第30話.課外訓練開始
アルーニャ女学院への入学から一月が経過して。
五の月、その初週である。
魔法科一年生たちは課外訓練の一環として、古代遺跡へとやって来ていた。
目的地である【中央第二遺跡】には、学院から馬車で一時間ほどで無事に到着。
馬車に揺られている間は、窓の外にはのどかな平原の風景が広がっていたのだが、それもどうやらここまでで途切れるらしい。
馬車を降りたナナオは、今や小岩も散らばる砂利道を少しだけ歩き――初めて目にするそれを前に、小さく感嘆の吐息を零していた。
「これが古代遺跡かぁ……」
雲一つ無い青空の下、見上げるほど巨大な遺跡が屹立していた。
その外観はすべて岩石を組み上げて造られているようだが、遺跡そのものがゲームなどでいうゴーレムの巨体のようにも見えるほど力強い。あまりに立体的に構成されすぎていて、崩れていないのが不思議なくらいなのに、外から見る限り遺跡には災害によって傷ついた跡などもまったく見当たらない。
アルーニャ王国内ではいくつかの遺跡が発掘されており、その全てには冒険者を含む調査隊が何度も派遣されている。
【中央第二遺跡】も無論、その中のひとつにしてかなり巨大な部類に数えられるそうだが、未だ多くの謎を残しており、調査が進んでいない遺跡でもあるそうだ。
「……古代遺跡は、古代文明の産物のひとつ。『古代魔法』によって造られたモノらしいけど……詳細不明」
欠伸を噛み殺しつつそう解説してくれたのはフミカ。馬車の中では、ナナオの肩を借りてくぅくぅ寝ていたルームメイトだ。
担当教師のサリバはといえば、全員を集める前に手伝いの二年生数人を呼んで何かを話している。課外訓練は危険を伴うため、サリバだけでは手が足りないので上級生にヘルプを頼んでいるのだ。
その中にはランの姿もある。ヘルプに応じると内申点がちょっと上がるのよ、と屈託なくナナオに話してくれたのはそんなランであった。
数分と経たず、すぐ遺跡の入口前に集められた魔法科一年生たちに向けて、遺跡を背に立ったサリバが言い放った。
「今回の訓練は三人から五人で一チームを作り、遺跡内の探索を行ってもらいます。チーム分けに関してはすべてお任せしますが、出発の前にチームリーダーに砂時計を渡しますので、ことわりなく探索を始めないように。
この訓練の目的は短時間で遺跡から脱出すること――それ故に、三時間以内にチーム全員が出口に到達していなかった場合には、チーム全体を減点対象とします」
説明の内容を頭の中で反芻するナナオや生徒たち。何人かは既に目配せし合っているので、チーム分けについてはどうやら固まっているところもあるようだ。
アルーニャ女学院は、学院といっても、その存在意義は優秀な冒険者や騎士を送り出す教育機関としての役割に集約されている。
そのため、六の月の中旬に執り行われる中間試験も、筆記試験より実技試験に重点が置かれている。今回の訓練も、その中間試験に向けての練習としての意味合いが強いのだろう。
そこで念押しするようにサリバが最後につけ加えた。
「――ただ、遺跡内には侵入者用の罠が随所に仕掛けられていたり、強力な石人形や魔物もいますので、くれぐれも遠足などと勘違いしないこと。あくまで脱出を念頭に置いて、行動するように」
その言葉を皮切りに、一年生たちによるチーム分けの会議が始まる。
途端にざわつく周囲に惑わされず、ナナオは頭の中で考えをまとめてみる。
――今回の訓練の目的は、遺跡の探索ではなく脱出。しかもその時間を競うものだ。
つまり、なるべく敵に遭遇せずに出口まで踏破するのが第一。加えて考えるなら、敵にぶつかったときに逃走、あるいは撃破を短時間で行えるチームなら尚良し――というところだろうか。
とするなら、まず声を掛けておきたいのは――
「フミカ、俺とチーム組まない?」
水・風の二属性の魔法を使いこなすフミカであれば、あらゆる状況に即座に対応してくれるだろう。
それにいつも冷静なフミカの判断力は、この訓練でも頼りになるはずだ。そう期待して声を掛けたナナオに、フミカはほんの僅かに口元を緩めて頷いた。
「……りょーかい。がんばろう」
そこに人の列を掻き分け、ぱたぱた足音をさせながらティオが近づいてくる。
「な、ナナくんっ。ボクも一緒にいいかなっ?」
「むしろこっちから声掛けようと思ってたよ、ティオ」
「えっ、本当?」
やったぁ、と顔を綻ばせるティオ。
近接戦闘を得意とするティオは、戦闘面で大いに活躍してくれるはずだ。
遺跡内の罠――には引っ掛からないよう、周りが目を光らせておけばきっと大丈夫なはず。気をつけよう、と人知れず自分に言い聞かせるナナオ。
ちなみに、魔法科への編入が決まってからずっとスカートを履いているティオだが、その髪の毛はといえば、以前の通り帽子を被って隠されていたりする。リルが作ったウィッグばりに髪をきれいに伸ばすのが、現在のティオのちょっとした目標なのだそうだ。
さて、これで三人が順調に揃った。残るは――
「シア!」
遠くに立っていた目当ての人物の名を呼び、ナナオは迷わず駆け寄っていく。
だがそこで、あ、と気がつく。
振り返ったレティシアの正面には、キュキュとリュリュが立っていた。
「あら、ミヤウチ・ナナオ。レティシア王女に何か用?」
「キュキュ姉。どうやらコイツも。誘いに来たっぽい」
手と手を取り合い、あらあら、と毒気のある笑みを浮かべるツインテールな双子の姉妹。
「え? キュキュとリュリュもシアを誘ってるの?」
「見て分かりません? 分かりますよね?」
まぁ分かりますけど、と頷くナナオ。しかしそんなふたりの行動は意外だった。
何せ、普段から双子とレティシアは仲が悪い。正面切って喧嘩したりはしないが、嫌味の応酬みたいな言い合いはしょっちゅうで、ナナオもよく仲裁に入っては巻き込まれているのだ。
レティシア本人はといえば、戸惑うナナオを前にして何故かすこぶる仏頂面である。こっちも何で?
