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第36話.竜の吐息

 

 あれはまだ、学院に入学して間もない頃。


「本日の授業では、属性相性について講義します。教科書十四ページを開いてください」


 サリバの言葉を受け、ナナオは手元の教科書を開く。

 開いたページの真ん中には、ゲームとかでよく見かけるような、いわゆる四すくみ型の図が描かれていた。


 文字でわかりやすく表記するなら、《炎→風→土→水→炎》……という具合だ。


「今回の内容は基礎魔法学となりますので、この四属性に絞って解説をします。光と闇の相克属性や無属性、派生属性に関しての説明は応用魔法学に分類されますので、今回の授業内容には含まれません」


 炎は風に強く、風は土に強く、土は水に強く……そのページをじっと眺め、ナナオはふんふんと熱心に頷く。

 つまりナナオが使う炎魔法は、風魔法に強いというわけだ。

 逆に、炎魔法は水魔法には弱い。その他の属性に関しては、お互い特に有効ではない……ということだろう。


 ――そんなことを思い出しながら、ナナオは剣を上段から振り下ろしていた。


「はぁッ!」


 裂帛の気合いと共に放たれる、炎の斬撃。

 体重の乗った申し分のない一撃だったが、しかし、その攻撃は浅くドラゴンの皮膚の表面を切りつけるに留まり――伸びてきた腕を前にして、慌てて後ろに飛び退けるしかなかった。


「【光跡弾(ライトショット)】!」


 そこですかさず、レティシアが唱える。

 彼女がかざした左手から、丸まった光のボールのようなものが五つ発射され、その全ては見事にアースドラゴンの首あたりに命中(ヒット)する。【光跡流星(シューティングスター)】に比べると一発ずつの威力は低いが、速度重視の魔法だ。


 だが、ドラゴンの反応はどちらの攻撃に対しても鈍い。

 不思議そうに瞬きし、「あれ? いま虫が当たってきたかな?」みたいなとぼけた顔つきでキョロキョロしている。そんな反応に、レティシアは明らかに「むっ……!」とムカついた表情をしていた。


 ナナオは再び長剣を構えつつ、ふぅと鋭く息を吐いて呼吸を整える。

 戦闘開始から既に十分ほどは経過しているか。今のところ分かったのは、がむしゃらに突撃しても無意味らしい、ということだった。


 というのもおそらく、相性に問題がある。

 土属性の魔物であるアースドラゴンの弱点属性は風。

 だからナナオの扱う炎熱の剣や、レティシアの光魔法では決定的なダメージが与えられないのだ。

 というのも、炎熱の剣でさえ切り込みの強さが足りていないと、ともすれば弾かれるほどにドラゴンの防御力は堅牢無比なのである。この遺跡で遭遇した他の魔物とは、比べものにならないレベルで。


 かといってナナオが痺れを切らして炎魔法を放てば、未だに威力調整に難ありの魔法はおそらく――遺跡ごと容赦なく破壊してしまう。

 王国が管轄している遺跡でそんな惨事を引き起こしたら、おそらく国家大罪人扱い間違いなしだ。

 そうなると地道に削っていくしかできないのだが……どうしたものかと考えるナナオの後方から、新たな魔法がドラゴンに向かって飛んでいく。


「……【風刃(ウィンドカッター)】」


 フミカが放った風魔法である。

 鋭い風の刃が、弾丸のような速度で飛び去り、ドラゴンの四肢を襲う。

 二発は外れたが、的に当たった一発の刃は、その皮膚の一部を見事に削ってみせた。


『ギャアアアオオオオオッッッ!』


 僅かに血飛沫が舞い散ると同時、ドラゴンが天高く吠える。

 やった、と軽く拳を握るフミカ。水・風の二つの魔法属性を持つフミカの攻撃だけが、ドラゴンに目に見えて有効なのだ。


「すごいよフミカ!」


 迫り来る尾っぽの攻撃を避けながら、ナナオ。

 大口を叩いておいて申し訳ないが、この場はやはりフミカの風魔法を起点として戦うのがいいだろう。

 となると前衛のナナオの仕事は、ドラゴンが鉤爪や尾で繰り出す攻撃を自分に集め、後ろのフミカに集中して魔法を放ってもらうことだ。先ほどからレティシアもそれを理解してくれているようで、フミカをサポートするように魔法を使っているようだった。


