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第28話.はじめての男の子


ジャンル別ランキングに2日連続でランクインしていたようです。

評価してくださった皆さま、本当にありがとうございます。引き続き執筆がんばります!


 

 ――ティオ・マグネスは、王都から離れた北東の山村シュタリで、農家の長女として生を受けた。


 出生の当初、両親は喜びのあまり歓喜の涙を流したという。

 何故なら、家には既に子どもが三人居たが、その三人ともが男児だったためだ。

 魔力を持つ女であれば、将来的に賃金の高い職に就ける可能性は高い。

 毎年、越冬するのにも苦労する貧しいマグネス家にとってティオは金の卵のような存在で、両親が喜ぶのも当然のことだった。


 だが、ティオが五歳になった頃から、少しずつ何かが狂っていった。


 五歳にもなれば、どんな女児でも魔法の才の片鱗を見せる。

 手から炎や水を出したり、風を巻き起こしたり……うまく魔法のコントロールができずに怪我をする場合が多いので、周りの大人にとってはいっとう目が離せない時期でもある。

 しかし、ティオは違った。やたらと力が強く、数少ない玩具を与えると握り潰してしまったり、何も無いところで転んだりはするが、何かしらの元素を操る兆しはいつまで経っても訪れない。


 七歳を迎えた頃には、両親は既にティオに見切りをつけ、以前は愛していたはずの金の卵を、まるで居ないもののように扱うようになっていた。

 そしてティオを、男子の自分たちよりも弱い生き物だと悟った兄弟たちは、そんなティオに「男」としての振る舞いを強要するようになる。それは村に数少ない年頃の娘から、彼らの主張によれば()()()()()()()のような粗雑な扱いを受けたことへの、明らかな報復行為であった。


「例えば最初は、そうだなぁ……一人称を、「ぼく」か「おれ」にするか選ばされたんだ。言葉遣いも直せ、と言われて、女の子みたいな話し方をすると、罰として服を脱がされて外に置き去りにされるんだ」


 シュタリの冬は寒いから大変なんだよ、特に夜はとんでもないんだ、とティオは苦笑する。凍傷で足の指が千切れかけたときはどうしようかと思ったよ、という呟きに、ナナオはうまく言葉を返せない。


「その次は、スカートを履くなと言われた。女じゃないからそんなものは履いちゃいけないんだそうだ。それから、いらなくなった布の端を集めて作った犬のぬいぐるみを、火起こしの材料に使われたよ。男子はそんなもの抱きしめて寝ないんだって。それに髪の毛も――」


 ティオは、自らが頭に被っていた毛糸の帽子を、ゆっくりと剥ぎ取った。

 中から出てきたのは、彼女の瞳の色とよく似た、明るいオレンジ色のきれいな髪の毛である。

 ただ、かなり短く切られていて、額は赤子のように出ているし、後ろ髪も首につかない程度の長さしかない。ティオは眉を下げながら微笑み、髪の毛を払うようなしぐさをした。


「今はちょっと伸びたけど、一度ね、坊主にされちゃったんだ。ちょっとは見られるくらいの長さになったとは思うけど……でも、やっぱり恥ずかしくて、いつも帽子は被ったままにしてる。

 あとは……ナナくんに言えないような嫌なことも、屈辱的なことも、たくさんされた」


 ナナオは思い出していた。

 初めてティオと出逢ったとき、何か、変な違和感があった。ずっとそれが拭いきれずに、頭の中にぽつんと残っていたのだが……ようやく、その理由が分かったような気がした。

 ティオはずっと、()()()()()()()()()()()()

 笑いたくなくても笑う。スカートを履きたくてもパンツを履く。男の子のようなボーイッシュな口調で話し続ける。

 そうして何とか、壊れそうな心を守ってきたのだ。そうすることでしか、守れなかったのだ。


 ティオは手にしていた帽子をまた被り直す。

 それからへらり、と笑って、震える声音で続けた。


「ボクは――ボクはね。おちんちんをお母さんの中に置いて来ちゃっただけの、男の子なんだって。間違いだけで生まれた出来損ないなんだって。それで結局、十五歳の誕生日にね、お父さんとお母さんがほんの少しの銅貨をくれて、そのまま――家を追い出されちゃった」

「…………」

「ボクは村から歩いて、運が良いとたまに牛車に乗せてもらったりもして、去年の暮れから王都を目指したんだ。村に来た吟遊詩人が歌っていた女王様の物語が素敵でね、女王の出身校であるアルーニャ女学院にずっと憧れてたんだ。

 嗚呼! 美しき女勇者よ、輝く伝説の剣は闇の住人をことごとく打ち破る。彼方に茜色の日が差す頃――空にかざした一振りの剣の下、微笑む女勇者よ――」


 詩人の口調を真似て歌ってみせながら、ティオはその場でくるりと回ってみせた。

 太陽の光の下で踊るその姿は誰より自由で、軽やかだ。

 しかしそんな時間はすぐに終わってしまう。


 着地のときに少しふらつくが、それでもしっかりと両足をつけて、ティオはにこっと笑う。

 帽子を深く被り直して、表情を隠すようにしながら。


「……なんでこんな話、しちゃうんだろう。誰にも話したことなかったのにね」

「ティオ……」

「仕事に明け暮れるボクに、手伝うなんて言ってくれたのは君が初めて。いじめられるボクを庇ってくれたのも君が初めて。魔法の使い方を教えてくれるかわいい先生を連れて来てくれたのも。全部。ぜんぶ、ぜんぶ……」


