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第11話.決闘開始

 

 その後、魔法科一年の担当教師だというサリバ先生が教室に入ってきたことで、騒動は一時的にだが収まることとなった。


「決闘の方法は一対一の剣術よ。ナナオさん、それじゃあすぐ後に……ね」


 ランは不穏な笑みと共にそう言い残し、取り巻きと共に教室を出て行った。


 すぐ後? どういう意味だ? と顔を顰めるナナオだったが、サリバの「またお前か」とでも言いたげな冷たい目線の前では、ランを追うことなどできるはずもない。そのことは早々に頭の片隅に追いやることにしていた。


 ちなみに授業の内容は、初日ということもあってか簡単なものだった。アルーニャ王国の成り立ちとか、王族がどうのとか、そんな大枠の話だ。おかげでちょっぴり異世界に詳しくなった気がするナナオである。


 それと学院内を生徒全員で歩き回りながら、施設の案内も受けた。

 その間、というか一日中、隣の隣の席の金髪美少女から痛いくらい視線の集中砲火を浴びていたナナオだったが……当の本人は話しかける前に、授業が終わると同時に教室を去ってしまっていた。


 そして現在。

 例のランの言葉の意味は授業が終わった後、すぐに明らかになった。


「ああ、そうでした。――ミヤウチ・ナナオ」

「はい?」


 教本を片づけていたサリバに声を掛けられ、ナナオは慌てて立ち上がる。

 サリバはあくまで淡々と用件を口にした。


「一時間後、学院最上階にある闘技場でラン・ヘーゲンバーグと貴女の決闘が行われる運びとなりましたので。この後すぐ向かいなさい」

「い……」

「返事は?」

「は、はいっ! すぐ向かわせていただきます!!」


 よろしい、と頷き教室を出るサリバ。

 ナナオはといえばその場に突っ立ったまま、呆気にとられるしかなかった。

 ……決闘、一時間後なの? 


「一時間後だって!」

「早く席取りしましょう!」

「でもでも、上級生の皆さんが既に陣取ってるんじゃ!?」

「が……がんばってね、ナナオさん! 一応――応援してるから!」


 聞き耳を立てていたらしいクラスメイトたちが口々に叫び、慌ただしく教室を飛び出していく。

 結局、最後に残されたのはナナオとフミカのふたりだった。

 椅子から立ち上がったフミカをナナオが見遣る。無表情のフミカは何となく、いつもより不機嫌そうだ。


「……これもおそらく、ハンバーグの策」

「え? どういうこと?」

「……直前まで相手に、準備させないってコト。サリバ先生も、向こうの肩を持ってるのかも」

「あぁ、なるほどなぁ」


 単純に感心するナナオだったが、フミカはちょっと頬を膨らませている。


「なるほどなぁ、じゃない。ナナオ君……剣は扱えるの?」

「いんや。最後に包丁を持ったのも小学校の調理実習かな」

「しょーがっこー……ちょーりじっしゅー?」


 言葉の意味がよくわからず、小首を傾げるフミカ。


「まぁ、何とかなるよきっと。俺たちも闘技場に行ってみよう」


 あっけからんと笑うナナオに、フミカが「ハァ……」と溜息を吐いた。



 +   +   +   +   +



 授業中に案内を受けた場所のひとつである、闘技場。

 血の気の多い名にそぐわず、アルーニャ女学院の闘技場は、チャペルのような内装を施された美しい場所である。その理由は、この闘技場が作られた理由にこそあった。


 始まりは、数十年前――姉妹契約(シスターズ)を複数の上級生から申し込まれた下級生が返事に窮したこと。

 誰が契約を結ぶか判断するのに、お互いの実力が浮き彫りとなる決闘という手段は実に手っ取り早かった。つまり、勝ったほうが当然、勝者として下級生のネクタイを得ることができるのだ。

 今回の場合はちょっと事情が違うのだが、そのあたりはランが手続きの際にうまく誤魔化したようだった。


 そして闘技場の端に設けられた観戦席――本来は争いの種となった下級生が着席すべき場所――には、決闘を見物するために集まった女生徒たちが、学年に関わらず続々と集まりつつあった。

