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第17話.駄女神との再会、そして

 

 ナナオが召喚魔法に臨んでいた、ちょうどその頃。


「あ、茶柱……」


 とか呟きながら天界の宮殿で、女神リルは呑気に緑茶を啜っていた。


 異世界『タナリス』にナナオを送り込んでから、既に現地時間で一週間近くが経過。

 魔法訓練場をブっ壊し、上級生に決闘を吹っ掛けたのには些かびびったが、さすがにこれ以上無駄な騒ぎを起こしたりはしないだろう。

 魔法学院で常識と、剣や魔法の扱いを学び、そして行く行くは――あの憎き魔王をコテンパンに叩きのめしてくれるハズ。


「ハァ。その日が今から待ち遠しいわね~」


 おせんべいの大袋を開け、お皿に移すのも面倒なのでそのままボリボリと袋を抱えたまま食べるリル。

 さて、今日の授業は召喚魔法訓練だったっけ? と、つけっぱなしのアナログテレビ『異世界モニター』に久しぶりに目を移してみる。


 画面の中には異世界の様子――現在は主にナナオの現在が映し出されるように設定されている。

 ちょうどナナオは小針を指の先に刺して、召喚用紙に血を垂らしているところだった。ナナオがどんな魔物を使い魔にしてみせるのか、リルもわりと楽しみに先行きを見守ることにする。


「………………ン?」


 異変に気がついたのは、その数瞬後。

 テレビとこたつの間に――何か。


「……ハ?」


 リルの口元から、ぽろっとせんべいの欠片がこぼれる。

 それも無理はなかった。目の前に、時空が無理やり切り裂かれてこじ開けられたような虚ろな大穴が出現していたのだ。

 リルはポカンと呆けたまま、どこからともなく現れた大穴を見つめる。


 これは。――これは、何度か見覚えがある。次元の異なる世界同士を繋ぐ扉だ。能力的には、リルの『異世界ドア』と同じ。

 でもその特性は確か……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……


 そして驚くべきはその穴の先に。

 ――見覚えのある目つきの悪い女装男子が突っ立っていた。


「「……え?」」


 目が合ったふたりは、ほぼ同時に発声した。


 ――ナナオはしばらく、目に見える光景の意味が分からず固まっていた。


 使い魔を喚ぼうとしたら開いた、大きな大きな暗い穴……その中が、見ている内にだんだんと明るくなってきて。

 かと思えば、宮殿のような内装、それにはまったく似合わない昭和な家具の数々、そして――こたつに入ってちゃんちゃんこを着ている女神の姿が見えたのだから、誰だって驚くだろう。そりゃそうである。


 驚いているのは向こう側に居る女神も同じらしく、久しぶりに目にしたその可憐な少女が、分かりやすく顔を真っ青に染める。


「う、嘘でしょアンタ――まさかアタシを――」


 その言葉の意味をナナオが噛み砕く前に、変化が起こった。

 ブラックホールのように開いていた穴から、突如として爆風が湧き上がり、悲壮な顔色のリルを……勢いよく引っ張り始めたのだ。

 巻き起こる強い風に、リルの背景にある家具やせんべいや緑茶が部屋の中をめちゃくちゃに踊り狂っている。


「ギャ――ギャアアアアアアア!?!?」


 およそ女神とは思えぬ品位の欠片もない悲鳴を上げるリルが、必死にこたつにしがみつこうとする。

 だが無駄だった。リルがしがみつく間にもバキバキッ、と音を立ててこたつの輪郭が軋みだし、暴風に晒されながらついには粉々に砕け散る。リルの目元を「ぶわぁっ」と涙が散っていく。


「ば、バカナナオッ! すぐにやめなさい、召喚魔法を取り止めなさい!」

「え!? やめろって言われても……あとスカートが捲れて大変なことになってるぞ」


 狼狽えるナナオに、目を血走らせたリルが叫ぶ。


「許さないわよッ! こ、このアタシを――つ、使い魔にする、なんてえぇっ!」

「ええッ!?」


 いよいよナナオは仰天した。女神リルが俺の使い魔?


