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第39話.激闘で、修羅場

 

 刀身に宿っていた赤き炎熱。

 それが瞬きの間に、入れ替わるようにして鮮やかな翡翠色へと煌めく。


 そして振り下ろされた風の刃は――剣先から竜巻のような激しい渦を巻き起こしながら、硬いドラゴンの皮膚を一刀両断、切り裂いてみせた。


『――――――――ッッッ!!!』


 声にならない断末魔と血飛沫を上げ、地竜(アースドラゴン)は事切れ……やがてその肉体はゆっくりと、傾き始めた。


「わっ、フミカ。危なっ……!」

「……!」


 空中でナナオは体勢を整え、いちど結んでいた手を解くと、すぐさまその右手でフミカの腰を抱き寄せる。このまま落下したら、片足が石化状態のフミカが怪我をすると思ったのだ。

 急な密着に、フミカの顔がほんのり赤く染まるが――ナナオがそれに気づく前に、真っ二つに裂かれたドラゴンの身体が崩れ落ちていった。


 一拍の後――。

 地面全体が揺れ動くような凄まじい震動と共に、土煙が上がる。

 ……それを見守る立場の者からすれば、やきもきするほど長く砂埃が巻き散ったのだ。


 ようやく煙が晴れた頃、その中からナナオとフミカが無事な姿で現れたので、レティシアとティオは万感の思いでふたりへと駆け寄った。


「すごい……! すごいよナナくん! フミカさんもっ!」


 オレンジ色の瞳をキラキラと輝かせるティオとは異なり、レティシアは唖然としてふたりの顔を交互に見る。


「ど、どういうことですの? ナナオは風魔法なんて使えないはずでは……?」


 レティシアが呆気にとられるのも当然だった。

 ナナオが扱えるのは炎魔法のみで、風属性の素養は持っていない。そしてそれは、一朝一夕に手に入るようなものでもない。

 しかし、ドラゴンを仕留めてみせたのは明らかに炎の剣ではなかった。それがレティシアは気に掛かっていたのだ。


 無論、隠し通すつもりもないので、ナナオはそんなレティシアに説明してみせた。


「あれは俺じゃなくて、フミカの風の魔力を剣に篭めたんだよ」

「フミカさんの魔力を……?」


 うんうん、と頷くナナオ。繋いだ手の先から流れ込んできたフミカの魔力の感覚は、今も手の中に残っているかのようだ。

 フミカの魔力はナナオのものとは異なり、静かだった。どこかザラついたような感触があったけれど、フミカ本人の心の底に触れたようで、少しどぎまぎして――


 ……などと思い返していたら身体が強張ってきて、黙り込んでしまうナナオ。

 誰かが不審に思う前に、


『そうよ。アタシが鍛えた剣は、あらゆる魔法属性に適応するスゴい子なんだから!』


 えっへん、と胸(?)を張りつつ、そんなナナオの言葉をリルが引き継ぐ。

 だがそんなリルも、実は、ナナオがやってみせた芸当に対して、胸中ではかなり驚いたりしていた。


 というのも、あの剣が、()()()()()()()()()()をも材料として魔術式に組み上げられるなんて、想定していなかったし。

 それだけでなく、アースドラゴンを倒したのが、あくまで一点の曇りもない風属性の刃そのものであったことも、リルにとっては驚きであった。


 というのも、つまり……それは、二十四時間ほぼ放出状態にあるナナオの魔力が、その一瞬のみ、抑制されていたということになるからだ。


 ――意識的に、自分の『炎』の魔力を抑えた?


