第41話.そして会議は進む
王城内に用意された、とある一室。
会議室として用いられるその質素にして清潔な空間にて、三人の女が向かい合っていた。
ひとりは騎士団長レイ。
短い金髪に切れ長の碧眼をした麗人である。
整った顔の下は全身鎧に包まれているが、その涼しげな美貌の前では鎧の武骨さはどこかに消し飛ぶようであった。
ひとりは参謀長ニンファ。
裾の長く広がった衣装に小柄な身体を包んだ姿は、どこか物語の中の老賢者を思わせる風体である。
顔の横に四つに分けて垂らしたお下げ髪が、僅かに揺れている。片眼鏡の下の細い瞳は、彼女の怜悧さと強い気性を同時に示している。
ひとりは魔法省大臣政務官シャルナ。
見事な縦ロールをした、輝くような碧眼の美女である。
魔法省のぴっちりとした制服の胸元を着崩した姿は扇情的でさえあるが、そのどこか冷めた視線には、簡単に他人を寄せつけないオーラが宿っていた。
――アルーニャ王国の重鎮と呼ばれるべき、十二人の女たち。
多忙を極める内の三人が、この場に集い、今まさに頭を悩めるべき議題について会議を執り行っている。
「……あの下品なギルド長は、欠席ですか」
溜め息と同時に呟くニンファに、レイが答える。
「ガークはまだ遺跡に残って、調査隊と共に調査を続行しているらしい。こちらに顔が出せるのはいつになるか分からないだろうな」
「ハァ……あんな粗野な人間でも、一応まともな仕事もできるんですね」
いちいちガークを足蹴にするニンファに、レイは少し辟易としてしまう。
この会議に召集されるメンバーには序列というものが定まっており、それは席順によって間接的に定められている。
部屋の最奥にある女王が座るべき椅子――を十二の位置として、そこから近いほどに格上、遠く離れるほどに格下。
それは当然、より近くに座することを許された者ほど、女王を傍で守る名誉を与えられているためである。
するとニンファは女王の隣にあたる、十一の席。
シャルナはニの席、レイは五の席、ガークは六の席と……それぞれの地位の差は、一目見るだけで歴然である。
ただ、この場においてはそれは実は些事に過ぎない。
公式の立場としては、会議に招集される十二人――女王も含めて――に立場の差はない。発言権においても平等である。
「――地竜、ねぇ」
呟いたのは、シャルナ。
ニンファとレイが目を向けると、華やかな美貌に笑みを滲ませて、シャルナがそんなふたりを見返してくる。
「我が経験でもお目に掛かったことがない相手ね。我が優秀な妹はどう?」
「二度、『叫びの荒野』で遭遇したことがあるな。最強種とされる竜族としては、そう強力な種というわけではないが……」
言い淀むレイの言葉の続きを、ニンファが口にする。
「――そこらの学生が討伐できる相手とは思えない、ですか?」
「…………ああ。私が学生の時分だったとして、単独で退治できるとは思えない」
……レイが低い声で言うと、ニンファはこめかみを軽く指で抑える仕草をした。
「頭が痛くなりますね……、ようやく魔王騒ぎが国内で治まってきたところに、次はドラゴン退治をしてのける学生、ですか」
「しかもその、魔王を追い返した新入生が、噂のドラゴンバスターだそうじゃない?」
他人事のように笑うシャルナに、ニンファは苛立ちを隠そうともせず食ってかかる。
「まだ噂の域を出ません! そもそもアルーニャ女学院の報告書の内容も不十分なのです!」
「それはサリバ先生に舐められている証拠よ。かわいい教え子である参謀長閣下が突き返せないとわかっていて、情報を意図的に隠している」
言葉に詰まってしまうニンファに、にっこりと微笑むシャルナ。
見つめられれば誰でもときめきを覚えてしまうほど魅力的な表情だが、実の妹であるレイはよく知っている。
シャルナがこうして上機嫌そうに口端を吊り上げるのはいつも、新しい玩具を見つけたときくらいなのだ――と。
