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第21話.されど会議は進まず

 

 アルーニャ女学院に入学したばかりの新入生が、単独で魔王を撃退した。


 その衝撃的なニュースは、瞬く間に王都を――のみならず、アルーニャ王国全土を駆け抜けることとなった。


 学院の生徒たちには一応の箝口令が敷かれていたが、人の口に戸は立てられぬもの。

 それに王都に住む住人の多くが、空を雷電が貫く様子や、学院に稲妻が落雷する場面や、森の方角で炎や雷が落ちる様を目撃していた。するとどんどん噂に尾ひれがつく形で、その謎めいた「新入生」の話は国中に広がっていったのだ。


 驚くべきことに、その少女は国内でも数人しか使用できない魔法――最強魔法のひとつを使えるらしいとか。

 入学早々、上級生に決闘を申し込み、しかも剣術で圧倒するのみならず、窮地に陥った上級生を救ってみせたらしいとか。

 人の言葉を喋る神獣を召喚し、自由自在に扱ってみせているそうだ――などなど、およそ真実とは思えないような話が、続々と。


 そして最後には「魔王撃退」という――アルーニャ数百年の歴史において、未だかつて誰もが為し得なかった奇跡が語られるのだ。

 こうして正体不明の謎めいた少女の評判は、日ごとに膨れ上がるようにして広がっていく。だがそうした動きを、快く思わない立場の人間が居ることもまた事実であった。


 その会議は、王都に聳える王城の一室にて執り行われる。

 場内にも関わらず華やかさとは無縁の質素な室内には、金属製の丸い机が中央に配置され、その机の輪郭に沿って十二の席が配置されている。目立つ家具といえばそれくらいのものである。


 そして、短い金髪に切れ長の碧眼。

 首の下からは厳めしい鎧をまとった美女である騎士団長レイが、まず会議室に姿を現した。

 彼女は、部屋の最奥に位置する特別な、されどここ数年埋まったことのない席――女王が座るべき椅子――を十二の位置とするならば、そこから右回りに数えて五の位置となる席へと着席する。


 それから数分と経たぬ間に、参謀長ニンファと、ギルド長ガークも姿を現す。

 女王にとって側近ともいえる立場のニンファは、十一の席に。

 ガークはレイの隣である六の席に座る。この場に呼ばれるべき十二人の中では、最も地位が低いために当然であった。


「よう。久々だな、団長殿」


 だがその粗雑な口調や、やたら奇抜にして露出の激しい格好からして、ガークの態度はとてもじゃないが公式の場にはそぐわないものである。

 ニンファがじろりと睨みを利かせてくるが、気にしない素振りのガーク。仏頂面のレイも、そんな顔馴染みの態度にはほんの少しだけ口元を緩ませてしまう。


 そうしてそんなレイに向けて、


「まさか――()()()じゃないわよね?」


 部屋に入ってくるなり挨拶もなしに開口一番、そんな言葉を放ってきたのは、レイにとってはよく見知った人物だ。

 見事な縦ロールを揺らしながら現れた才女。

 アルーニャ王国第二王女であるレイにとっては、実の姉であり――魔法省大臣政務官であるシャルナ。


 十代の頃から持て囃されてきたシャルナだが、三十代を前にしてその美しさは損なわれるどころか、時を経るごとに成熟しつつあるようにもレイには感じられる。

 向けられたその問いかけに、レイは首を横に振った。


「レティシアでは、ないよ。あの子は優れた魔力を持っているが、魔王を単騎で相手取るほど洗練されてはいないだろう」

「そうよね。ナインなんて、魔王を前にしたらそれこそ羽虫のようなものだわ」


 嘲笑うように吐き捨てるシャルナは、そのままレイの背後を通り過ぎると、何事もなかったように二の席へと座った。

 時間にうるさいニンファは片眼鏡の下で、明らかにシャルナを睨んでいるが、シャルナがそんな些細なことを気にする素振りはない。会議が始まる前から、空気は()()()()()、徐々に険悪になりつつあるのだった。


