第38話.はじめての共同作業
暴れるドラゴンから距離を取り、大きく半円を描くような形で駆け寄ってくるティオ。
本当はレティシアやリルも呼びたかったのだが、ふたりの位置はナナオからはかなり離れており、しかもドラゴンを挟んでの真向かいなので移動には危険が伴う。
とりあえずレティシアたちには「あとで話すよ」という意味合いで手を振っておいて、ナナオはティオと素早く合流する。
「ティオ、それにフミカも。大丈夫?」
「……っうん、ボクはまだまだ……平気だよ!」
ティオは笑みを見せるものの、幼げな顔には疲労の色が濃く滲んでいた。
「……大丈夫、だけど。長持ちはしないかも……」
それは背負われたフミカも同様で、本人の言う通り魔力切れが近いのか、かなり憔悴している様子である。
そんなふたりに新たな作戦を提示するのは忍びなかったが――だが、それでもふたりのことを信じて、ナナオは自分の考えた「秘策」を打ち明ける。
――話を聞いている最中、ふたりはしきりに驚いていた。
主にフミカに負担がかかる策なので、賛成してもらえるかとハラハラしていたナナオだが……やがてフミカは、いつも通りのぽそぽそとした小さな声で、それでも強い意志を感じる声音で呟いた。
「……それ、つまり……私とナナオ君が……」
続く言葉がどんなものか想像しながらも、ナナオはふと頭に浮かんだそれっぽい単語を口に出してみた。
「そうそう! 俺とフミカの――初めての共同作業って感じかな?」
なーんてそれは違うか! と笑って否定しかけたところですかさずフミカが、
「まさにそれ」
とギラギラと燃える瞳で力強く肯定してくれた。今日のフミカは妙に気迫ある感じだ。
「フミカさんがそう言うなら、ボクも賛成。やってみようよ、ナナくん!」
ティオも承諾してくれたので、さっそくナナオは作戦の準備に移ることにした。
まずは、ティオにその場にしゃがんでもらい、ティオとフミカを縛っているロープを解きにかかる。
「ちょ、ちょっと! 何してますの!?」
レティシアが遠くから驚いた顔つきで訊いてくるので、ナナオは作業を続けながらも声を張り上げた。
「作戦! 楽しみにしてて!」
「楽しみにって……」
「シア、よそ見してると危ないよ! ドラゴンが近づいてる!」
「え? ……ひゃ、ひゃああッ!」
ナナオの警告に飛び上がったレティシアが、慌ててその場を離れる。
頸部に剣が刺さったまま、ドラゴンが大広間の中を暴れ回っているのだ。
頭を大きく振ったドラゴンは、勢い余ってレティシアが退いたばかりの壁までもを破壊している。
このまま炎熱の剣の効果で倒せれば、それがいちばん手っ取り早くはあるのだが……
『ナナオ! このままだとたぶんいずれ、剣は壁にぶつけられて折られるか落ちるかするわよ! 作戦だかなんだか知らないけどはやくしてよねー!』
……とリルが言っている通り、そう簡単にはいかないだろう。
「よし、シアが囮になっている隙に……」
「ちょっと! 囮!? 今わたくしのこと囮って言いました!?」
軽口を叩きつつナナオがようやくロープを解き終えると、ティオは片足が石化しているフミカを再びおんぶし直す。
今度はロープなしでのおんぶだ。激しく動き回る場合は、このままでは非常に危険なのだが、これもナナオの作戦には必要なのである。
「大丈夫! いけるよ、ナナくんっ」
小さくガッツポーズしてみせるティオと拳を合わせ、頷くナナオ。
ふたりはほぼ同時に、暴れるドラゴンを見遣る。ここからはタイミングが重要だ。少しでもタイミングがずれてしまえば、作戦は失敗する……
その調律を合わせるためにも、ナナオはもうひとり、大事な助っ人に応援を頼むことにした。
「シア! ちょっといい?」
「ぜえ……はぁ……ぜ、ぜんぜん良くはありませんが……何です?」
行く先々でドラゴンに追い回されているレティシアは、息も絶え絶えの様子ではあったが、どうにか答えてくれる。
そんな彼女に、ナナオはちょっとした無茶振りをした。
