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第2話.とりま転生2

 

 またも「ぱんぱかぱーん!」とファンファーレの音が響き渡ったかと思えば、どういう仕掛けなのか、リルの背後にある長い階段を伝うようにして――文字の書かれた巨大な垂れ幕が勢いよく伸びてきたからである。あの、校舎に垂れ下がってる「野球部 二年連続東海大会 出場決定!」みたいなヤツが。


 とりあえずナナオは書かれている文字を目で追った。


『祝 宮内七緒 異世界転生決定!』


 出し抜けに女神が「おめでとおおー!」と甲高く叫んだ。

 被せるようにして、SE音源から引っ張ってきたみたいな拍手の音がバカでかい音量で響く。控えめに言ってすごくうるさい。


「というわけで転生トラックに衝突したアナタはもれなく転生です。異世界転生しちゃいます。いや~素敵だね~、これから楽しみだねっ!」


 なにて?


「またも反応が悪いわねっ! だから転生よ転生。日本の男子高校生なら馴染み深い文化でしょ? 剣と魔法の異世界でチート無双して女子にモテモテでハーレム形成するアレよ、アレ! まぁ最近はレパートリーも多岐に渡るだろうけどっ?」

「……いや、あの」

「なによ、ここは噎び泣きながらアタシへの感謝を叫ぶところよ?」

「……感謝……?」

「そうよ、感謝よ。トラックに轢かれて死後の世界に唐突に投げ出されたアンタを、アタシが気まぐれで拾ってあげたんだからね。あのまま放っておいたら死を自覚できず、永遠に地縛霊にでもなってたのよ。悪霊化コースに突入するところだったのよ」


 ふふん、などと薄い胸を張って怖いことを言い出す自称女神・リル。

 ナナオはびびりつつも、唾を呑み込んでから何とか口を開く。


「いや、異世界モノは俺もアニメで観たことあるけど……現実にあるのか? そんなことが」

「現実っていうか、ここはアタシを始めとする麗しの神たちが住む天界なんだけどね――まぁ、あるわね」


 あるのか。


「そも地球で異世界モノが流行したのって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」


 でしょ? と言われましても。

 適当で雑な説明に呆然としていると、リルはナナオが納得したものと受け取ったのか勝手に話を続けていた。


「んでね、ナナオ。アンタには魔王を倒してきてほしいのよ」


 出た無茶振り!

 これ異世界モノでよく見るヤツだ――!


 ナナオはブンブンと激しく首を横に振りたくった。


「む、無理無理! 俺、母親と口喧嘩だってしたことないんだぞ!」

「そんな男子高校生がいるの!?」


 リルはもの凄い衝撃を受けたように青い顔をして、ヨロヨロとふらついた。


「まだ反抗期も来てないっていうのっ? こ、怖い。そんな男子高校生が地球上に実在したなんて! それこそ天下無双の国宝級(チート)じゃないの!」

「そこにそんな食いつかなくてもいいだろ!」


 なんかこっちが恥ずかしくなってくる!


「ともかく俺は誰かと喧嘩とか無理なんだよ、そういうの向いてないんだ」

「い、意外ね。いかにも荒事慣れしてますみたいな雰囲気なのに……。でも心配することないわ、セオリー通りにアンタにはチートな能力をプレゼントするから。魔王なんてイチコロ、いえニコロ、それどころかサンコロヨンコロだって余裕なチートよ!」

「チートはありがたいけど、田舎町でスローライフを送るみたいなストーリーの方が俺好みっていうか!」

「ええい我が儘を言うな! アンタはアタシが助けてやったんだからアタシのお願いを聞く義務があるのよ!」


 急に脅迫めいたことを喚いて、ビシィッ! とリルは細い人差し指の先端をナナオに突き刺す勢いで向けてきた。というか尖った爪が肩口に思いっきり刺さっていた。痛い。


「いーい? ナナオ、アンタに選択肢はないのよ。アンタはとにかく異世界に行って、そこでまずはその世界の常識(マナー)、それに剣や魔法の使い方を学ぶためにアタシの指定する学院に入りなさい。良い感じに能力を磨いたら旅に出て、魔王城でほくそ笑んでいる魔王をブッ殺してくるの。分かった?」

「度の過ぎた教育ママみたいなこと言ってくる……」

「その後ならスローライフだろうとハーレム生活だろうと何だってしたらいいわ。でも魔王はなるはやで倒してきて。分かった?」


 詰め寄ってくるリルに根負けするような形で、ナナオは渋々頷いた。


「よろしい! でね、異世界行きの前に、一つだけ了承してほしいことがあるんだけどぉ」


 両腕を祈るように組んで、リルは愛らしく首を傾ける。

 いや、今さらカマトトぶられても……と思うものの、その仕草にはちょっとドキッとしてしまうナナオだった。性格は完全に破綻しているが、この女神、兎にも角にも顔が良すぎるのである。

 そうして外見だけならキュートを通り越してパーフェクトな女神さまは、猫撫で声で言い放った。


「アンタ、女の子になってくれない?」


 何言ってんだコイツ?

 ナナオの返答は迅速だった。


「だが断る!」

「そう! ありが――えぇー!? 何でよ!」

「何でも何もない!」


 リルの言葉の意味はぶっちゃけよく分からない。分からないが、とにかく――身の危険を感じたのだ。本能的に。


「いいじゃないの! 女の子の身体って柔らかくってもちもちよ? どこを触ってもぷにぷにで気持ち良いのよ?」


 ほら触ってみる? などと自らの細い腕を持ち上げつつ誘惑してくるリル。ナナオは大慌てで後退した。


「俺は女の子は好きだが……自分が女の子になるのはゼッタイ違うだろ! 断固として拒否するッ!」

「なによ! 童貞で死んだんだから女子の身体には飢えてるんじゃないのっ?」

「女子の身体に飢えてるからって自分が女子になるっておかしいだろ!?」


 そもそも飢えてないし! 童貞だけど! 童貞だけどね!

