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第24話.恋敵の予感

 

 ――ダイニングルームにて、レティシアは冷製スープを口に運んでいた。


 寮の一階に設けられたダイニングルームである。

 吹き抜けの部屋には、寮生全員が一度に食事ができるよう横長のテーブルが三台置かれている。

 キッチンと隣接したメインテーブルの上に置かれた大皿から、各自好きなだけ料理を取り分けて、自由な席につくことができる仕組みである。


 休日ながらも既に二十人ほどの生徒が押しかけ大層にぎわっているダイニングルーム――しかしその騒々しい輪からは外れ、レティシアは入口からは左奥の隅に当たるいつもの定位置で、ひとりで食事をとっている。これも慣れたことなので、特にレティシアがその点に何かを感じ入ることはなかった。


 ちなみに食事を担当するのは寮母のカレンで、彼女が作る料理は大衆好み――いわゆる家庭の味というやつで、王城暮らしのレティシアにはあまり馴染みのないものだが、決して悪くはない。食べたことのない味わいなのに、どこか懐かしいような気がするのは不思議だったが。


 そんなことを考えながら口元をナプキンで拭っていると、真向かいの椅子が引かれた。


「……ここ、いい?」


 誰かと思って顔を上げれば、フミカ・アサイム……ナナオのルームメイトの少女だ。

 両手に中皿を持っていて、そこにはちょこんと遠慮がちな量のサラダが盛られている。外見通り、フミカはかなり食が細いようだ。

 レティシアは驚きつつも、間を空けず頷いた。


「もちろん、構いませんわ」


 無表情のフミカはしずしずと席につく。

 そんなフミカの様子をちらっと盗み見つつ、レティシアはほんの少しだけ緊張していた。

 ナナオを挟んで――というかナナオを仲介して三人で遣り取りしたり、ナナオが寝込んでいるあいだ一緒に看病したりはしたが、それ以外でフミカと会話したことはあまり無いのだ。


 もしかすると、何かフミカには話したいことでもあるのだろうか?