 それきり、しばらくティオは何も言わなかった。

 痛いほどの沈黙が、ふたりの間に落ちる。今だけは風が吹く音も、木の葉が揺れる音も、この場を避けて通るように聞こえてこなかった。


「――普通科、辞めようかと思うんだ」

「え……」


 いつのまに俯けていた顔をナナオが弾かれたように上げると、ティオは慌てたように両手を振る。


「でも! 別に悲観的になってるわけじゃないんだよっ。魔力がほとんど無い女でも、探せば働き口はあると思う。それこそ男の子のフリをすればね、力仕事ならボクは得意だから。

 ……家には戻れないから、うん。でもどうにか。今までだって何とかなってきたんだし。ここに残りたかったけど……それも、迷惑に思う人がいるかもだから」


 ナナオに話しているというより、ティオの言葉は自分自身に言い聞かせているようだった。

 それを聞いている間に、いよいよナナオは――我慢ができなくなってきた。

 ふつふつと、滾るような怒りが湧いている。頭の中が沸騰するくらいに。


『ナナオ。もしかしてアンタ……この子の身の上話を聞いて、馬鹿なこと考えてる?』


 何かを察したらしいリルが渋い声で話しかけてくる。

 しかしナナオには応える余裕もない。そしてリルもナナオがやろうとしていることを理解しつつ、本気で止めようとは思っていないようだった。


「ティオ」

「わっ!」


 がしっと正面から両肩を掴まれたティオが、びくりと飛び上がる。


「び、びっくりした。ナナくんってけっこう力が強いんだね」

「強いよ。男だから」

「たはは、そっかぁ………………、えっ?」

「男なんだよ。俺は」

「……ごめん。よく、意味がわからないよ」


 ナナオは躊躇いなくウィッグに手をかけた。

 長髪ウィッグはするりと外れ、ナナオの腕の中に収まる。


「騙してて……隠しててごめん。俺、男なんだ」


 ティオは短髪姿になったナナオを前にして、口元を両手で覆い、呆然としている。


「…………ウソ。ほんとに?」

「うん。本当」

「でも、ナナくんは魔法を使ってた――何で? 男の子でも魔法が……使えるの?」


 そこに関しては、リルの目もある手前、答えられなかった。

 別に誤魔化すつもりではなかったのだが、ナナオは未だ驚きでぼんやりしている様子のティオを、ひょいっと軽く抱っこした。

 いわゆる、お姫様抱っこである。ちなみにナナオにとってこれが人生初・お姫様抱っこだ。


「わぁっ!?」


 突然そんなことをされたティオは泡を食った様子だった。

 だが、暴れはしない。眩しいものでも見たように目をパチパチさせ、両手を胸付近まで引っ込めて小さくなっている。


「な、ナナくん。なんかこれ、恥ずかしい。それに……重いでしょ?」

「重くないよ。ティオの身体は羽みたいに軽い」


 歯の浮くような台詞に、後ろのリルが白目を剥いてひっくり返っていたが、何故かナナオはちっとも恥ずかしくなかった。これは寝る直前とかに思い出して寝られなくなるタイプだな、とか思ったりしていた。

 代わりに、そんな言葉を告げられたティオの顔が急激に赤く染まっていく。


「うぁ……ぼ、ボク、そんなこと言われたことないよ」

「それにかわいい」

「か――かわいいっ!?」

「そうやって照れて赤くなるところも、はにかむところもかわいいよ。ティオはすごくかわいいよ」

『やめて! 流れ弾でやられるっ! 若さと青さにやられて息絶えるっっ!』


 リルが地面を転げまわって苦しみ悶えているが、それどころではないのでスルー。

 いい加減、慣れない言葉を口にした反動でナナオの頬もすっかり赤くなっていて、ナナオはおずおずとティオを地面に下ろしてあげた。


「だからさ、俺が言いたいのは――」

「ナナくんは……ボクが知ってるどんな男の子より、格好良いねぇ」


 ナナオの言葉を遮ってティオが呟いた、その次の瞬間だった。

 ナナオの胸元に、小さな手がぎゅうとしがみついていた。目を見開いたナナオが見下ろす先で、ナナオの胸に顔をうずめるようにくっつけたティオの瞳から、なにか光るものが零れ落ちるのが見えた。


「でも、ダメだ。みっともなく縋りつきたくなっちゃうよ。ボク――ボク、ひとりで、頑張らないといけないのに」

「ひとりで頑張らなくていいよ」


 震える背中にそっと手を当てて、ナナオは重ねて言う。


「それに、無理して笑わなくていい。掃除も洗濯も料理も、大変なら俺が手伝う。ティオが扉を壊したなら、それだって一緒に直すよ」

『……ン? 扉を破壊した?』

「だから俺や、周りの人間をもっと頼っていいんだ。レティシアやフミカだって、きっとティオの力になってくれる」

『ねぇ今、ティオが学院の扉を壊したって言ったの?』

「……言ったけどなんだよ」


 いま口挟むとこじゃないだろ、とじっとりとした目でリルを見遣るナナオ。

 しかしそこで、リルは思いがけないことを言い放った。


『だって――アルーニャ女学院の建物はどれも例外なく、魔法士たちによって強力な防御魔法を付与されているのよ。事故で壊れるようなものじゃないのに、それを()()()()()()ってことは、もしかして――』

「……え?」


 目元を拭ったティオと目線を交わしてから、ナナオは改めてリルを見る。

 女神がインした子猫は、今までになくまじめな顔つきをしていた。


『……弟子よ。もしかしたらこれは……イケるかもしれないわ』



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