 魔法の才能に溢れた少女たちといえども、決闘といえば大抵の街や騎士団では風物詩のようなもの。

 しかもそれを行うのが二年次席と、最強魔法を扱う噂の新入生と聞けば、平静でいられる者などいるはずもないのだ。


「うわ、いつのまにこんな騒ぎに……」


 ナナオがフミカと共に闘技場に姿を現すと、観客席には小さなざわめきが走る。

「へえ、あの子が?」みたいな白けた上級生たちの反応を受け、アウェーな空気にナナオはぎこちなく苦笑した。


「……これもハンバーグの策略に違いない」

「考えすぎだってフミカ。俺、悪い意味で注目集めちゃってるから」


 そうナナオは頬を掻くが、実際の所、観客席の前三列は、取り巻きふたりを筆頭にランの息がかかった女生徒で埋まっていたりする。

 審判も学院の教師が務める以上、神聖な決闘でバレずに不正な手を使うのはほぼ不可能に近い。だが不正だと断じられない程度に策を弄するのは、ランの得意技でもあったのだ。


「じゃあ、フミカも観客席で見ててくれ。必ず勝ってくるからさ」

「……うん。ナナオ君のこと、信じてる」

「任せとけ! って――イタタ」


 腫れた右の頬が痛んでしまい、涙目で抑えるナナオ。

 最後まで心配そうにしつつも、フミカはその場を離れていった。


「う、いってぇ……」


 引き攣ったような痛みのある頬に涙目になりつつ、ナナオは闘技場内を見回す。

 狭い観客席は埋まりつつあるが、未だランは姿を現さない。

 サリバ先生に告げられた開始時刻まではあと十分ほどだが――と首を傾げたところで、先ほど駆け上がってきた螺旋階段の方で、金色の何かがサラッと動いた気がした。


「……ん?」


 気になったナナオはたったかと小走りし、階段に近づいていく。

 だが手すりに身を乗り出して階下を覗き込んでみても、特に目立つものは見当たらない。

 もしかして、と振り返り、開け放たれた大扉の後ろ側を確認してみると、そこにその少女は蹲っていた。


「レティシアじゃん。どうしたの?」

「わひゃあっ?!」


 文字通り飛び上がるほど驚いたらしい。

 慌てて立ち上がり、スカートの汚れを軽く払ったレティシアが扉の影からすごい勢いで出てくる。


「ち、違っ――決して決闘の行方が気になったわけではなく! アナタが心配なわけでもなく!」

「決闘のことを気にして、尚且つ俺のことまで心配して来てくれたんだね」

「だから違うと! 言っておりますが!」


 ひとしきり赤い顔で否定を繰り返した後、レティシアが真剣な顔をして言った。


「……本当に違います。わたくしは忠告を、しに来たのです」

「忠告?」

「今からでも遅くありません。恥を忍んで逃げるべきですわ、ミヤウチ・ナナオ」


 対するナナオは――迷わず、首を左右に振った。


「ううん。俺は逃げないよ」

「それは、……わたくしのため、ですか?」


 訝しげに眉を寄せるレティシアに、再度首を振り、ナナオははっきりと答えた。


「ううん。俺のためだ。俺はキミに、人殺しをしてほしくないんだよ」


 びくり! とレティシアの肩が跳ねる。

 信じられないものを見るように、美しい碧眼は見開かれ、その中心にナナオを捉えている。


「――――ど、どうして」


 呻くように呟くレティシアに、ナナオは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「ラン先輩がお父さんのことを悪く言ったとき、レティシアは魔法を使おうとしてた」

「――!」

「キミは左利きだ。ラン先輩と話していたとき、右手で左手をしっかり覆い隠していたけど、そこから微かに光が洩れてた。魔法発動の兆候だ」

「……なら、アナタが自らを傷つけたのも……」

「ビックリしたキミの集中力が乱れればいいなと思ったんだ」


 悲しげに微笑むナナオの頬は腫れている。

 フミカが水魔法で冷やして多少はマシになったが、それでも、強すぎる拳で殴りつけた跡は痛々しく残っているのだ。


 その顔を見ていたからか……レティシアの美しい唇は、今まで誰にも話したことのないような言葉を、ぽろっと洩らしていた。


「お父様は――お父様のことを知らない誰かが足蹴に語っていいような人物では、ないのです」


 震える声に、ナナオは耳を澄ます。


「やさしくて、いつも笑顔で、それで……温かな人だった。姉妹に虐められて泣くわたくしを、いつだって抱きしめて髪を撫でてくれた。レティは悪くない、全部お父さんが悪いんだよ、ごめんねって……そんな風に、何度も繰り返していた」

「…………」

「でも、そんなの――……何が真実か、なんて大衆はどうでもいいのですよ。平民の出である父とわたくしは、王家にまつわる不祥事でしかない。面白おかしく扱われ、消費されるだけの弱者で……それを知りながら母も……女王も、見て見ぬフリをしている」

「そうか。この国は王様じゃなくて女王様が治めてるんだよな」


 それは今日の授業でサリバ先生に習ったことだった。

 アルーニャ王国を総べる最強の女王。一年に一度だけ、秋の創国記念の祭りの日だけ国民の前に姿を現すというその女性は、王女であるレティシアにとっては母親でもあるのだ。


 父のことを話すレティシアの瞳は、泣き出しそうなほど潤んでいた。

 だが、その瞳からは一滴の涙も零れない。レティシアが毅然と顔を上げていたからだ。

 その凛とした表情を見て、ナナオは思う。結局、ナナオが邪魔をしなくても、レティシアはランに対して魔法を放ちはしなかったのだろう。


 この子はそういう子なんだ――と。

 そう思うと、自然と笑みが口元に浮かんだ。


「レティシアは、俺が負けると思ってる?」

「……ヘーゲンバーグ家は剣の腕だけで上級貴族にのし上がった家系です。その中でも彼女は幼い頃から才女として名を馳せている。確かにアナタの魔法の腕前は大したものですが……決闘方法が剣術である以上、アナタが勝てる可能性は、万に一つも無いでしょう」

