第32話.炎熱の使い手
ほぼ同時刻の頃。
キュキュとリュリュのふたりは、並んで悠然と歩いて見せながら、他のチームメイトにきこえないよう密かに会話していた。
「間違いなく上手くいったわ。きっと今も他のチームは、それが同じ場所とも気づかず不様に歩き回っているわね」
「キュキュ姉。すごい。これならゼッタイ勝てる」
妹に持て囃され、「ふふふ」とキュキュは堪えきれず笑みを零す。
キュキュが胸ポケットに入れている砂時計を確認してみると――残りの砂の量は、約四分の三くらい。
今のところ他のチームには抜かされていないので、間違いなくこのチームがトップを独走している状況だ。それを思うと、笑みが抑えられないのも当然である。
キュキュとリュリュ。
魔力に優れた双子の姉妹が行った仕掛けは、実にシンプルである。
一方通行の通路と、その先にある三本の別れ道の先とを、鋏で切って、針と糸とで繋ぎ合わせた。
役割としては、キュキュが鋏型の大型武器で空間を切りつける役。リュリュが切断された空間同士を針と糸型のオーダーメイド魔道具を用いて繋ぎ合わせる役にわかれての共同作業だ。
この特殊に過ぎる芸当は無属性魔法の一種で、家系的にそれを長らく得意としてきた上級貴族、サイル家に伝わる魔法である。
サイル家ではこれを空間魔法と呼び、伝家の宝刀として尊んできた。それぞれ元々は炎魔法、水魔法を得意とするキュキュとリュリュも、そのため空間魔法の腕を必死に磨いてきたのだ。
その結果は言うまでもない。
後から遺跡に乗り込んできた他チームは見事にキュキュたちの術中にハマり、同じところをぐるぐると回り続けている真っ最中だろう。遺跡に一番乗りし、手早く空間魔法を発動させた甲斐があったというものだ。
いい加減、数人は違和感に気がついたかもしれないが――もはや後の祭り。
魔法は時間が経てば基本的に消失するものではあるが、キュキュたちの空間魔法の平均発動時間は約五時間に及ぶ。それだけ足止めできれば、他のチームはゲームオーバーに追い込まれるので、どちらにせよキュキュたちの勝利は揺るがない。
「ああ、そこ、右へ行って」
前を歩くクラスメイトに、素っ気なく指示を下すキュキュ。慌てて頷く少女の名前を、キュキュはまともに覚えてもいなかった。
この作戦を成功させるには、クラスメイトの妨害に反対するような無駄な正義感を持ち合わせていない人間か、もしくは、薄々なにかに気がついていても、控えめで自分の意見が言えないような人間とチームを組む必要があった。
そのため、双子がチームを組んだのはクラスでも地味な、大人しめの女生徒三人である。
キュキュとしてはいっそ感謝してほしいくらいだ。自分たちと組んだおかげで、何の取り柄もない人間なのに彼女たちはトップゴールのお零れにあずかることができるのだから。
「キュキュ姉。左じゃないの?」
「あら、リュリュは左だと思ったのね。なら今度は左にしましょう」
だがもちろん、キュキュたちも来たことのない遺跡の道順を正しく知っているわけはない。
先ほどからの指図はすべて当てずっぽうである。自分たちがいちばんゴールに近いという認識があるからこそ、ふたりはこうして余裕を保っていられるのだ。
しかしそこで、ふたりにとってはどこまでも穏やかな時間を奪うような――ひび割れたような大きな足音が響き渡った。
「……あら?」
目の前の暗がり。
右側の通路からゆっくりと進み出てきたのは、二体の石人形である。
名前の通り、石を組み上げて造られたような全長二メートルほどの人型は、遺跡を守る守護人形としての役割を請け負っている。
頭頂部に緑色の一つ目を光らせたゴーレムたちが角を曲がり、キュキュたちの存在を視認したと同時――ぴたり、とぎこちないところで挙動を停止させる。
そうして緑色だったその瞳が、ビカッと不気味に赤色へと変じる。
ウィイイン……と、嫌な音が響いた。
「キュキュ姉っ!」
短く叫んだリュリュは、キュキュに覆い被さるようにして地面に倒れ込む。
その瞬間、つい一秒前までキュキュが突っ立っていた空間を、ゴーレムが一つ目から発射した赤い光線が貫いていた。
だがそれで終わりではなかった。
もう一体のゴーレムが続けざまに光線を発射。これは壁に当たっただけだったが……そのたった一撃だけで、壁も地面の岩も、じゅわりと表面が溶けかけている。
キュキュはそれを確認し、ゾッとした。
もしリュリュが助けてくれなければ、自分は今頃……
しかしその光景を見て、キュキュ以上に動揺した人物が居た。
満足に悲鳴を上げることもできず、他の三人が地べたに張りついて青い顔で震えていたのだ。
突然の事態に、明らかにパニックに陥っている。サリバに脅されてはいたが、本当にゴーレムと遭遇するなど思ってもいなかったのだろう。
キュキュはリュリュに助け起こされながら、慌てて声を上げた。
「だ、大丈夫よ、ふたりで何とかするから! あなたたちは隅で大人しくしてくれれば――」
「む、無理よっ! こんなの!」「ごめんなさい!」「もうやだあ!」
口々に喚きながら、三人が来た道を全速力で引き返していってしまう。
ウソでしょ、とキュキュは怒鳴りたくなった。
今回の課題訓練は、チーム全員でゴールしなければならないのに!
「ちょ、ちょっと――待ってよ! 行かないで!」
キュキュは必死に叫ぶが、三人は聞く耳持たずだった。
その姿がほとんど見えなくなってしまう瞬間を見計らったように、またゴーレムが目を光らせる。
「キュキュ姉! 逃げて!」
リュリュにそう言われても、キュキュは首を振ることしかできない。
戦わなければ。強くそう思う。でもなぜか口がうまく動かない。手足もそうだ。ひどく冷たくて、まともに動かすことができない……
「――えっと。このへんかな?」
だから。
その声は、あるいは助けを求めていたキュキュが聞いた、ただの幻聴だったのかもしれない。
地面の下から、コンコン……と、軽い、ノックのような音がしたような気がした。
それを聞いた瞬間、なぜか胸騒ぎがして、キュキュは自分を庇うように立っていたリュリュの後ろ手を引っ張り、ふたり揃って地面に倒れ込んでいた。
「キュキュ姉……!?」
リュリュは意味がわからない様子だったが――
そんなキュキュが見上げる先で、それは突如として起こった。
ゴーレムとキュキュたちの間。
岩で形作られたはずの地面が、瞬時に赤く染まったかと思えば、そこに真下から一本の赤い棒が突き立った。
――ドゴオオオオオオオンッッ!
凄まじい破砕音を響かせ、地面から上の階の天井までもを……一息に、その赤い棒が貫く。
それが貫いた地面は、先ほどのゴーレムの光線など話にもならないレベルで溶かされていき、やがてひと一人通れるほどの穴がそこに出来上がっていた。
そこでようやくキュキュは気がつく。目の前に生えてきたコレは、単なる棒ではない。
炎をその刀身にオーラのように力強くまとわせた、一振りの剣だ――
そうして溶けた地面の縁に片手をかけ、真下の階から、人影がぴょんと軽快に躍り出る。
「よし、わりとうまく行ったっぽいな!」
――ミヤウチ・ナナオ。
赤茶色の長い髪を揺らしながら、罠に嵌められたはずの少女がそこに立っていた。