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第23話.ドジっ子なボクっ娘との出逢い

 

「――――隙ありっ!」

「あいたっ」


 晴れ渡った青い空の下。

 熱いほどの太陽を真ん中から裂くように振り下ろされた木刀に、額のところをポカッと勢いよく叩かれ……ナナオはふらふらと後退った。


「め、めっちゃ痛いです……ラン先輩……」

「稽古中に余所見する方が悪いのよ」


 目の前には、稽古用の木刀を肩に押し当て、ふふんと笑うランの姿があった。


 ――今日は、学院に入学してから初めての週末。

 学院は当然ながら休みなので、ナナオは朝からランに剣術の稽古をつけてもらっていた。


 王都や近くの街に出掛けるために留守の生徒が多い中、例外なくフミカやレティシアも朝から出掛けてしまっている。

 珍しく寝坊をしたナナオは、気がつけば寮でひとりきりになっていた。

 ダイニングルームでもぞもぞ侘びしく食事を取っていたら、そんなナナオに同じく暇を持て余していたらしいランが話しかけてきた。

 ラン本人によると「本当は実家に帰るよう言われてたけど、今週は好きに過ごすことにしたの」とのことだったが……そう言うランの表情が明るかったので、ナナオはありがたく稽古をつけてもらうことにしたのだった。


「でも、ちょっとボーッとしてたように見えたけど……なにか考え事でもしてたの?」


 ポニーテールを揺らして首を傾げるランに、ナナオは頭を掻く。


「この木刀を貸してくれた人をずっと探してるんですけど……クラスメイトに聞いてもみんな違うって言うし、なかなか見つからなくて」


 現在まさに手にしている木刀を見つめつつ、呟く。

 この木刀はほんの数日前――闘技場での決闘の際、武器の用意がないナナオに観客席から誰かが放ってくれたものだ。

 いつでもというわけにはいかないのだが、こうして時折寮内でも持ち歩いてアピールするようにしている。だが、一向に持ち主は見つからないままで、ナナオはほとほと困り果てていた。お礼を伝えるどころか、このままでは借りパクになってしまうし……。


「そうなの……まぁ確かに二年生は私の息がかかった生徒が多いし、あの状況でナナオさんの味方をする子は思いつかないわね」


 それ自分で言っちゃうんだ、とか思いつつツッコまないことにするナナオである。


「となると、もうめぼしい候補がいないような……」

「そんなことないわよ。まだあるでしょ、可能性」


 え? と頭を持ち上げるナナオ。

 すると白いタオルで顔に滴る汗を拭いがてら、ランが短く言い放った。


「普通科よ」


 ……普通科。

 ランの言葉を胸の内で反芻して、あっ、とナナオは小さく声を上げた。


「盲点でした……」


 ――そうか。普通科。

 クラス振り分け試験の結果、ナナオは魔法科へと配属された。他にも十九名の生徒が同じく。

 だが、考えてみれば、そのとき二十八名もの生徒は普通科へ配属になっていたのだ。魔法科所属の生徒数を上回っているのだから、むしろそちらに木刀の持ち主が居る可能性は高いかもしれない。


「普段関わりもないだろうから、思いつかないのも無理ないけどね。()()()()()()()()在学してるんじゃないかしら」

「……え? 数人?」


 ランの言葉に、ナナオはぽかんと口を開けた。



 +   +   +   +   +



 その後のランの説明をまとめるとこうだ。


 まず、アルーニャ女学院は、優秀な生徒を数多く輩出してきたことで有名な国内有数の超名門校だが、その評判は、もっぱら()()()()()に集中している。

 それ故に、入学直後に行われるクラス振り分けの試験は非常に難易度が高いことで知られている。そこで魔力の才が発揮できない場合は容赦なく普通科への振り分けとなるのだが、普通科に入った場合は高い学費が自己負担となり、カリキュラムの内容も魔法科のレベルからは極端に下がってしまう。つまり、大した利点がないということになる。

 そのため毎年、試験結果が発表された後に即刻自主退学を申し出る生徒が後を絶たないのだという。まだ数人くらいは居るかも、というランの推測はそういう事情を鑑みてのことだった。


 また、貴族の娘たちの中には()()()()する者や、毎年のように受験しては涙ながらに去って行く平民の娘が多い。

 中には、魔力を持たない男子の身でありながらも、万が一の可能性を掴むために偉大なる学院に入学を目論む者も居る……。


 ……サリバの氷魔法で凍らされていた男子二名の姿を思い返しつつ、ナナオはてくてくと学院の花壇の間を歩いていた。

 初めてここを通ったときよりも色づいて見える花々を眺めながら、校舎の前を通り過ぎる。まったく人気がない学校は、いつもより少し寂しく見えるから不思議だ。


「普通科の教室はこっちの別棟にあるらしいけど……」


 魔法科校舎の隣にある講堂の、さらに右隣にあるのが普通科クラス用の校舎だという。

 スケールはかなり小さめというか、魔法科の校舎と比較するとほんのりと建物全体に古びた印象がある。


 ランの言うように、普通科の生徒にナナオの恩人はいるのだろうか?