 そんな器用な芸当が、ナナオに出来るとはとても思えなかったが……でなければ、炎と風属性を組み合わせた刃は、それこそ雷属性の武器へと変換されるはずなのだ。

 これはもうちょっと、研究の余地がありそうね……と、顎に肉球を当てつつ考え込むリル。

 だが女装少年と少女たちにとっては、そんな裏の事情は実はどうでも良いものだったりする。


「とにかく――勝てて良かった! これもみんなのおかげだよ」

「……ティオ、転んでた? 大丈夫?」

「鼻を打ったけど奇跡的に鼻血は出てないよ! 平気さ!」

「それは平気の部類に入るのでしょうか……? あとで医療機関で見てもらったほうが……」


 気の抜けた会話をしつつも、四人の表情は緩んでいて、勝利の高揚感と安心がしきりに表れている。

 それもそうだ。課外訓練という舞台で、アースドラゴンなる強敵との戦いに打ち勝ったという事実は、それぞれの心に大きな達成感を与えていた。


「それに――ドラゴンを倒して、フミカさんの石化も解けたみたいだね」


 ぽややんとティオが指差すと、ようやく気づいたという風に、フミカが目を瞬かせる。


「本当だ……足、動かせる」

「ドラゴンを倒したからってことかな」


 リルの言う通りしばらく石化が解けない場合は、今度は自分が背負っていこうと思っていたナナオだが、これにはほっとする。この先も遺跡の中に何が待ち受けているか分からないので、フミカが自由に動けるようになったなら安心だ。


 しかしそんな和やかな空気の中、こほん――と、小さな咳払いが響いた。

 レティシアのものである。

 一斉に三人、と猫からの視線を浴びながら、レティシアは珍しくもじもじとして……小声で呟くように言った。


「それで、その。……ナナオとフミカさんは、いつまで……抱き合ってますの?」

「「え?」」


 思いがけない言葉に、ナナオとフミカのふたりは同時に顔を見合わせる。

 それからゆっくりと、視線を下に下げていく。

 その結果、目に入ったのは――レティシアに指摘された通りの光景だった。


 ナナオの右手は、力強くフミカの細い腰を抱き寄せて。

 フミカはといえば、身を委ねるようにナナオの胸に手を添えつつ、されるがままの姿勢になっている。


 着地のために密着し合った結果といえども――傍目から見れば、どう捉えても、恋人同士の抱擁のような絵面になっていたのだった。


「わー!? ご、ごめんフミカ!!」

「……っ」


 顔を赤くして大慌てで離れるナナオ。

 フミカも照れくさそうにしつつも、満更ではなさそうにはにかんでいる。

 ふたりの間には、なんとも言えない、青くてピンクな甘酸っぱい空気が流れているようだった。


「…………あははー」


 そんな様子を間近で()()()()()()ながら、ティオは口元には冗談めかした笑みを浮かべてみせている。

 そうした方がこの空気はやく流せるかも、という魂胆があったかは微妙なラインである。だが胸が痛むような感覚の意味自体は、当人はとっくに理解していたりする。

 しかしその気持ちを原動力にして自らこの場を台無しにするような真似は、心優しい少女にはできそうもないのだった。


 もう一方のレティシアはといえば、先ほどから頬が膨れそうになるのを何とか防いでは、もう片方の頬がぷくっと膨れてしまうのを慌ててペチペチするという、なかなか無謀な攻防戦に陥っていたりした。


「む。む。む……むむ……?」


 ペチペチと可愛らしい音を立てながら、首を捻るレティシア。

 どうして自分がそんな未知のペチペチに陥っているのか、レティシア自身はまったく、理由なんてものは掴めていなかったりする。


『これはいずれ修羅場になるアレコレ……』


 リルはその光景を遠巻きに見つめながら、誰にも聞き取れない音量でぼそりと呟く。

 別にどうでもいいけども、今後の展開も面白そうなので見守っとこう――みたいな、その場で唯一の軽いノリを発揮して、すっかり野次馬と化していた。


 そしてそういうアレコレには疎いナナオは、何やらいろんな念を感じ取って「何かおかしいぞ」とは気づいていたのだが、気づいた上で雰囲気を和らげようとぎこちない笑みを浮かべてみせた。

 グラスを片手にした仕草を気取ってみせながら、


「何はともあれ……みんな、ドラゴン退治お疲れ様! カンパイ!」


 ……残念ながら唱和する声がひとつもなかったので、わりと落ち込んだけど。



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