第40話.残された謎
アルーニャ女学院、魔法科一年生。
五チームにわかれて行われた百六六期生の初めての課外訓練の結果は、学院内の掲示板に貼り出されるという形で公開された。
内容は以下の通りである。
『魔法科一年生 課外訓練結果一覧
着順
一.ミヤウチ・ナナオ――以下三名
レティシア・ニャ・アルーニャ、フミカ・アサイム、ティオ・マグネス
記録 二時間二十七分
二.キュキュ・サイル――以下四名
リュリュ・サイル、ポアナ・ウィリオ、ニコル・ライトン、リオーネ・ヒスタ
記録 二時間五十八分
減点対象
ミヤウチ・ナナオ――以下三名
レティシア・ニャ・アルーニャ、フミカ・アサイム、ティオ・マグネス
(遺跡内にて危険行為に及んだ為)
失格
他、三チーム (時間内に出口に到達せず)
……………………………………』
「納得いきませんわーっ」
広い教室内にて、レティシアの声が反響するようにぐわんと響く。
その悲鳴じみた声をきき、ナナオは軽い苦笑を零した。
「まぁ……仕方ないよ。むしろ減点で済ませてもらえて良かったのかも」
「なにも良くありませんわよ、ナナオ! せっかく一位でゴールできたのに、こんなのあんまりですわっ」
自身の席に着席したレティシアは腕組みをしたポージングでぷんすかしている。
窓際のナナオとレティシアの間、ちょこんと椅子に座ったフミカも、珍しく頬を膨らませている。
「……私も納得できない。あんな激闘を繰り広げたのに」
その言葉に激しく首を振りたくって同意を示すのは少し離れた席のティオ。
ちなみに入学時、四の月時点では縦四×横五列で組まれていた教室内の机配置だが、ティオが普通科から編入してきた後は、縦四×横五列+最後列のみ六列という、何ともいえない微妙な配置になっていたりする。
「そうだよね、ボクたちのチーム精一杯がんばったよねっ。あの後も大変だったし……」
ティオの言葉に、ナナオもぼんやりと一週間前の訓練のことを思い返す。
【中央第二遺跡】を舞台に行われた課外訓練。
最初は道に迷い続け、それがキュキュとリュリュの姉妹の仕業だと判明してからは、天井をブチ抜くという奇策で何とか突破した。
ゴーレムを倒し、蝙蝠やらの魔物も薙ぎ払いながら――辿り着いた先に待ち受けていたのは、何とこの世界最強と呼ばれる竜族の一種である、地竜であった。
しかしそれも、ナナオの策とフミカの風の魔力で以て何とか撃破。
その後は一応証拠に取っておこう、という話になりドラゴンの牙と鱗を拝借し、先へ進んだ。
だがそこから先がまた大変だった。遺跡内に仕掛けられた数多のトラップが四人を襲ってきたのである。
迫ってくる大岩やら、棘だらけの穴やら、落ちてくる壁やら……。
正気を疑うレベルの王道罠に何度も引っ掛かりかけつつも、どうにかしてこれもかいくぐった。
最終的には隠し扉の裏側に仕込まれていた、滑り台のようなダストシュートのような、埃っぽい巨大な縦穴を悲鳴を上げながら滑り落ちていき、何とか第一位という晴れ晴れしい順位で出口に辿り着いたのだが――
「……ごめん。俺があそこで余計なことを言わなければ……!」
くうう、と悔しさに拳を握るナナオ。
そう、あの日、顔を泥だらけ、そしてちょびっと返り血だらけにしながら出口に到着したナナオは、冷静に記録を書き取るサリバに向かって、思わずテンションが上がって言ってしまったのだ。
――『サリバ先生! 俺たち、遺跡の中でドラゴンと戦って、しかも倒したんですよ!』――なんてことを。
だが結果は悲惨たるものだった。
ゴールした直後にも関わらず、ナナオたち四人はサリバから、それこそ氷のような目で凄まれた。
その後は、遭遇したのはどんなドラゴンか、ドラゴンがいたのはどんな階層か、どういう経緯でドラゴンと戦ったのか、どうやってそれに勝利したのか……延々と、長々と厳しい口調で質問を浴びせられつつ、しどろもどろと答えるという地獄の時間が続いた。
――第二位のキュキュチームが這々の体でゴールするまでの数十分間、ひたすら尋問のような質問攻めに遭ったのである。
追い打ちをかけたのが今日の結果発表。
そして、発表用紙の最後にちょこんと書かれた「減点対象のナナオ以下三名は、本日の放課後、教室内にて待機せよ」という案内である。
――明らかなる説教フラグに、ナナオは目眩を覚えてふらついたという。
「でも、改まって何だろう。あの日のじんも……尋問だけじゃ、足りなかったのかな……」
言い直した意味が皆無だったが、ティオの気持ちはよくわかるので深く頷くナナオ。
あれ、間違いなく、尋問。もうお家に帰りたい。
しかし同時に、ナナオには気になることがあった。
「あのさ――掲示板の減点理由の書き方って、曖昧じゃなかった?」
結果発表には、竜族との戦闘に及んだ為、といった直接的な文言は書かれていなかった。むしろ避けられたが故の表現だった、と言い換えてもいいかもしれない。
ナナオの言葉に、レティシアも同意のようだった。
「そういえばドラゴンと遭遇したことも、他言無用と言われましたわよね……」
誰かがなにか言いかけたところで、がらりと教室の扉が開く。
入ってきたのはもちろん――魔法科担任教師であるサリバ。
氷のような目つきで四人を射竦めたサリバは、コツコツとハイヒールの音を鳴らしながら教卓へと立つ。
緊張しつつ四人が一斉に立ち上がろうとすると、サリバはそれを片手で制した。
