第27話.エクスプロージョン・改
ティオが囁いた直後。
「あら? 誰かと思えば、誰だったかしら?」
茂みを掻き分ける音と共に、嘲りを含んだ声がその場に響き渡った。
「あ……」
ティオが弱々しく吐息を洩らす。ナナオもその方向を見て、軽く目を瞠った。
突然姿を現したふたりは、見知った顔だった。というのもナナオのクラスメイトだったのだ。
名前は確か……
「キュキュ・サイル、リュリュ・サイル……」
ナナオは思わずげんなりとしてしまう。
キュキュとリュリュは、顔立ちも容姿も非常にそっくりな双子の姉妹である。
クセの強い長い髪の毛は揃ってツインテールにしている。いつも一緒に居るふたりを見分ける手段はシンプルで、髪の色を見れば一目で判別がつく。キュキュは原色の赤髪で、ミュミュは青髪なのだ。
それ以外にも、よく見ると目尻がつり上がっているのがキュキュで、垂れ下がっているのがミュミュだったりと、慣れてしまえばどうということはなかったりする。
外見だけなら人形のように整っていて愛らしいふたりなのだが、ナナオは彼女たちのことがあまり得意ではなかった。
ふたりとも、とにかく人を小馬鹿にしたような態度や発言が多く、ナナオも何度か注意と称された説教を受けていたりする。レティシアやフミカとも相性が悪く、険悪なムードになったこともしばしばだった。ナナオは今まで、そんないざこざにブレーキをかける役割を担っていたのだが……
「キュキュ姉。クラスの問題児と普通科の劣等生」
「そうだったわねリュリュ。問題児と、劣等生ね」
――カチン、と来た。
ティオを庇うように一歩前に出たナナオに、キュキュがふんっ、と鼻息を洩らす。
「――ミヤウチ・ナナオ。こんな所で何をしてるの?」
「それはこっちの台詞だ。というか、先に謝ってくれないか」
「は? 何を?」
「ティオへの侮辱をだ」
「な、ナナくん。ボクは気にしてないよ」
一触即発の空気を感じ取ってか、慌ててティオが言う。
するとキュキュは肩を竦め、
「ある方から依頼を受けて、ふたりで調査をしに来てるのよ。魔王とあなたが衝突したらしい形跡の、ね」
「依頼……?」
「キュキュ姉。余計な発言」
「あら、そうよねリュリュ。ごめんなさい」
わざとらしく口元に、指で作った×印を持っていったキュキュがにやりと笑う。
「それで、あなたは? 普通科の人間なんかとつるんで、ここで何をしてるの?」
「……君たちには関係のないことだ」
「そうよねー、分かるわ! 普通科の人間と一緒に居るのが恥ずかしいから、こっそり森の中で会っていたんでしょ?」
「キュキュ姉。大正解。天才」
「ありがとう、リュリュ! あなたも天才的にかわいいわ」
きゃーっ、と声を上げて戯れる愛らしい姉妹。
しかしナナオは……その頃には、言葉が出ずに硬直していた。
キュキュとリュリュは、ティオに対して嫌悪感も露わに、差別的な態度を取っている。まるでそれが当然のことのように。
そしてティオ自身も、何でもないような顔をして、そんなふたりに愛想笑いなんて浮かべているのだ。
――『何もおかしいことじゃないわよ、ナナオ』
以前、頭の中で何度か響いていた声。
それが今まさに聞こえてきて、ナナオが驚いて振り向くと、リルはその神秘的な菫色の瞳で、じっとナナオのことを見つめていた。
声なき声は、さらに続ける。
――『この世界では、魔力を持たない男は劣等種として扱われるけど……魔力の弱い女の立場は、それにも増して酷いものよ。普通科に配属になった生徒がすぐに学院を去るのも、頷けるってものだわ』
……何だよそれ。
ナナオは強く、拳を握る。柔い皮膚に爪が食い込み、だらだらと血が垂れていっても――力を緩めることができない。
黙り込むナナオとティオに、ますます調子づいたようにキュキュが大声で言う。