 そわそわするレティシアの頭上から、ハスキーな声が降ってきた。


「あれ、ふたりともあんまり食べてないじゃん。カレンさんの作った唐揚げ美味しいから食べてみてよ」


 やたら馴れ馴れしい接客だな……と思いつつ、とりあえず「お気遣いありがとう――」と言いかけたところでレティシアは目を丸くした。


「……って、ナナオ?」

「こんばんは。シア、唐揚げ何個?」

「ごきげんよう。あ、わたくしはひとつで……じゃない、何故アナタが給仕を行っているのです?」


 またもや誰かと思えば、大皿を片手にやって来たのはナナオだった。

 制服の上に白いエプロンを装着して、にこにこ笑っている。予想外すぎる登場にレティシアは唖然としてしまった。


「いやー、なし崩し的にお手伝いというか何というか。フミカは唐揚げいくつ?」

「……私もひとつで。その、端っこの小さいやつ」

「りょーかい。揚がったばっかで美味しいよー、そっちの先輩たちも良かったらいかがですか?」


 レティシアとフミカに唐揚げを配ると、離れた席に座っていた上級生ふたりにもナナオは積極的に突撃していく。

 ナナオが和やかに首を傾けてみせると、そのふたりの頬が明らかに、ぽっと林檎のように染まったように見えた。……ムム? と眉間に皺を寄せるレティシア。


「えっと、じゃあ……二つもらっちゃおうかな」

「わ、私は三つ! ナナオちゃんが勧めてくれるなら三つ食べます!」

「それならあたしは四つよ!」

「ならこっちは五つだって平らげてみせる!! ナナオちゃん、こっちにも頼める?」

「はい喜んでー!」


 妙にテンポ良く返事をしながら、呼ばれるたびあちこちに歩いていくナナオ。

 そんな彼女の後ろ姿を見つつ、洩れる溜息もあちこちから。


「やっぱり素敵よね、ナナオちゃん……」

「あのちょびっと鋭い目つきと、ハスキーなボイスがたまらないわ」

「何よ、あんたは決闘の件から入ったにわかでしょ? 私は振り分け試験のときから密かに応援してたんだから!」


 ……もぐ、とレティシアは唐揚げを頬張る。

 ナナオが言っていた通り、とても美味しい。美味しいけれど、何故か――何故か、気分が落ち着かない感じがする。

 愛想良く振る舞うナナオの姿を見ていると、胸がむかむかするというか。もやもやしているというか。何というか――いやな感じ。すっきりしない。うまく、咀嚼ができない。


 何とはなしに正面を見てみたら、何やらフミカも、唐揚げを食べているわけでもないのに頬を膨らませている。

 目が合うと、フミカは僅かに目を見開いてから、ほんの小さく首を傾けた。


「……レティシア王女、も?」


 言葉の意味は、よくわからない。

 でも何故だか迷いなく、レティシアは頷いていた。


「……よくわかりませんが……きっとナナオの所為ですわ」


 小声で呟いてみたら、そのタイミングでナナオが勢いよく振り返ったので、レティシアは思わずどきりとしてしまった。

 まさか聞こえたのでは、と緊張していたら、そういうわけではなかったらしく、大皿に山盛りになっていた唐揚げを配り終えたところだったらしい。


「いやー、盛況だったよ。さすがカレンさんの唐揚げ……って、何でふたりとも俺のこと睨むの?」

「……別に」

「何でもありませんわっ」


 とか気のない返事をしつつ、仕事を終えたナナオが当たり前のように自分たちのところに帰ってきたのが、ちょっぴりうれしいレティシアとフミカである。

 ナナオは「?」と表情に貼りつかせたまま、そんなふたりに質問してきた。


「そういえば、今日はふたりとも何してたの?」


 油で少し汚れた口元を拭いてから、まずレティシアが答える。


「わたくしなら、サリバ先生に許可をもらい、魔法訓練場で魔法の練習をしておりましたわ。誰かさんが破壊した壁が昨日ようやく改修されましたから」

「そうなんだ。俺はラン先輩に剣の稽古をつけてもらってたけどね!」

「何故そこで自慢げに……!?」

「フミカは今日は何してたの?」


 フミカは右上を見上げるようにしながら、ぼそりと答える。


「……森でどんぐりを拾ってた」

「「森でどんぐりを……!?」」


 その言葉にはナナオもレティシアも仰天してしまった。妖精じみたかわいらしい容姿のフミカが森の中でどんぐりを拾う姿……想像するだけで愛らしい絵面である。

 そのファンシーな想像図の存在を感知したのか、少し照れくさそうに咳払いをするフミカ。


「……それで。ナナオ君は何で給仕を――」

「おーい、ナナくん!」


 だが、そんなフミカの言葉は中途半端なところでピタッと止まっていた。

 とある少女の声に、掻き消されるような形で。


 レティシアとフミカ、それにナナオが見る先。

 キッチンを通ってやって来たのは、毛糸で編んだような帽子を被った、ナナオと同じエプロン姿の少女だった。


「唐揚げの売れ行きは、どう――って、あれ? 大皿まるごと空になってる……!?」

「へっへー。すっかり配り終えたよ」


 Vサインを作るナナオに、少女はその明るいオレンジ色の瞳を輝かせる。


「すごいよ、ナナくん! この学院の生徒さんたちってあんまり多く食べないから、いつもお肉が余りがちだってカレンさん困ってたのに」

「え、そうなの? みんな今日は食いつきすごかったけど……運動たくさんして疲れてたとか?」

「うーん、ボクが思うにそういう理由じゃなさそうだけど……とにかくありがとう! ナナくんが居てくれると、ほんとに心強いなぁ」


 そのとき、レティシアとフミカの胸には、同じ疑問の声が響き渡っていたことだろう。


 ――誰!?

 だがそんな切実な心の声が、ナナオに聞こえるわけもなく。


「少しはティオの役に立てたなら良かったけど」

「役に立つどころじゃないさ! 今日一日、掃除も洗濯も給仕も手伝ってもらっちゃって――ボク、どうやってこの恩を返せばいいのか」

「恩だなんて大袈裟だな。俺たちもう友だちなんだから、そんな風に思わなくていいよ」

「へあっ、ともだち……!? ボク、友だちが出来るのなんて初めて、なんだけど……」


 何やら親しげに交わされる会話の最中。

 ティオ、と呼ばれた少女の丸いほっぺたが赤くなったかと思えば、へにゃっと柔らかく微笑む。

 その顔を見て、ナナオも頬を緩ませている。きっと「ああ、可愛いなぁ」とか思っている。そうに違いない。そうに違いない! …………。


 気がつけば。

 こっほんこっほんこっほん、とレティシアは連続で咳払いをしていた。

 激しくやりすぎて、むしろ喉を痛めたくらいである。何事かとナナオとティオ、なる少女がこちらを見てきたところで、レティシアはカスカスの声で言った。


「……ナナオ。今日はヘーゲンバーグ先輩と稽古をしていたのではなくて?」

「え? あ、うん。午前中はね。でもその後、午後からはずっとティオの仕事の手伝いをしてたんだ」

「……ティオ」


 そこでフミカが口を挟む。絶妙なタイミングです、としきりに頷くレティシア。

 すると自分の存在に疑念を持たれていると気づいたのだろう、ティオが「あっ」というように口元に手を当てた。


「あ、ごめんなさいっ。名乗るのが遅くて――ボク、ティオ・マグネスといいます。普通科一年です。お二方は、あの……レティシア王女と、フミカさん……ですよね」


 じ、と大きな瞳で見つめられ、レティシアは相手の意図を図りかねつつも頷く。


「ええ、そうですわ。わたくしのことを知っていますの?」

「もちろん知っています! 近くで見るとますますお美しい方でびっくりしました! でも、ああ、王族の方とお話するのは初めてで――その、失礼があったらごめんなさいっ! ボク、礼儀とかもなってなくて……」


 しどろもどろになりつつ言葉を紡ぐティオを前にして、レティシアは強いショックを受ける。

 この学院にやって来て、王女扱いされることなど一度もなく、むしろ失礼な態度ばっかり取ってくる相手だらけだったというのに――必死に言い募るティオの、何と健気なことか!


「大丈夫だよティオ。シアはこう見えて意外と心が広いから」

「意外は余計ですわよっ」


 そう。失礼とは主にナナオのような慇懃無礼な人間のことを指す言葉である。これに比べればティオのそれは控えめすぎるほどで、途端にレティシアの中でティオへの好感度が跳ね上がる。

 だが、しばらく黙っていた隣人にとってはそういうわけでもなかったようで、


「……新たな恋敵(ライバル)


 ぼそり、と呟かれたその言葉をレティシアが聞き取ったのは偶然であった。

 ぱちぱち、と瞬きしたレティシアは、フミカにそっと問いかける。


「あの――ライバルって、何のことです?」

「……これ以上は増やさない方針」

「???」


 そっぽを向かれてしまい、ますますきょとーん、としてしまうレティシアであった。



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