「……そう固くならずとも結構です。本日は、貴女がたに話しておくべきことがあるだけですので」
「話しておくべきこと……って?」
「先週執り行った、課外訓練の件です」
まったく緊張が抜けないまま、唾を呑み込むナナオ。
だがサリバはそこで、少しだけ口を閉じて沈黙した。
まるで、どう話したものか悩むようなそんな素振りである。冷静沈着で、何事にもテキパキと対処するサリバにしては、非常に珍しい逡巡の様子であった。
しかしナナオたちの視線を意識してか、サリバは数秒と経たず顔を上げた。
「……まず、【中央第二遺跡】を含む我が王国内の遺跡の仕組みについて説明しましょう」
「…………?」
「王国が管轄する遺跡の数は全部で十七。基本的には魔法省や魔術研究機関などから派遣された調査隊や、許可証を持つ冒険者でなければ、遺跡を探索することはできません。遺跡の出入り口に仕掛けられた魔術礼装によって、暴徒の侵入はいついかなる時も防がれているためです」
知らない単語がいっぱい出てきたなぁ、と思いつつも、口出ししていい雰囲気ではないのでナナオは黙ったままでいた。
「しかし――例年の重要行事として、アルーニャ女学院は【中央第二遺跡】を使っての課外訓練の実施を国に申請し、今年度もこれを受理されています。
先週の場合は、私が秘密裏に魔術礼装の一時解除を行いました。それは既に復帰し、現在は術式もまったく別のモノに組み替えられているでしょう。
つまり、私と手伝いの二年生たちは、遺跡内で訓練に取り組む一年生たちを守るため、衛兵としての役割も兼ねて出入り口付近で待機しているのです」
なるほど、とナナオはサリバの話に何度か相槌を打つ。
あんな危険な施設が常時開放されているモノなのか、と不思議に思っていたのだが、やはりそうではないらしく、遺跡の秩序を保たれるための仕組みがいくつも用意されていたらしい。
そしてあの日は魔術礼装、とやらが解除されていたため、ナナオたち学生を始めとして誰でも遺跡には侵入できる状況だった。そのため、サリバやランたちは学生のみならず遺跡の警護をも行っていた、ということだ。
そこまでは理解できる話ではある。
だがその話が四人を呼び出した理由とどう関わるのか?
その点がまったく分からず、戸惑うナナオたちに……サリバは再度、口を開いた。
「前置きが長くなりましたね。それでは、貴女たちのチームが戦闘した地竜について、ですが。
――そもそも、そんな生き物は【中央第二遺跡】には存在しません」
きっぱりと、断言する形だった。
誰もが目を見開き、あるいは唖然とし、しばらく教室内には沈黙が落ちる。
まず始めに反論したのはナナオだった。興奮のあまり立ち上がって、必死に言い募る。
「だけどサリバ先生も見ましたよね!? 俺たちが持ち帰ってきた、ドラゴンの牙と鱗を――!」
「……ああ、誤解しないように。貴女たちがドラゴンを倒したという事実について、私は反証するつもりはありません」
ではどういう意味なのか。
戸惑うナナオに、サリバは淡々と、数式を教えるように告げる。
「貴女たちはドラゴンと戦い、これを倒した。しかし、遺跡内にはドラゴンなど存在しなかった」
「ですが、遺跡に行く前に先生は講義で言ってましたわよね? 【中央第二遺跡】は調査が進んでいなくて、未知の領域が多いと……!」
「そ……そうです! だったらドラゴンが居たって、おかしくないはず!」
声を上擦らせるレティシアとティオに、サリバは小さく首を振る。
「……その通りです、ミス・アルーニャ、ミス・マグネス。ただ、生態系に関してはそうではないのです。遺跡内の温度や湿度は一定に保たれていて、別種の生物が紛れる可能性は低い環境ですから」
「え……?」
「より正しく言い直しましょうか。――過去、【中央第二遺跡】にて地竜が発見された記録はありません。同じく、魔石の類が発見された記録もありません」
ナナオはどうにか口を開こうとした。
だがそれより先に、サリバが言葉の続きを口にする。
「そして昨日、戻った調査隊から報告を受けました。
貴女たちが記憶していた限りの道順を追い、遺跡内の探索を行ったが……ドラゴンの死体はおろか、魔石の一欠片も見つけられなかった――と」
いよいよ誰もが絶句してしまう。
「私が他のチームの生徒に確認を取った中でも、同じく証言は得られませんでした。つまり貴女たち四人以外の誰も、遺跡内でドラゴンや魔石を発見できていないのです」
サリバの話は信じがたいものだった。だが、彼女がナナオたちに嘘を吐く必要性は皆無である。
ではいったい……ナナオたちが見たモノは、何なのだ?
フミカが発見した魔石の欠片。上階からきこえてきた咆哮。ドラゴンの足元に散らばった、鈍く輝く魔石の数々……。
あれら全てが、偽らざる体験として確かに大脳に刻まれているというのに――
沈黙する生徒たちに向かって、サリバはこう話を締め括った。
「……とにかく、はっきりとしたことが分かるまで、この件は引き続き他言無用とします。他の生徒に余計な混乱を与えるわけにはいきませんから」
納得いかないものを覚えながらも、担任教師のサリバの指示である以上は頷く他はない。
それから、サリバは表情をより厳しく引き締め、こう言い放った。
「――まだ、憶測の域を出ませんが――これは、貴女がたを含む、学院の生徒を狙った何者かの犯行かもしれません。今後は学院内、もしくは寮内でも、なるべく単独行動を取らないよう注意するように」