「……学院は隠し事をしているわ」
ひっそりと、まるで内緒話をするように囁き。
歌うように軽やかにシャルナは続ける。
「それなのに、どうしてかしら? 何故か不思議と、王都は謎めいた新入生の噂で持ちきり。
そのいち、最強魔法が使える。
そのにー、上級生に決闘で勝利した。
そのさん、人の言葉を操る神獣を召喚した。
そのよん、顕現した魔王を追い払ってみせた。
そのごー、ドラゴンを討伐した。
……あらあら何だか、不思議だって思わない? 憶測や噂話にしてはどうにも具体的で、極めて不自然だわね」
指折り数えながら、唱えてみせるシャルナ。
しばらく黙っていたニンファとレイのうち、先に口を開いたのはレイの方だった。
「何者かがわざと、その新入生の噂を国内で吹聴している?」
正解、というようにシャルナが大きく頷く。
「情報の出所はもう一度、徹底的に洗い直すのを我が知見はオススメするわ」
「……了解しました。私が引き受けましょう」
片眼鏡の位置を神経質に直しつつ、ニンファ。
シャルナの語った内容には、一考の余地があるようにレイも感じる。だがその正しい方向性は、未だ掴めずにいるような印象だった。
シャルナの予測通りであるとすれば、学院側がその「新入生」の情報を伏せようとしているのとは裏腹に、何者かがその「新入生」の噂を、意図的に王都にばらまいている。
ただしその内容が正確なものかどうかは、定かではない。
というより、先ほどシャルナがふざけた口調で述べた内容を鑑みると、「そのにー」以外はほぼ有り得ないだろう。
もしもそれ以外の一つでも真実だとするなら、国内の――それどころか、全世界中がその「新入生」を、放置してはおけない。
そんな規格外の存在を手に入れてしまったなら、国同士の均衡は間違いなく傾く。だからこそ、あまりに荒唐無稽なおとぎ話のような噂を前にしては、この会議もあまり緊急性を帯びていないのだが……
――しかし、もしも、事実だとしたら。
――それも、もしも……全ての噂が、事実だとしたら……。
背中に寒気を覚えたような気がして、レイは小さく身震いをする。
いや、有り得ない、そんなことは。
だがすべてが嘘だとも思えない。
王都中で語られる「新入生」の噂をレイ自身も聞きかじっていたが、そこには何か、法螺話にはない不思議な真実味をも付与されているような気がするのだ……。
「……やはり調査の必要があるんじゃない?」
顎に手を当てて考え込んでいたレイは、そんなシャルナの言葉にようやく顔を上げる。
レイが無言でいる間も、ふたりによる会議は続いていたらしい。
「調査って、遺跡のですか?」
ニンファの問いに、小馬鹿にしたように笑うシャルナ。
「違う、違うわ。もちろん学院の調査よ」
「……アルーニャ女学院の? しかし、学院側がそれを許可するとはとても思えませんが」
げっそりとした顔をするニンファ。
シャルナは糺弾していたが、きっとニンファも必死にサリバ教師から情報を手に入れようと奮闘してきたのだろう。ただ、その努力が現時点ではまったく実を結んでいないというだけで。
それにアルーニャ女学院出身の、絶大な力を有する冒険者や権力者はそれこそ星の数ほどである。
いざ、シャルナたちが学院に直接踏み込もうとしたところで、サリバは彼らの権威を借りてこれを撥ねつけようとするだろう。そうなった場合、おそらくはこちらが不利だ。だからニンファの反応も尤もであった。
しかしシャルナには、何か別の、良からぬ考えがあるようだった。
「我ら十二人、それにその直属の部下には無理でしょう。でも相手は学院なのだから、手段はあるわ。使える駒もね」
「……もしかして」
何かに気づいたらしく、目を見開くニンファ。
シャルナは満足そうに、口の端を歪めてみせた。
「我が後進を、密偵として放つわ。あるいは猟犬、と呼んでもいいかもしれないけれど……ね」