「お掃除、洗濯、それにお料理って? ふふ、バッカみたい! そんなものは魔力を持たない男の使用人にやらせるものよ。ねぇ、あなたもそう思うで――」
「キュキュ」
「……何よ」
ナナオが呼び掛けると、キュキュは胡乱げに眉を寄せる。リュリュも同じように警戒した目つきだ。
そんな双子の姉妹に向けて――ナナオはうっすらと微笑む。
「なぁ、キュキュもリュリュも、一緒にクラス分け試験を受けたから知ってるよな。俺が試験で【火炎弾】を使ったこと」
「……知ってるわよ。でもそれは【火炎弾】じゃないでしょ、【超爆発】よ。あの場に居たんだから、そんなこと知ってるに決まって――」
「俺にとってはあれが【火炎弾】なんだ」
「「…………え?」」
ふたりが表情を凍りつかせる。
よく意味が分からないのに、なぜか背筋を這うような恐怖を覚えたという風に。
「【超爆発】なんて危険な魔法を、あんなに狭い訓練場で使うわけないだろ? でも威力が調整できなかったんだ。けっこう手加減したのにな」
「え、て、手加減して……あの、威力……?」
「……キュキュ姉。もう行こう」
リュリュが強張った表情のまま、キュキュの服の袖を引っ張る。
しかし気の強いキュキュは、それでもまだ引き下がろうとはしない。
キッ! と目に強い意志を宿すと、ナナオの胸のあたりを鋭く指差す。
「何のつもりか知らないけど――そこまで言うなら、今この場でやってみたら!? あなたの本当の【超爆発】ってヤツをねぇ!」
「キュキュ姉……っ」
「うん。分かった」
キュキュの挑発に、ナナオはあっさりと頷く。
そして、片手を持ち上げる。
その手の平を一瞬向けられ、ビクリ! とほぼ同時に双子の身体が震えるが――ナナオの手はそのまま、ふたりの頭を通過していって。
やがて、上空へと向けられた。
「――――【超爆発】」
ナナオが言い放つと同時だった。
その手の内から生まれ落ちた大量のエネルギーの塊が、その場に居た全員の視界を覆い尽くす。
「ひゃあッ?!」
短い悲鳴を上げるティオの肩を抱き寄せ、ナナオはさらに集中を続ける。
膨大な熱量。圧倒的すぎる巨大な熱球。
もはやクラス分け試験の際に使用したものとは比べものにならないほどの大きさの火の塊が頭上に渦巻き、今にも何もかもを焼き尽くす勢いで轟と渦巻いている。小さな村や街の一つくらい、軽く沈めてしまいそうなほど激しい暴力が。
「な、なな、何よ……っ! 何なのコレ……!?」
あまりの現象を前にパニックに陥ったのだろう、瞳の中をそれこそ火で炙られたように赤く染めながら、がたがたと震えるキュキュ。リュリュはそんな姉にしがみつくことしかできず、恐ろしさに涙ぐんでいる。
――その様子をちらと眺めて、これ以上は酷だな、とナナオは判断した。それに何も、ふたりを泣かせたくて魔法の実演をしたわけでもないのだから。
それにあと数十秒でもこの熱球を手の内に留めておいたら、おそらくいよいよ制御が利かなくなってくる。
そうなると双子だけでなく、ティオの身も危険だ。あとついでに、穴を掘って隠れようとしているリルも。
「っしょ――と!」
ナナオは勢いよく、その熱量の塊を、思いきり上空に向かって投げた。
そのためか、初めて魔法を使った前回とは異なり、熱球は勢いよく空に打ち上がる。
まず、頭上を覆うように伸びていた木々の枝は、音もなくその圧倒的な熱に溶かされていき、跡形も無く消し飛んでいった。
しかし勢いは失うどころか加速していき、やがて遥か上空、人の手の届かない高みへと到達したとき――チュドーン、とアホみたいな爆裂音を伴い、ナナオの【超爆発】は花火のように満開の花を咲かせた。
「たーまやー……」
その様子を唖然と見つめつつ、無意識に呟く。気がつけば腕の中のティオも、同じように上空を口を開けて見つめていた。