 ――アルーニャ王国の重鎮と呼ばれるべき十二人の女。

 その内の四人までもがこの場に揃っているのだから、今回の事態がどれほど異常なことなのか。


 遅刻したにも関わらずふんぞり返っているシャルナを一瞥して、まず口を開いたのはニンファであった。


「――そもそも! 遥か東のガルーダ魔国より襲来した魔王が国境砦を突破し、我が国の領土を侵したとは何事ですか? 警備の兵は、それに各地に配置された防御礼装はいったい何をしていたのです? 昼寝か何かですか?」


「そこからかよ」とガークが低く笑う。レイは黙って肩を竦めた。

 堅苦しい挨拶を抜きにして本題に入るのは悪くない。ただ、ニンファのそれは明らかに魔法省トップの立場であるシャルナへの攻撃的な意図を含んでいる。

 また、そのわかりやすく挑発的な物言いに対して、シャルナの方も一歩も引かない女なのである。


「あら? 防御礼装に使う魔石の量は今の三倍に増やすべきだと、我が知見は以前にも訴えたハズよ。参謀長閣下もお忘れではないでしょ?」

「魔法省はいつも無駄に贅を尽くした製品の算出に忙しいようですからね。その知見とやらもどこまで信用できるものか」

「その結果がコレよ? 正々堂々と、正面突破にて魔王に国境を越えられた。魔石の量が足りていたなら、上空にも偵察機を六機は配置できたのにね」

「おやおや、本日の政務官様は随分と言い訳がましいですね。今回の件は完全に自身の落ち度だと、理解できているなら結構ですが」


 ニンファとシャルナが睨み合う。激しい火花が散っているのが、肉眼でも見えるようだ。

 そんな両者のにらみ合いを少し離れた位置から眺め、レイはひっそりと溜息を吐く。

 人数が多ければここまでひどくはないのだが、ニンファとシャルナは幼なじみにしてとにかく犬猿の仲で、顔を合わせればこうして延々と言い争いをしてしまう。


「あーあー……またコレか……」


 もうひとりの会議参加者であるガークも、退屈そうに欠伸をするだけでそんなふたりを仲裁する気はなさそうだ。

 となると、ここはレイが何とかふたりの間に割って入り、場の空気を整える他はない。


「参謀長、それに政務官殿。話し合うべき本題はそこじゃないと思うが」


 すると先ほどまでは激しく言い合っていたふたりは、次はまったく同じタイミングでレイの顔をじろりと見てくる。損な役回りだなぁと思いつつ、レイは続けて言い放った。


「魔王の襲来を、単騎で撃退せしめたアルーニャ女学院の新入生――その件こそ、重視するべきじゃないか?」


 今度はチラリ、と目線を交わし合ったニンファとシャルナ。


「……騎士団長の言うことも最もではあります」

「そうね。我が優秀な妹の言うことなら」


 どうやら渋々ではあるが、一応納得はしてくれたようだ。

 そこで先ほどまで眠そうにしていたガークが、「おっ」と目を見開く。


「そうそう、その話だ。オレぁ気になって仕方がなくてよ。その新入生とやら、いったい何者なんだ?」

「何者かと問われても……すべては国内で吹聴されている噂に過ぎないからな」


 レイが首を傾げると、シャルナがニンファに向かって言う。


「学院から報告書はあがってないの?」

「それが、未だ音沙汰ないのです。いろいろと立て込んでいるようで、せっつくのも……その、悪いかと」


 規則にはうるさいニンファにしては控えめな物言いに、「あら」とシャルナ。


「ああそうね――アルーニャ女学院にはいまは確か、サリバ先生が居るものね」

「ちっ、違います! それが理由ではありません!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るニンファ。

 シャルナとニンファはアルーニャ女学院とは別の学院の同期生だった。そこでふたりに魔法学の基礎を叩き込んだのがサリバであるということを、レイも思い出していた。

 例の女学院に恩師――あるいは恐怖の対象が居るならば、さすがの参謀長閣下も強気な態度では出られないのだろうな。


「ですが、その――個人的に調べたのですが、その新入生を取り巻く噂というのは根も葉もないものばかりです。最強魔法を使ったとか、神獣を召喚しただとか……正直なところ、その生徒が魔王を撃退したという噂も、どこまで信用できるものか」