「じゃあレティシア、俺と賭けをしよう」

「賭け?」


 僅かに首を傾げるレティシアに、ナナオは大きく頷く。


「賭けの対象は俺とラン先輩の決闘の勝敗だ。

 ラン先輩が勝ったら、俺は先輩の妹になって、寮の部屋も同室になっちゃうらしいからさ。そうなったらフミカが寂しいだろ? だから、フミカとルームメイトになってくれ」

「……それってわたくし、何か得します?」


 微妙な反応のレティシアに、そっとナナオは近づく。


「で、俺が勝ったらさ――」


 ごにょごにょごにょ、とナナオはレティシアの耳元でそれを囁いた。


「……何ですかそれ」


 呆れたような顔をするレティシアに、「大事なことなんだよ」とナナオは胸を張って言い張る。


「ナナオさん! そろそろ心の準備はいいのかしら!」


 すると闘技場内から、ランがナナオに向かって呼び掛けてきていた。

 レティシアと話し込んでいたと分かっているのだろう、嘲笑するように歪んだその顔に、レティシアは白けた目線だけで応え……くるり、と顔の向きを変えてナナオを見た。


「――賭けの内容に関しては了承します。それはともかくとして、アナタは怪我なく戻ってくること! いいですか?」

「うん。了解した」


 そんなレティシアに手を振って、ナナオは再び場内へと足を踏み入れる。

 闘技場では、既に決闘相手のランと、審判役らしいサリバ先生が待ち構えていた。

 ランの両手に握られている輝く細剣を目にして、ナナオはぱちぱちと瞬きをする。


「……真剣ですか? 木刀とかじゃなくて?」

「当たり前でしょ。これは公式の決闘なんだから。ああそれとも……怖じ気づいちゃった?」


 にやり、と笑うランに、「いやいや」と首を振るナナオ。


「俺は木刀でやりますから、大丈夫です。先輩は別に気にしなくていいですよ」

「は――」


 侮辱されたと受け取ったのだろう、ランの頭に血が昇りかけるが、


「……それで、武器は? 木刀とやらの用意はありますか?」


 あくまで冷静なサリバが割って入る。


「もちろ――」


 元気よく肯定しかけたナナオだったが――その途中で思い直す。

 用意……ないな、フツーに。教室を出てそのまま、ここまで慌てて来たんだし。そんなもの準備する時間はなかったのだ。

 てっきり何かしら武器は揃えてもらってるのかな、とか思ってたけど……。


「あら、どうかしたのかしら? 武器の準備がないの? それじゃ決闘にはならないけど?」

「……えーっと……」


 困った、と渋面になるナナオ。

 勝負方法は決めてもらっていい、と言ったのはナナオだ。ランが剣での勝負をと即答した以上、今さらその決まりを変えろというのは筋が通らない。

 つまりこのままだと、ナナオは剣を用意しなかったものとして反則負け。勝負する前からの敗北が決定づけられてしまうのだ。


 だがそこで、一部始終を見守っていた観客席に、変な感じの動揺が走った。


「あれ?」


 ナナオは目を見開く。

 観客席から、闘技場内に向かって何かが降ってきたのだ。

 すぐその正体に気がついたナナオは慌てて駆け寄り、拾い上げる。

 ――木刀だ。薄汚れてはいるが、長い刀身はナナオを勇気づけるようにまっすぐ天へと伸びている。


 ……誰かが投げてくれた?

 だが、この状況でナナオに味方してくれる人物はかなり限られている。

 数少ない顔見知りであるフミカは、ナナオと目が合うと困ったように肩を竦めている。となると、フミカが用意してくれた物ではなさそうだ。

 でも、何はともあれ、その誰かのおかげで決闘には臨めそうだった。


「誰か分からないけど、助かりました! ありがとう!」


 木刀を振り回しながら観客席の何者かに向かってお礼を言い放ち、ナナオは再び勝負の場へと戻る。

 ランは既に細剣を構えている。数メートルの距離を空けて、ナナオも木刀を構えた。


「これよりラン・ヘーゲンバーグ並びにミヤウチ・ナナオ、両名の決闘を開始とします。時間は無制限。魔法の使用は一切禁止とします。闘技場外に離脱した場合も反則負けとします。

 ふたりともここが神聖な学舎であると胸に刻み、卑怯な真似はしないように。また、お互いの命を奪うことは禁じ手とします」


 ナナオとランは同時に頷く。

 そして――サリバの冷徹な声が、勝負の時を告げる。


「それでは――始め!」



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