「どうしました、ミス・ミヤウチ。誰と会話をしているのです?」

「さ、サリバ先生……!」


 様子がおかしいと察したのだろう、サリバが接近してくるので慌ててナナオは穴の全面に立って中の様子を隠す。


「な、何でもないんです! そ、それであの――召喚の中止ってできたりします!?」

「出来るわけないでしょう」


 バッサリだった。だと思った!

 だがそんな遣り取りをしている内に、他の生徒たちまでも周りに集まりつつあった。フミカやレティシアもだ。

 次第に背筋の震えが止まらなくなってくるナナオ。


 もしもみんなに、次は女神を召喚したなんて知られたら!

 しかもパンツ丸見え姿のパチモン女神を!


 ナナオは必死の苦笑いで誤魔化しつつ、未だ背後の穴の中で格闘しているリルに小声で話しかけた。


「(り、リル! ダメだ、召喚を止める方法はないみたいだ!)」

「じゃ、じゃあどうするのよ! アタシこのままじゃ、人間に召喚されちゃう! め、女神としての品位がぁ――()()()――!」


 空中クロールや空中平泳ぎで何とか持ちこたえていたリルだが、体力が尽きつつあるのかだんだんとその後ろ姿がこちらに近づいてくる。

 そのおよそ高潔と程遠い姿に今さら品位も何もないだろと思いつつ、ナナオは物が散乱している光景の中に……ひとつの可能性を見出した。


「(そうだ! その猫のぬいぐるみ!)」

「え? ああ、アンタに見せるために用意した子猫のぬいぐるみ? これが何よ?」


 目の前を飛んでいたぬいぐるみを、リルの腕が掴む。ぬいぐるみとは分からないほど精巧に造られた、その猫を。

 ナナオは叫んだ。


「(その中にお前が入っちゃえば――女神だってバレないんじゃないのか!?)」


 アドバイスを送るのと同時。

 ブラックホールのように渦巻いていた穴が、鈍く輝く。


「こ、これは……!?」


 サリバが上擦った声音で言うと同時。

 大穴の中から、ピカピカ光る小さな物体が、大砲のような速度で吹っ飛んできた。


「うぐッ!?」


 その物体をまともに胸に喰らったナナオが、後ろにひっくり返る。

 だがそれでは勢いが止まらず、光る物体は地面にぶつかり、跳ね、やがてまた地面にめり込むような形で……急停止した。


 土煙が晴れると、もうあの不可解な黒い穴は消えていた。

 そうして現れたのは、白い毛並み、そして菫色の瞳をした、高貴な子猫の姿――だった。

 その場にいる誰もが息を呑み、その神秘的な姿を言葉もなく見つめる。


「……えっと……」


 リル……なのか?

 話しかけようとして、起き上がったナナオは言葉を呑み込む。

 どうやらリルは、自分が女神だと周囲にバレたくない様子だったし、ナナオも気持ちは同じだ。もうこれ以上、変に目立ちたくはない。

 あとで人が居なくなった後にでも、こっそり話しかければ、


『ヤダァ~! 何なのもう!? 信っじられないんだけど!!』


 とか考えていたのが全部台無しだった。


『な、なんでアタシが、女神が、人間に召喚される側になってるのよ!?』

「しゃ、喋るなアホ! 今は黙って……!」

「使い魔が喋った……!?」


 じたばた暴れ回る子猫を前にして、ごくりと息を呑むサリバやクラスメイトたち。ほら! ほら!


