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第12話.圧倒的な実力差

 

「――――ああーッッ、もう!!」


 ――所変わって、天界。

 地上を見守る神々の住まう、麗しき楽園。

 虹色の綿雲が宙を舞い、オーロラの如き光が棚引く、天上の空間。


 その一角にある純白の宮殿にて、ひとり頭を抱える女神の姿があった。


 白銀の髪の毛に、菫色の瞳をした女神リル。

 ナナオを、自分が管理する別世界『タナリス』へと送り込んだ張本人である。


「なによ! なによ! なによーッ! どうしてなのよーッ!」


 淡く発光するかのような髪の毛を力任せにぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、女神はきぃきぃと甲高い声で喚いている。

 姿勢(ポーズ)はあぐら。女神特有の薄い衣の上にはちゃんちゃんこ。

 宮殿内にどっかりと置いたアナログテレビの前で、こたつの上に置いたおせんべいをぼりぼり齧りながら異世界鑑賞するのが、リルの日課であり、毎日の楽しみ……ならぬ、大事な役目なのである。


 そう、楽しみ……ではなく、リルには大事な役目がある。

 魔王討伐のため異世界に降り立ったナナオが、無事に任務を果たすために陰ながら助太刀すること。

 今までリルは主に、困っているナナオの上空から直筆の手紙を降らして、哀れな子羊ナナオの進むべき道を指し示すことに尽力してきた。それはもう一所懸命にやってきたのだ。


 それなのに、とリルは我慢できず叫ぶ。


「魔法力試験だかのときもそうよ! なんで・いちいち・屋内でやるのよー!」


 ――そう。

 最近、なぜかナナオが困っているときの舞台は大抵、屋内。

 こうなるとリルが秘密道具『返事いらないポスト』に何度手紙を投函したところで、屋根に阻まれたり鳥に持って行かれたりして、手紙は肝心のナナオの手元に届かないのだ。

 あ、ほら今も女学院の屋根の上にひらひらと落ちて行っちゃった……。リルもこのままでは腱鞘炎になりそうである。宮殿にコピー機を導入して、千枚くらい刷りまくってから投函した方がいいのかしら?


 ……また、日本語で書かれたその手紙はナナオ以外の人間には解読できないと高をくくっていたリルなのだが、地上では別の問題が発生していたりもする。


「何かしらこれ、見たことの無い文字だわ……」

「魔術研究機関に報告しましょう。古代文明(ロストテクノロジー)の産物なのかもしれない!」


 こんな感じで、手紙を拾い上げた女性がそれを手に各機関に報告していたりするのだった。だがそんなことはリルには関係のないことだった。


「学生はもっとお外で遊びなさいよ! 屋外にドデカい円形闘技場(コロッセウム)でも造りなさいよ! ていうかそもそも魔王倒しに行きなさいよ何で上級生と決闘してるのー!?」


 しばらくリルは好き勝手に喚いて暴れ回った。

 暴れ疲れてからは、こたつに身体の大部分を突っ込んで不貞寝することにした。

 それはもう深い深い溜息を吐きながら。


「……あーあ、心配ね」


 本当に心配で心配でしょうがない。

 だって、


「アイツ、相手のこと()()()()()()()()()()()……?」



 +   +   +   +   +



 ――ヒュッ!


 風を素早く裂くかのように突き出された、木刀の切っ先。


「ッ!」


 額に迫るそれを何とか、紙一重で避けるラン。

 体勢は崩されたが、それでもランが細剣を突き出したのは単純に負けん気が働いたからだった。

 だがそんな力任せの一撃は、相手の身体を掠りもしない。


 突き出していた木刀を引っ込めたナナオが、細剣の鋭い切っ先を()()()ように横に流してしまえば、ランは為す術なく身体のバランスを崩してしまう。


「うっ! ううっ!」


 しかし平民を相手にその場に倒れ込むなどと、ランのプライドが許すことではない。

 片足に全力の力を込め、何とか飛び退くようにして後ろに下がる。


「わ、ととっ」


 追撃しようとしていたのだろう、木刀を横薙ぎしかけていたナナオが、落とす前にそのオンボロの刀を宙に投げ、一秒後にそれをキャッチした。

 赤茶色の長い髪を揺らしながら、くるくる……と手の中で回し、再び胸の前で構える。

 鮮やかな手さばきに、観客席からは、ほぅ……と熱っぽい溜息が洩れた。


「さすがですね、先輩!」


 息ひとつ上がっていないナナオが言い放つ言葉も、ランには性質の悪い挑発のようにしか受け取れなかった。


「はーっ、はーっ……!」


 震える手で細剣を握りしめ、荒い呼気を吐くラン。

 頬をだらだらと流れていく汗は、もはや拭う気力さえない。


「ら、ラン様……」


 観客席の、ランの応援のために集まったメンバーにも動揺が走っている。

 それもそのはずだ。何せランは、決闘が始まってからの十分間、ひたすらナナオの猛攻に圧倒されていただけなのだから。

 しかも――彼女たち八人もの女生徒から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――なんで? なんなの、この子?


 ランは混乱していた。


 ラン・ヘーゲンバーグには、剣の速さでは誰にも負けないという自負があった。

 否、正しくは、ランは現生徒会長である――あの()()()()()()()()には、一度も勝ったことがない。

 だがそれでも、ランの剣の腕前であれば、学院に入学したばかりの無名の新入生など、取るに足らない相手のはずだった。バフだって、念のための下準備であって、そんなものなくたってランならば容易く勝利できるはずだったのだ。


 なのに、それなのに!


