第15話.彼女と彼女のヒミツの話
本日は20時過ぎにもう1話更新予定です。よろしくお願いいたします!
すぐ近くでちゃぷん――、とお湯が動く音がする。
ナナオは驚き、身体を竦ませたが――やがてススス、と音もなく、お湯の中へと全身を沈め直した。
だって現在のナナオの格好はといえば。
赤茶色の髪の毛は短く、洗ったばかりの毛先もあっちこっちに跳ねていて。
胸は当たり前だけど、無い。そして下半身には……女子には無いモノが思いっきり居座っている。
一応タオルは持っているが、髪と胸と下半身、すべてを隠す術はない……。
現状のヤバさを再確認し、心底震え上がるナナオ。
ここで男だとバレれば、コポコポ・ザクザク・ポイポイッ程度じゃゼッタイ済まない。
学院中の女子たちから気持ち悪い生き物を見る目で見られ、最終的にはレティシアの光魔法で消し炭にされてランの土魔法で埋められてしまう。
こうなったら――レティシアとラン、彼女たちが浴場から去っていくまで気配を消す。
限界まで全力で消す。それしかない!
呼吸のために鼻から上だけ湯の中から出して、じっと静かに気配を消す。
ナナオは与り知らぬことだったが、かけ湯を済ませたレティシアとランは、さっそく湯船に浸かって身体を温めることにしていた。
ふぅ、と並んで溜息を吐くふたりの女子。そのシルエットは、湯煙の中でぼんやりとナナオにも見えていたが……ナナオはぎこちなく首の角度を変えて、そんなふたりから目線を外した。
顔が熱い。全身が火照っている。
かつてないピンチだと分かっているのに。いや、ピンチだからこそ――強く意識してしまう。
「もう、何だかこのまま寝てしまいそうですわ……」
……レティシアが、すぐ近くに裸で居る。
声の感じからして、本当に近く。ちょっと手を伸ばしたら、もしかしたら手が届きかねないくらいの距離に。
湯煙が立ち籠めていて良かった、と心底思うナナオ。でなければすぐにナナオの存在は看破されお縄についていただろう。
そんなナナオのドキドキは露知らず、会話しているランとレティシア。
「第九王女なのに、はしたないんじゃない? というか……何というか、随分とはしたないサイズのモノをつけてるわね」
「え? ――っちょ、ちょっと! どこ見て仰ってますの?」
「だって、お湯から浮き上がってるじゃない。いやでも目に入るわよ。服の上からでも大きいなとは思ってたけど……さすがに王女ね」
「王女関係あります!? わ、わたくしだって好きでこういうサイズになったわけではありませんからっ!」
浮き上がる……お湯から、浮き上がる!?
ナナオは混乱した。何だソレは。そんなものある? ふたりは何の話をしているんだ……!?
よくは分からないが妙に胸が騒ぐ。決して見てはいけないのに、気を抜くと気配の方へと顔が向きそうになってしまうほどに。
体温は上昇するばかりで、このままではうっかり逆上せてしまいそうだ。早々にお湯から出たいが、でも今さら、身体を動かしたらゼッタイに音でバレてしまう……。
ナナオが密かに悶えている間にも、レティシアとランは別の話題に移っているようだ。
「それで、その。こんなことを訊くのは不躾かもしれないんだけど」
「何でしょう?」
「あなたたちって……………………そういう関係なの?」
「は――――――はああぁあっ!?」
レティシアが素っ頓狂な悲鳴を上げる。その声は広い浴場内にキーン、と反響した。
まるでレティシアの声に急かされたようにして、女神像の持つ瓶からどどどどっ、と勢いよくお湯が流れ落ちてくる。
「なな、何を仰いますの!? わたくしたち女同士ですが!?」
「そっちこそ何を言ってるのよ。今時珍しいことでもないじゃない」
「そ、そうですけれど……! でも……!」
「あなたは、好きじゃないの? まるで物語に出てくる女騎士のように華麗で、それにミステリアスでもある――あの子のことが」
……何だ? 所々、よく聞き取れなかったけど。
夢中で聞き耳を立てていたナナオは、そこでふと我に返った。
――女湯に侵入した挙げ句、全裸の女の子たちの会話を盗み聞いてる俺って……なんかフツーに最低じゃね?