 何となく気が急いて、稽古を終えてすぐここまで来てしまったが……ナナオはシーンと静かな周囲を見回したところでハッと気がついた。


 ――そういえば今日は休日で、多くの生徒は外出中なんだった。

 魔法科のみならず、普通科の生徒だってふつうに考えれば出掛けているだろう。

 無駄骨だったか……と踵を返しかけたときだった。


 ドガァアン!!! ――と。


 何かが爆発するような音を聞き、慌てて振り返るナナオ。

 見ると、普通科校舎の丈夫そうな正面玄関の扉が――こちら側に向かって倒れている。


「え? ……え?」


 どういうことだ? ナナオはしばし唖然としてしまう。

 ぽかんとしているところに、やがて、絶叫のような叫び声が聞こえてきた。


「ま、またやっちゃったぁ……!」


 倒れた扉の先。

 つまり普通科校舎の中――舞い上がる土埃にごほごほ咳き込みつつ、その人物は姿を現した。

 扉を思いっきり踏みながら。


「うぅっ、何でいつもこうなんだろう、掃除もうまく出来ないなんて……! またカレンさんを悲しませてしまうっ、そして出来るお仕事がどんどん減らされてしまう……あぁ……」


 小柄でかわいらしい男の子――ではなく、女の子だろう。

 アルーニャ女学院の制服を着ているが、下はスカートではなく黒一色の七分丈のパンツを履いている。

 ブツブツブツ、と早口に呟くその頭には、藍色の毛糸で編まれたニット帽のような形の帽子を被っていた。耳の横にポンポンが揺れていて可愛らしいが、季節感はなく、少し暑そうなようにも見える。


 どことなく――全体的にちぐはぐな印象を受けた。

 そのせいか、気がつけばジッと凝視してしまっていて……そんなナナオの目線に、数秒と経たず彼女も気がつく。


「あっ……」


 涙ぐんでいたオレンジ色の瞳が、大きく見開かれる。


「いっ、今の……きこえてた?」


 躊躇いつつ、ナナオはこくり……と素直に頷いた。

 途端に、青ざめていた頬に一気に赤い色がのぼる。


「うあ、は、恥ずかし……! どうしようっ、穴があったら入りたいくらいだけど、近くに穴がない! ……いっそ掘るしか」

「掘らなくていいよ!?」


 慌てて止めに入るナナオ。彼女が手にしていた竹箒を地面に向かって構えたので、何か嫌な予感を覚えたのである。スコップの代わりにしちゃうのでは、みたいな。

 そして予感は的中しており、泡を食いながらも竹箒による穴掘りをやめてくれた少女は、しゅんと項垂れたようにしながらナナオに頭を下げた。


「ご、ごめんよ。ボク慌てると奇行に走るクセがあって……」


 ――ボクっ娘だと!?

 リアルボクっ娘との出逢いにドキッとするナナオの胸中は露知らず、少女はさらに言い募る。


「それに数分に一度は壊滅的なドジをやらかすクセがあって……今さっきも掃除をしてたら勢い余って扉を破壊しちゃったんだ」

「掃除で扉を……?!」


 そして未だかつて聞いたことないレベルのドジっ子だった。

 恐れおののくナナオに「うぅ」と恥ずかしそうに縮こまりながら、顔を上げた少女は――ぱちぱち、と大きく瞬きをした。


「あれ? ……キミは」

「俺のこと知ってるの?」

「知ってるも何も――有名人! 上級生と決闘してた……ミヤウチ・ナナオ!」

「は、はい!」


 びしりと人差し指を突きつけられ、思わず返事をしてしまうナナオ。迫力がすごい。


「あ、初対面なのに呼び捨てしてごめん。えっと……ナナオ……ちゃん……?」


 何で疑問系なんだ。しかもそんな恐る恐ると。

 とか考えていたのが目つきの悪さで伝わってしまったのか、またボクっ娘は「ごめんよ!」と頭を下げてから、顎に小さな手を当てた。


「うーん。何て言えばいいんだろ。キミ、なにか変な感じがするというか」

「えっ」

「他の女の子には感じない何かがある、というか――って。ごめんねっ! こんなこと言うのは失礼かもだ」

「あ、あはは。おかまいなく……」


 笑って誤魔化すナナオ。しかし実際は冷や汗がどばっと出ていた。

 急に勘の鋭いタイプの子が現れてしまった!

 今まで何となく良い感じに周りには誤魔化せていたのに! 主にレティシアとか、レティシアとか……。(ここで脳内のレティシアが愛らしくくしゃみをする)


「いいよ別に、好きなように呼んでもらえれば」


 誤魔化しついでにさりげなく話題をずらすと、見事に引っ掛かってくれた少女が安堵したように吐息する。


「それなら……えっと、ナナくんって呼んでもいい?」

「うん、構わないよ。それで君は?」


 ナナオがそう問うと、その大きなオレンジ色の瞳が笑みの形に細められた。


「ボクは普通科一年のティオ。ティオ・マグネスっていうんだ」



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