 ランは歯軋りする。悔しさと苦悶に顔が歪む。

 相手は真剣でさえない。観客席の誰かが同情か何かで投げた木刀を用いて、手に馴染まないだろうその玩具のようなアイテムを用いているだけ。

 実際に、構えも隙だらけだ。剣の稽古をつけられた経験さえ無いのではないかと思う。基本がなってないし、計算的でもない。子どものごっこ遊びみたいなレベルなのだ。さっき木刀を取りこぼしかけたのも、戦場では命取りのミスでしかないのだ。


 それなのに――その剣は恐ろしいほど速く、鋭い。

 そして破天荒で、次の動きがまったく読めない。

 次にナナオがどんな攻撃を仕掛けてくるのか? それがランは……こうして相対しながらも、恐ろしくて密かに歯を鳴らしている。


「ミヤウチ・ナナオ……ッ!」


 憎悪に染まる声音に対し、木刀を手に向き合うナナオはといえば。

 口元はキュッと引き締めてはいたものの、実はちょっぴり自分の剣の腕に感動していたりした。


 ――俺、わりと動けてるかも?


 たぶん。……おそらく。きっとそうだ。大丈夫大丈夫、とナナオは自分自身に言い聞かせるように首を動かしてみる。


 現代日本でのほほんと暮らしてきたナナオは、無論剣術を習ったことなどない。

 だがしかし、そんなナナオにも唯一、それっぽい経験は存在していた。


 ――まさにランが考えていたこと。

 つまり、何を隠そうちゃんばらごっこである。


 兄弟も友人も居なかったナナオだが、祖父はそんなナナオをよく可愛がってくれ、遊びに行くとよく庭でちゃんばらごっこをしたものだった。

 お正月。春休み。ゴールデンウィーク。夏休み……そんな感じで、長期休暇のたびに両親と共に里帰りしたナナオは、祖父と新聞紙を丸めてはちゃんばらごっこに臨んでいた。その行事は、数年前に祖父がぎっくり腰になるまで続いている。


 ランの動きにどうにかついていけるのも、じいちゃんのおかげだなぁ……と故郷の祖父を思い出すナナオ。


『違う! 違うっつーの! アタシのおかげでチートが発揮されて体力や運動神経が常人離れしたレベルに底上げされてるだけで、別にアンタのじいちゃんのおかげじゃないわよ! それもちょっとはあるかもだけど! ていうかもっと驚いて感動しろや!』


 頭の中でうっすらと騒がしいなにかが聞こえた気もしたが……今はそれどころではない。ナナオは木刀を再び構え直し、ランとの距離をゆっくりと詰める。

 そろそろ身体も温まってきた。勝負を決める頃合いだ。


「…………けない」

「ん?」


 ナナオは目を見開く。目の前のランが、何かを呟いたようだった。


「……けない。負けない。私は……ゼッタイ……」


 ランの澱んだ暗い瞳に、一瞬ナナオが止まる。

 その隙を突いてランは一目散に走り、闘技場内に数十本ある柱の内の一本の陰へと隠れてしまった。


 ……剣術で決闘をする。そう白昼堂々と宣言したのはランである。

 そして教師が審判している中、多くの観客が居る衆人環視の中、不正な手は使えない。誰もがそう思っていたし、ラン自身も認識していた。

 だけど――要は、バレなければ。不正だと気づかれなければ。


 柱に隠れたランの口元に引き攣った笑みが滲む。勝ちを捨てるつもりは毛頭ない。

 昔からずっと周囲に比較されてきた。ひとつ年下ながら優秀で、どんな女より美しく聡明なレティシア・ニャ・アルーニャと。

 母親には毎日のようにぶたれた。どうしてこんな簡単なことも出来ないの? あの汚れた第九王女は誰に教わらずとも、何でも器用にこなせるのに、どうしてアンタは……と。


 だけど違う。本当は自分の方が優れている。平民出身の父親から生まれたレティシアなんかより、ずっと努力して、辛い日々にも耐え抜いてきた。

 だからこそ、あの憎きレティシアからお気に入りの少女を奪い、こっぴどく捨ててやりたい。

 いっそ、誰にバレたところで構いはするものか、とランは嗤う。


 もはや、この決闘でナナオの命さえ、奪ってしまえれば!


「【土石崩し(アースブレイク)】――」


 なけなしの集中力を手繰り寄せて。

 後ろ手に柱に触れながら、そう唱える。


 ボゴッ! ボゴッ! と柱の中に次々と気泡のような土の塊が膨らんでいく。

 これもランの仕掛けの一つだ。

 アルーニャ女学院の建築物は、一流の魔法士たちの祈りによって幾重もの魔法効果に守られている。本来ランひとりの魔法では、柱一本であっても傷つけることはできはしない。


 だが、内部からの攻撃に対しては、その防御性は若干だが弱まる。

 だからこそランは約一年前、この魔法学院に入学したときから、いつかこの闘技場を使うそのときのために……毎日同じ柱に向けて、土魔法を放ち、少しずつ柱の基盤を緩めていた。


 その努力が実ったことを理解し、ランはほくそ笑む。

 土魔法【土石崩し(アースブレイク)】。その効果によって土を含む柱は半ばから崩落していく。

 今まさに、ランを追撃するため迫っているだろうナナオの――その脳天に向かって。


 観客席から連鎖的な悲鳴が上がる。何人かは立ち上がり、口元を抑えている。

 審判のサリバが咄嗟に魔法を放つ構えを取っているが、この距離ではおそらく彼女でも間に合いはしないだろう。


 そして。

 ナナオが潰されるその最高の瞬間を目撃しようと、振り返ったランが目にしたのは……あまりに意外な光景だった。


「先輩、危ない!」

「え――」


 背中に翼が生えているかのように。

 猛スピードで突っ込んできたナナオの腕が、ランに伸びてきたかと思えば――次の瞬間には、柱の形を失った瓦礫がふたりの上へと降り注いだ。



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