 ナナオは必死だった。何やら良からぬことを企んでいるらしいリルを食い止めることに。


「そ、それに異世界転生のついでに性転換させてくる神様なんて聞いたことないぞ! そんな神様居たらパチモンだ! このパチモンセクシャルハラスメント(偽)女神!」

「なな――何ですってぇ?! アタシは歴とした本物の女神様よ! 失礼な呼称をやめなさい!」

「だったらこのまま異世界転生させてくれよ!」

「アタシはアンタのために言ってあげてるのにぃ!」

「嘘吐け! セクハラ女!」

「もはや女神が抜けてるんだけど!?」


 ふたりはしばし真っ赤な顔で怒鳴り合い口論に明け暮れた。

 ――やがて、お互いの息がぜえぜえと上がりだした頃、リルが肩を竦めてこう言った。


「……そこまで言うなら、わかったわ。アナタをその姿のまま別の世界に転生させましょう」


 ようやくナナオは安堵の吐息を零した。そういうことなら別に文句はない。


「………………そうよね、目つきは悪いけど意外と顔はかなり整ってるし……身長も高すぎず低すぎず……足の筋肉はフリル盛って誤魔化しちゃえば…………」

「え? 今なんて――」

「なぁんにも言ってないわ♡」


 嘘だ。絶対なんかボソボソ言ってた。たぶん悪口だ。

 ジト目になるナナオに対し、コホンコホンと誤魔化すようにリルが咳払いをする。


「じゃ、じゃあ、さっそくだけど異世界への門を召喚するわね。ア・ブラ・カダ・ブラ~♪」


 呪文っぽいモノは米〇CLUBのイントネーションだった。


「……よし、来た来た」


 おお、とナナオは感嘆の吐息を零す。

 リルの手元が光り輝いたかと思えば、空間をぽっかりと切り取るような形で、ピンク色の大きなドアがすぐ傍に現れていたのだ。

 そう、ピンク色をしたドア――


「あれ? コレ――」


 ……すごく見覚えがあるデザインだった。主に土曜日の夕方に見かけるタイプのドアだ。ちょっと前は金曜日の夜だったけど。

 沈黙するナナオに、リルはこほんと軽く咳払いをする。ここまで来るとマジでパチモン感が強くなってきているが、本人は気づいているのだろうか……。


「この『どこでも異世界ドア』をくぐれば、別の世界に辿り着くことができるわ。アタシの方で装備や資金は揃えておいたから、異世界に着いた瞬間、自動的に装備できていると思う。好きに使ってちょうだい」

「お前ギリギリのラインを攻めている自覚はあるのか?」

「おだまり! さぁ、それじゃどこでもド……『どこでも異世界ドア』を使って、さっさと行っちゃってよね」


 もうほとんど言っちゃってるぞ。


 しっし、と追いやられ、ナナオは渋面になりつつもドアノブを回す。

 が、表面上は渋めな演技をしつつも、正直な所ここに来ていちばんテンションは上がっていた。


 まぁ、ドアのデザインはあれだが――この先は正真正銘の異世界に繋がっているのだ。

 これがワクワクせずにいられようか? いや無理! 今にも口元がニヤけそうなくらい心躍っているのだ。


 ナナオの期待に応じるように、開いたドアの先は眩しいほど光り輝いている。目も開けていられないくらいだ。

 意気込んで迷わず踏みだそうとしたナナオは、そこでふと立ち止まった。


「……リル。いや、女神さま」

「ん?」


 背後を振り返ったナナオは鼻の下を指でこすった。

 ちょっと照れくさいが、リルと会うのもきっとこれが最初で最後なんだろうし、ちゃんと伝えておくことにする。


「ありがとな、悪霊になる前に俺を引き取ってくれて。それに無償で別の世界に送り出してくれるなんてさ。お前は顔が良いってだけで口と性格は最悪レベルの女神なんだろうけど、そこは感謝しておく」

「な、なによ。急に殊勝なこと言っ――――ってないわね。むしろアタシけなされてなかった?」

「気のせいだ。じゃあな」

「ちょっ、まだ話は――」


 さっそくキレかけたエセ女神の腕に捕まる前に、溢れる光に向かってナナオは踏み出した。


 きっとこの先には、剣と魔法の世界が、冒険と感動が、そして最重要項目としてかわいいヒロインとかが大量に待ち構えている。何故なら異世界物は大体そうだから。リルもハーレムがどうとか言っていたから、そういうことならそこは大いに期待しておこうじゃないか。

 それにもまず、魔王とやらを倒さないといけないらしいが……


「ナナオ!」


 背後で、リルの呼ぶ声がした。ナナオは振り返らないままその声を聞いた。


「童貞のまま死んじゃったのは悲しいだろうけど――でもね、その先にはきっとアンタの想像を超える世界が待っているわ! だから……楽しんできなさいよね!」


 最後だからか、リルはわりと女神っぽいことを言っていた。童貞は余計だけど。


「ああ。行ってくる!」


 ナナオはリルに強く応じて、笑みさえ浮かべながら扉の向こうへと突き進んでいく。


 ――だが、そのときのナナオはもちろん、知る由も無かった。


 自分が選ばれた理由。

 背後で暗く微笑む女神の真の目的。


 そして。

 向かう先が――想像を超えるどころか、()()()()()()世界であったということに。



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