすからさ」

「……なら、良いのですが……」

「お嬢様、そろそろお時間です」

「あ――」


 レティシアが執事らしい初老の男性に呼ばれたところで、ナナオは「じゃあまた」と手を振ってその場を離れることにした。


「あ、ちょっと!」


 まだレティシアは何か言っていたようだが、振り向くことなく正門を越える。

 リルに言われた通りに行動するのは癪ではあったが、受付とやらでとっとと手続きを済ませなければ!



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