そしてその魔法によって、大気中に浮かんでいた雲のすべてが、その爆風を受けて吹っ飛んでいった。
残ったのは、先ほどまでの曇り空が嘘のように、晴れ晴れとした青空だけだった。
……なるほどな、と何度か頷くナナオ。
エクスプロージョン。日本語でいうと爆発。
ただ熱球が壁を溶かしてみせただけなのに(それ自体がかなり非常識なのだが)、サリバがその魔法を「【超爆発】」と称したのは少し疑問だったのだが、これでその謎が解けた。
あの魔法の最終形態は、真価は、熱球ではなく爆発そのものなのだ。前回の発動時はナナオが【火炎弾】のつもりで放ったために、熱球は爆発する前に不完全燃焼して消失していった。一流の魔法士であるサリバは、それも見抜いていたのだろう。
「あわ。あわわ、わ……」
しかしさすがサリバ先生、などと納得している場合ではなかった。
その情けない声に振り返ると、すっかり血の気を失ったキュキュが、後ろにひっくり返ってプルプルしていた。リュリュは足腰が震えてしまい、もうまともに立っていられないようだ。
そんなクラスメイトの様子を見てちょっと罪悪感を覚えるナナオだったが、まぁ今回は致し方あるまい、とも思う。言葉の過ぎるふたりにお灸をすえられたなら、結果オーライということで。
「まだ何か言いたいことはあるか?」
「…………っ」
頭上の気の枝があらかた消失したことで、森の中であっても地上にはかなり日光が射し込んでくる。
そのため片手で庇を作りつつナナオが声を掛けると、分かりやすくキュキュとリュリュの顔が恐怖に染まった。
「あ、な、何も――今日のところは! 勘弁しておいて……あげ……」
「キュキュ姉。立って。早くしないと。殺される」
別に殺しはせんけど……と頬を掻くナナオの目の前で、ふたりがどうにかして立ち上がる。
ふらつきつつも逃げていく背中に、やれやれと溜め息を吐いてから――ナナオは固まったままのティオの肩をぽん、と軽く叩いた。
「大丈夫? ティオ。怖かったよね、ごめん」
「え? あ――!」
ナナオの腕の中にすっぽりと収まっていたティオだが、ナナオを見上げるようにしてから、急に頬を赤く染める。
慌てて離れてしまうティオに、ちょっとショックを受けるナナオ。明らかに怖がられている……!
「あ、違うんだ、怖くなんてなかったよ! なんだか空にきれいなお花が咲いたみたいで……すごい魔法だった。それに天気も変えちゃうなんて、あんな魔法は見たことないよ!」
「そっか。それなら良かったんだけど」
ほっと胸をな撫で下ろすナナオ。さらにティオは続ける。
「それに……びっくりしてるふたりを見たら、ちょっとスカッとしちゃった。ボク悪い子だね。でもボクのために怒ってくれて――ありがとう、ナナくん」
ありがとう、と口にしているのに、ナナオには何だかそのとき、ティオが泣き出しそうにも見えた。
ナナオが何か言葉を紡ごうとすると、そこでまたも泥だらけになったリルがとてとてと近づいてきた。
『威嚇で終わらせずに、消し炭にしてあげれば良かったじゃない』
およそ女神のセリフではないのだが、何となくリルの心情が読み取れて、ナナオは思わずその小さな頭を撫でてやった。
たぶんリルも――ムカついている。あの双子の言動に。
ティオは何を言われても平気そうにしていたが、そんなわけがないのだ。でも、他人から悪意を向けられることに慣れているようにも見えて、ナナオはそこが引っ掛かっていた。
「……ティオ。さっきの話の続きなんだけど」
「え?」
「自分のことを紛い物だって、ティオは言ったよね」
傍目にも明らかに、ティオの表情が沈む。
それでも、消え入りそうな声で彼女は呟いた。
「……聞いて楽しい話じゃないよ?」
「それでも聞かせてほしいんだ」
ナナオがそう言うと、ティオはきゅっと唇を引き結んでから……静かに語りだした。