「不思議そうなアホ面ですが、当然でしょう? 実力者を誘うのが最も手っ取り早い必勝法ですから」
「それはそうだけど……」
「キュキュ姉。どうやらコイツも。誘われたいっぽい」
リュリュの言葉に、まぁ! とわざとらしく目を見開くキュキュ。
「そうだったの、気づかなくてごめんなさい。ではあなたも私たちのチームに入る?」
「……いや、悪い。俺はもうフミカとティオと組んでるから」
「それならいいじゃない。私とリュリュ、あなたとフミカさんとティオさんで、五人よ」
「シアが入ってくれたら、俺たちは四人になるから人数オーバーだ」
あら残念、とまったく残念ではなさそうに口元を覆うキュキュ。
「なら私たちは諦めようかしら。行きましょう、リュリュ」
「うん、キュキュ姉」
そのままそそくさと離れていく双子を、ナナオは困惑しつつ見送る。レティシアを誘っていると言っていたのに、急にあっさりと諦めたな……。
――まぁそれよりも、今は目の前のレティシアだ。
「それで、シア――」
言葉を続けようとして、ナナオは気がついた。
腕組みをしたレティシアが、片方の頬をむすっと膨らませていたのだ。
どうやらまた、何かしらの何かで怒らせてしまったらしい。もしかして、と気がついてナナオは頭を下げた。
「ごめん。キュキュたちの誘い、受けるところだった?」
「違いますわ。アナタが近寄ってくる前から、何度も断っておりましたので」
そっか、と一安心するナナオ。どうやらチーム編成の邪魔になったわけではないようだ。
だがそうなると、レティシアは何に対して怒っているのだろう?
「……どうして怒っているのか皆目見当つかない、という顔つきですわね」
「う、うん……」
観念して頷くと、やれやれふぅ、というようにレティシアは深く息を吐いた。
「……わたくしに声を掛けるのが、遅い」
「えっ?」
「――そ、その気がないのかと、思っただけですっ」
ぷいっ、と赤い顔を背けるレティシア。
うぐ、と思わずナナオは言葉に詰まった。何なんだろうこの、かわいい生き物は。
ていうか声掛けてほしかったのか、そっかぁ……とニヤニヤしていたら、「何ですか!?」と怒鳴られてしまった。耳がキンキンする。
「ごめんごめん。改めて……俺たちのチームに入ってくれる?」
「そ、そこまで言うなら。渋々ですが、い、いいですわ! いいですともっ」
素直じゃない態度ながら、頬の緩みを隠せず何度も頷くレティシア。
そこにフミカとティオも近づいてきた。ふたりもレティシアがチームに加わるのに異存は無いようだ。
まぁ、つまり――この一ヶ月間お馴染みの、安心で安定ないつものメンバーである。
「じゃあチームリーダーは、誰が――」
「ナナオで」
「ナナオ君が」
「ナナくんで決まりっ」
「……そ、そう? よし、了解」
特に話し合いもなくリーダーを押しつけられたナナオだったが、まぁいいかと納得。砂時計を持つだけみたいだし、何とでもなるだろう。
周りを見ると、ナナオたち以外のクラスメイトたちは全員既にチーム編成を完了し、遺跡に入ったようだ。
入口に近づくと、その脇に立っていたランが気づいて表情を和らげる。サリバは既に、遺跡の出口方面へと向かっているようだ。
「この砂時計は魔道具の一種で、どんな角度で持とうと等間隔で中の砂が流れるようになってるわ。遺跡に入った瞬間に砂が落ち始めるから、落ちきる前に遺跡を脱出できるようがんばってね」
「はい、ありがとうございますラン先輩」
ランから砂時計を受け取ったナナオは後ろの三人を振り返る。
まだちょっと眠そうなフミカ。緊張しているのか表情が引き攣っているティオ。悠然としているレティシアと、三者三様である。
ナナオはといえば、人生初のリアルダンジョンにわくわくしつつ、そんな三人にリーダーっぽく力強く呼び掛けた。
「それじゃ、行こう!」
「……うん」「おー!」「そうですわね」
特にまとまりのない四人は、遺跡の中へと一歩を踏み出した。