 だがそこで、ドラゴンの動きに違和感があった。

 思いきり首を上体ごと後ろに反らせた敵の動きは、この十分間の戦闘で一度も見たことがないものだったのだ。


「避けろ!」


 直感的に、ナナオは叫ぶ。

 その言葉に、レティシアとフミカが慌てて退避しようとする。最後方のティオも、大きく目を見開いていた。

 だが、遅かった。

 そのときにはアースドラゴンが大きく開けた口元から、その魔法が放たれていた。


 ――【竜の吐息(ドラゴンブレス)】。


 怒りによって増幅された必殺の一撃が、ナナオたちに襲いかかる。

 最も気づくのが早かったナナオは、ちょうど後ろで転びかけていたレティシアの身体を担ぎ上げ、全力でその場から退避する。

 横目で見遣ると、やはり運動神経に優れたティオがフミカをおんぶするような格好でその場を離れようとしている。リルはといえば、ティオの頭の上で「ひいいい」と泣き喚いていた。アイツは大丈夫そうだ。


 だが後ろに残されたフミカの右足が、ほんの僅かに【竜の吐息(ドラゴンブレス)】に触れていて――


「あっ……!」


 フミカが小さな悲鳴を上げた。

 ナナオが確認できたのはそこまでだった。


「……!」


 何とか壁際まで後退したナナオは、レティシアを背中に庇ったまま後ろを振り返る。

 大広間の中央から放出された【竜の吐息(ドラゴンブレス)】は、ギリギリ、反対側の壁までは届いていないようだ。

 ドラゴンはといえば、魔石の近くからあまり離れたくはないのか、ナナオたちのことを鋭く見据えながらも積極的に近づいてこようとはしない。だがその金色の瞳に浮かぶ滾るような怒りは、少しも衰えを見せてはいなかった。


 追撃がないのにほっとするのも束の間。

 五メートルほど離れた右の壁際から、ティオのものである悲鳴が上がった。


「ふ、フミカさん……!」


 ほんのり赤い顔のレティシアと目を合わせつつも、ナナオたちは慌ててティオの元へと駆け寄った。


「ティオ、どうし――」


 ナナオの声が途中で止まった。レティシアは口元を覆っている。

 ティオによって運ばれたフミカは、壁に背中を預け、両足を伸ばす形でしゃがみ込んでいた。

 だが、その右足の膝下まで――【竜の吐息(ドラゴンブレス)】に触れた箇所――が、まるで凍りついたかのように、灰色へと転じていたのだ。


『石化攻撃ね……!』


 唸るリルに、ティオが顔を歪める。


「ボクが駆けつけるのが遅かったから……!」


 責任を感じている様子のティオに、しかしフミカは平時と変わらぬ落ち着いた表情で首を振る。


「……来てくれてむしろ、助かった。私だけだったら、全身固まってたかも」


 ナナオはそんなフミカの真横にしゃがみ込む。魔道具である眼鏡によって本来の色を隠した水色の瞳は、まっすぐにナナオを見つめてきた。


「フミカ、痛みは? 身体に違和感はある?」

「……特にない、かな。でも……重くて、言うことを聞かない感じ。立ち上がるのも、無理だと思う」


 そう答えたフミカは、灰色に石化した右足をなんとか持ち上げようと試みるが、うまくいかないようだった。

 フミカの身体を挟んで真向かいにちょこんと座っているリルが、ぺらぺらと喋り出す。


『石化攻撃は、一定時間だけ動きが封じられる状態異常魔法よ。でもあのアースドラゴンの攻撃となると、一定時間……っていっても、数分というわけにはいかないと思う』

「リルの推定だと、どのくらいだ?」

『フミカのステータスを見る限り、自然解除までは……三十分……悪ければ、一時間近いかしら』


 一気に沈黙が落ちる。厳しい数字だった。

 今は攻撃の手を加えてこないが、ドラゴンはこの場を通り抜けることを今さら許してはくれないだろう。

 となると、フミカが回復するまで攻撃を凌いで、その後でまた猛攻撃を仕掛けなければならない。残り時間も限られている以上、現実的ではない策だ。


「……こんなことなら、状態異常耐性の魔道具でも買っておくんだった」

「あら。学生が軽く購入できるような代物ではないと思いますけれど」


 雰囲気を和らげるためか、フミカが唇を尖らせて言うと、レティシアがおかしそうに肩を竦める。

 そんないつも通りの友人たちの様子に、ナナオは思わず笑みを洩らしてしまった。


「じゃあここからは――フミカにはしばらく休んでもらって、俺とティオが前衛。レティシアに後ろから魔法で支援してもらう形で行こうか」

「特に異議無し、ですわ」

「…………」

「? ティオ?」


 レティシアからはすぐに返事が返ったが、膝をついたままのティオからは何の反応も得られない。

 まだ先ほどの出来事を引きずってるのだとしたら、悪いのはティオじゃないよ――と言いかけたナナオの口の動きが、ぴたりと止まる。


 顔を上げたティオのオレンジ色の瞳。

 そこには、強い意志が宿っていたからだ。


「……ナナくん。みんな」


 そうして立ち上がったティオが、緊張を孕んだ声音で言う。


「ボクが、フミカさんをおぶって戦う――っていうのは、どうだろう?」



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