そもそも学院に男湯が無いので致し方ないことではあるけれど。
この状況を望んでいたわけでもないけれど。
もしかしたら自分は変態なのでは? と次第に落ち込んでくるナナオ。
そんなナナオの存在など露知らず、レティシアはわたわたと慌てたように手足をばたつかせている。
「え、あ、わたっ、わたくし――は、す、好きなんかじゃ、ありませんッ! それにそういう関係でも何でもありませんッ!」
「へぇ~……そうなんだ……」
「何ですかそのニマニマした笑い方はっ!? 下卑たハンバーグ先輩ですわねっ!」
「それはちょっとハンバーグに対して失礼なんじゃないのっ?!」
両者がぷんすかし始めた頃、しばらく精神統一していたナナオは――そこで決意を固めた。
……ここを出よう。
当然、リスクはある。それでも、このまま息を殺しているよりかはその方が遥かにマシだ。
そうと決めればナナオの行動は速かった。手持ちのタオルは小さいが、これはこう……誤魔化して……あとはお風呂場にあるコレも使って……
準備を終えたナナオは、一か八か――お湯の中から思いっきり立ち上がり、力任せに浴槽から飛び出した。
バシャアッ! とお湯が大きく跳ねる音と同時に、レティシアが息を呑んだ気配がする。
「! どなたかいらっしゃるの?」
「いらっしゃいません! サヨウナラ!」
しまった。反射的に返事しちゃった。
「え? その声は……」
呼び止められる前にナナオは脱衣所への全速力ダッシュを決める。
湯煙が晴れた中をまっすぐ突っ走るその後ろ姿はしっかりと、レティシアとランの脳裏に焼きつく。
そう――頭に桶を被り、背中から太腿にかけて、マントのように白いタオルを流したその後ろ姿が……。
…………。
「……あ、ナナオ君。お風呂から帰ってきたの……?」
ナナオがよろめきながら部屋に戻ると、気配で気づいたらしいフミカがベッドの上で目元を擦っていた。
しかしナナオには「ただいま」と返す余裕もない。
腕に引っ掴んでいたウィッグをベッド脇のサイドテーブルの上に取りこぼしながら、ボタンを掛け違えたパジャマ姿で、ふらふら……とナナオは自分のベッドへと飛び込んだ。
「フミカ」
「……なあに?」
「俺、もう二度とお風呂には入らない……」
「……不潔」
ごもっともだった。
――翌日。
教室に入ったナナオはそこで、今日も優雅に着席していたレティシアからさっそく「じー」と睨みつけられてしまった。
ぎこちなく後ろを通り過ぎようとしたところで、当たり前なのだが呼び止められる。
「おはようございます」
「……お、おはようございます」
「ところでナナオ。アナタ昨夜……居ましたわよね?」
「……あ、ハイ……」
もはや蒼白な顔色で頷くしかないナナオ。話しかけられて返事までしてしまったのだから、今さら誤魔化しようはなかった。
しかしレティシアはそこで、ナナオの耳元にその形の良い唇をそっと寄せてきた。
こしょこしょ、と恥ずかしそうに囁いてくる声にナナオはどぎまぎしつつ、その声に耳を傾ける。
「……き、聞こえました? あの……わたくしたちの……話」
「話……?」
「そ、その? 誰と誰が、どう、みたいな。どう思って……るか……みたいなっ?」
珍しく要領を得ないことを言い出すレティシアに首を傾げるナナオ。
確かにレティシアとランは何かの話で盛り上がっていたけど……そこでナナオは昨夜の出来事を思い返し、勢いよく拍手を打った。
「……ああ! お湯からはしたないサイズのモノが浮き上がるって話!?」
――その日一日、レティシアに口を聞いてもらえずますます落ち込んだナナオであった。