「念話ではなく、発声して人の言語を用いるとは――この使い魔は魔物でも、幻獣でもない。まさか言い伝えにのみ残るとされる、伝説の神獣だというのですか……?!」

「し、神獣……!? 召喚魔法で喚べるのは魔物か幻獣だけなんじゃ」

「ナナオさんって本当に何者なの……ッ?」


 サリバの解説により一気に騒々しくなるクラスメイト。

 このままだとまずい! 咄嗟にナナオは暴れる白猫――リルを抱きかかえ、彼女たちに見えるよう大きく掲げた。


「いやいやいや、気のせいですよ! ただの猫だと思います! ほら見て、よく見て!」


 さすがに空気を読んだらしく、ハッと何かに気がついた顔をしたリルが、おずおずとその口を開く。


『……にゃ……、にゃあ~ん…………?』


 ……………………。


「――人が猫の声真似をするときの『にゃあ~ん』ですね、今のは」

「そうですわね。とてもじゃないですが猫の声とは思えません」

「……またナナオ君がやらかした」


 ぜんぜん駄目だった。リルの猫の声真似クオリティが低いばっかりに。

 絶望感を前に沈黙するナナオの横で、レティシアが挙手をする。


「サリバ先生。ナナオの使い魔は、先ほど自分のことを女神と名乗ったようですが……」

「いえ、それは有り得ません。もともと召喚魔法は、術者より下位か、あるいは服従の意志を持つ生物と血の契約を結ぶモノ。さすがにミス・ミヤウチより下位の女神は実在しないでしょう」

『何ですって!? アタシがナナオより下位の女神ですって?!』

「サリバ先生。また神獣が何かを叫んでいるような……」

狂暴化(バーサーク)状態の錯乱した神獣なのかもしれませんね。ミス・ミヤウチ、さっさと大人しくさせなさい。貴女の使い魔でしょう」


 火に油を注ぐようなことを次から次へと言うサリバに、しかしナナオも堪えきれずに叫ぶ。


「サリバ先生! あの、使い魔のチェンジってできますか!?」

「出来るわけないでしょう」

「そこを何とかお願いします!」

『このアタシを召喚しといてチェンジって何!? 失礼なんだけどっ!!』


 また余計な口開いてからにこの駄女神!


 ナナオはすっかり悄気ていた。

 大好きな猫なのに、外見は完璧なのに、それなのに中身は女神リル……。

 せっかくの使い魔召喚だというのに、失敗した感が否めない。誰か交換してくれないかな。


「いってぇ!」


 とか考えていたら腕の中のリルに噛みつかれた。フツーに痛い。

 リルは半目になるナナオに、焦りを多分に含む声で言い放った。


『ていうかダメ、ゼッタイダメなの、アタシをこの世界に召喚なんてしたら――()()()()()()()()()()()!!』

「もうとんでもないことになってるだろ……って、アレ?」


 そこで、ナナオを始めとする魔法科一年の生徒たちと、教師サリバは気がつく。

 あんなに晴れていた青空が、いつの間に暗く澱むような色合いになっているのだ。

 遠くの山間部では雷鳴さえも轟き始めている。

 しかもその腹の底に響くような音は、徐々に――このアルーニャ女学院の方向に、近づいてきている。


『来るわ……アイツが……魔王が、来ちゃう!』


 この世の終わりのような声で、リルが泣き叫ぶと同時だった。


 ズドォオオオオ――ッッ!

 雲と雲の合間。

 すぐ上空を稲妻が走り、ナナオたちの眼前の地面を穿ったのは。


「きゃあああっ!!」


 数人の悲鳴が上がる。強すぎる衝撃に、立っていられず相次いでよろめく生徒たち。

 全員が眩しさと恐ろしさに身体を丸めたまま、顔を上げられない中……ナナオだけは、緊張に頬を強張らせながら、雷の落ちた先を見つめていた。

 そこに誰かが、立っていた。


「……ま……魔王……?」


 黒い外衣(ローブ)の裾を翻した。

 何者かの暗い瞳が、深く被ったフードの向こうから、ナナオのことを見たようだった。



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