「ほんの数秒でいいから、ドラゴンの顔の向きを固定したいんだ! だから――時間稼ぎを頼みたい!」
当初、レティシアはぽかん……と間の抜けた顔をしていたが、やがてそれが、非常~に険しい顔つきへと変わっていった。
「……この暴竜相手に、数秒、時間稼ぎを?」
「うん! 頼む!」
「……わたくしひとりで?」
「うん! シアならゼッタイ出来るよ!」
だからお願い! と両手を合わせて頭を下げるナナオ。
ゲンキンといえばあまりにゲンキンな態度に、レティシアは呆れつつも……頭の中で思考していた。
優れた魔法士の卵であるレティシアにとっても、ナナオの存在はあらゆる意味で規格外である。
魔法とか剣の腕がどうとかいうより、今までに見たことがないレベルのお節介な性格やら無鉄砲な在り方あたりが、特に。
だがそんなナナオが頼る、というなら――何を差し置いてでも応えてみせようじゃありませんか、と。
そんな思いが少なからず、レティシアの中にも存在していたのだった。
長い黄金の髪の毛を片手で掻き上げ、レティシアはため息のついでと言わんばかりに答える。
「まぁ、よく分かりませんが作戦とやらがあるそうですから――引き受けてさしあげますわ。その代わり、キチンとフィニッシュは決めてくださいます?」
「俺とフミカがどうにかするから、そこは任せて!」
「……フフ、いいですわ。それでは……行きますわよ!」
ドラゴンを前にして、左手を突き出すようにして構えるレティシア。
すぅ、と大きく息を吸った彼女が、叫ぶようにして唱える。
「【光跡弾】! 【光跡弾】! 【光跡弾】ッ! ……です、わっ!」
気合いと共に、その手のひらからほぼ同時に、十五発もの光の弾丸が発射された。
魔法の連続使用。魔力量に優れたごく一部の魔法士にのみ可能というそれを、何と三連続という形で成し遂げてみせたレティシア。
その効果は大きかった。
十五発と一口でいえども、全て別のバラバラの軌道を描きながら――光のボールは、縦横無尽にドラゴンに襲いかかったのだ。
ひとつは頭上。ひとつは鼻筋。ひとつは顎先。主に顔面に集中してばらまかれた魔法は、明らかに時間稼ぎ……そして、文字通り、目くらましとしての役割に徹していた。
心の中で「さすが!」と賞賛しつつ、ナナオは既に疾走している。
隣には、速度上昇の自己強化魔法を重ね掛けしたティオがついてきている。ほぼぴったりと、全力で走るナナオに並走する形だ。
ふたり、正確にはティオの背中のフミカも含めた三人は数秒とかからず、ドラゴンの背後にまで接近を果たす。
そこでティオは足の速度を緩めないまま、走りながらも中腰の姿勢になった。
「……いくよ、フミカさんっ!」
「……うん!」
フミカが短く答えると同時。
「――て、やぁ――――ッッッ!」
ティオは叫びつつ、一気に頭を地面スレスレまで近づけた。
自分の頭の上からフミカを持ち上げ、宙へと飛ばす。
ティオが果たしたのは、フミカというとっておきの弾丸を放つための、発射台としての役割だったのだ。
「ずばしっ!」
役目を見事に終えた彼女は、直後にバランスを崩して頭から地面に激突したりもしたのだが……その覚悟に応えるためにも、ナナオは振り返ることはせず、思い切り地を蹴って跳躍していた。
一度、天井に届くほど勢いよく飛んでいたフミカが、みるみるうちに落下してきて――そうしてナナオとフミカのふたりはドラゴンの真上で、一瞬の滞空の間に目線を交わす。
言葉は必要なかった。
ナナオが無言で差し出した右手を、フミカの小さな左手がきゅっと握る。
そうして手を繋いで、ナナオはアースドラゴンに突き刺さったままの炎熱の剣に向けて、もう片方の、空いた左手を伸ばす。
「い……っけええええええええ!」
「…………ッ!」
そうして――届いた、瞬間。
アースドラゴンの動きが止まる。……否、既に、止まっていた。
炎ではない、風の力を宿した長剣が、その強固な肉体を真っ二つに裂いていた。