「そうよねー。そんなことが出来るとしたら、それこそ"凍土"のサリバ先生くらいしか我が心象としては思いつかないわ」

「……騎士団に研修でやって来ている()()()()とやらは、非常に優秀な生徒だがな」


 三人が同時にレイの顔を見る。レイが人を褒めることは滅多にないからだろう。

 こほん、とレイは咳払いをして、


「それにヘーゲンバーグ家の令嬢も在学していたはずだ」


 とだけ言った。


「棒切れを振り回すのがちょっと得意な一族ってだけでしょ? そんなんで魔王を撃退できる?」

「例えば、学生全員が協力して攻撃し、結果的に魔王が引いたとか……」

「ダハハ、そりゃ面白え。友情パワーで魔王退散ってか? 笑えるな」


 一笑されたニンファがガークをぎろりと睨むが、ガークに気にする様子はない。


「オレはその新入生、実在していると踏んでるがな」

「根拠は?」

「勘だ。それで十全だ」


 ニンファたちは呆れかえったようだが、レイにとってはガークの言葉は無視できないものだった。


「学院なんてのは、どこも実戦慣れしてねぇガキどもをブチ込んどく場所だぜ? だが噂が本当なら、その新入生とやらは即戦力になる。今すぐにもオレのギルドに冒険者登録させたいくらいだな」


 ……それなら私だって。

 と名乗りかけたところで、やめる。存在するかも分からない人物を由緒ある騎士団に加入させたいなどと発言したら、きっとシャルナに笑われるだろう。

 レイが口を噤むと、そうと知ったわけではないだろうが、シャルナがくすりと笑みを洩らす。


「まぁ。もしも本当に、そんな子が居るなら――我が女王から勲章か何か、授与させてあげるべきだと思うけれど、ね」

「しかし、現時点で学院側が沈黙を保っているということは、その生徒への褒賞を望んでいないということかもしれません。あるいは何か別に、良からぬことを隠匿している可能性もありますが」


 良からぬこと……か。


「そもそも、魔王が突然攻め入ってきた理由は何なんだろうな」


 腕組みをしたレイが呟くと、シャルナが小首を傾げる。


「我が国を侵略するためではないの?」

「そうとは考えにくい。魔王は青空の下、単独で雷をまとって現れたかと思えば、夕暮れの前には消えたそうだ。そんな頭の悪い侵略行為があるか?」

「それは……そうですね。そもそも単独というのがおかしい」


 顎に手を当てて、ニンファ。

 近年、アルーニャ王国にとって脅威となり得ていたのは――遠く山脈によって隔てられた先にあるガルーダ魔国ではなく、近隣諸国だった。

 国境付近では毎日のように小競り合いが多発している状況でもある。そんな中で、まさか魔王が唐突に王国内――それも王都にほど近い女学院に姿を現すなどと、誰も想像していなかったのだ。


「学院側は、もしかしたらその理由を知っているのかもしれない」


 レイの言葉に、ガークが口笛を吹く。


「なら話は早え。例の教師を王都に連行して尋問すりゃいいんだ」

「まだそうと決まったわけじゃないぞ、ガーク。それに、()()()()()()()、優先すべき問題は別だ」


 全員が沈黙する。

 現時点では、魔王の襲撃してきた理由は不明。

 となるとつまり、また同じような襲撃が二度三度、もしかするとそれ以上に発生するかもしれない。だとすると今後も、アルーニャ王国……のみならず、近隣の国々だって、魔王の手によって好き勝手に蹂躙される危険性を抱えていることになる。


「ひとまずこの件は、何らかの形で国民に説明の場を設けるべきだろうが」

「冗談ではありません。魔王の襲撃の理由も不明、撃退者の正体も不明では王国の権威が下がります。幸い怪我人もいないのですから、有耶無耶にすべきです」

「まぁ、そうかもね。だとしたら襲撃者は魔王ではなく、自然災害とでもすればいいのかしら? 大きな雷が森の中に落ちたみたいです、なんて間抜けな発表をする参謀長、笑えるわね」

「あー、面倒な話になってきやがったな。オレはとりあえず寝るから数時間後に起こしてくれ、団長殿」


 この会議は朝まで続くかもしれない……レイは密かに溜息を吐きつつ、覚悟を決めたのだった。



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