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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第七章 悪魔と恋の取引を

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六話 口実ならいくらでも

 白亜を見上げるのは、もう何度目になるだろうか。

 リーズに連れられて、陽が落ちる直前にナイトレイ伯爵邸に辿り着いた私は、にこにこ顔の家令に「晩餐ばんさんのご用意が整っております」と出迎えられて困惑した。


 ダークの予見性も飛びぬけているけれど、このおじいさんの先回りは輪をかけてすごい。私と同じく『悪役アリスの恋人』を何度もプレイしていたとしか思えない動きだが……。


(まさか『前世で悪役令嬢が主役の乙女ゲームをプレイしていませんでしたか?』なんて聞けないわよね)


 そんなことを尋ねたら、確実に『変人』キャラクター枠確定だ。

 とぼとぼ廊下を歩いていると、リーズは私にささやきかけてくる。


「あの家令、怪しくない? アタシたちが来訪するって、知っていたみたい」

「ダークほどの変人に振り回されて、勘がするどくなっているのかもしれないわ」

「ふぅん。アタシも、そのくらいの人間になりたいものだわ」


 私は、おじいさんになっても自分のそばにいるリーズを想像した。

 だけど、今の彼がおじいさんになった姿は上手く思い描けない。


「そのときが来たらのお楽しみかしら」



† † †



 晩餐室の扉が開かれる。と同時に、ひどい泣き声に耳を貫かれた。


「「うわーーーーーーーーん!!」」


 それに合わせて、曇りなく磨かれたシルバーの食器、フォークやナイフ、お茶請けのクッキーまで、ありとあらゆる物が縦横無尽に飛び交っている。


 物を手当たり次第に投げ合っているのは、左右の壁際に座りこんだトゥイードルズ兄弟だった。

 二人の間を、ヒスイが行ったり来たりして交互になだめている。


(ダークは……いない?)


 十人掛けの長テーブルが置かれた広い晩餐室は、ナイトレイ伯爵家の家紋が刺繍ししゅうされた濃紺色のフラッグと、白百合彫りのマントルピースが優雅な一室だったが、そこにしっくり当てはまる当主の姿はない。


 私はリーズと並んで、障害物をさけながら壁際を歩く。


「今度は椅子にでも変装しているのかしら?」


 倒れた椅子を見ながら冷ややかに言ったとき、長テーブルに敷かれた白いクロスがめくりあがった。


「やあ、アリス。待っていたよ」


 顔をのぞかせたのは、石張りの床に腹ばいになったダークだった。

 飛びかう食器類から避難していたらしい彼は、部屋の惨状さんじょうにふさわしくない笑顔で見上げてくる。


「見てご覧、とっても元気な双子だ。君と明るい家庭を築けそうで嬉しいよ!」

「まるで私との間に子どもが産まれたような言い方をしないで。私は、うちの子を放任主義ほうにんしゅぎで育てるつもりはないわ」


 私は、ポシェットから拳銃を取りだすと、真上に向けて撃った。

 ダン、ダン、と続けて二発。


 突然の銃声に泣き止んだ双子は、同じタイミングで振り向いた。


「あ」

「り」


 私を見つけて、ぱあっと顔を明るくした二人は、いつものように名を呼びかけてから、シュンと肩を落とした。


「……どうしたの?」


 眉をひそめると、双子は思いつめた顔で口々に言う。


「だって、ぼくらはアリスとちがうもの」

「アリスとぼくらは、ちがったんだもの」


 彼らは、『悪魔の子(スティグマータ)』である自分らと、烙印スティグマをうけていない私に大きなへだたりがあると理解していた。

 けれど、私にだって持論じろんがある。


「同じよ。私も悪魔によみがえらされた人間だわ。『烙印』を受けていなくても、『悪魔の子』なの」


 ジャックは『烙印』さえ受けなければ、死後に天国へ昇れると解釈かいしゃくしている。

 だが、私はそうは思わない。


 よみがえっておいて天国に上るなんて、神をもたばかる行為こそ何より罪深いからだ。


「私も、あなたたちと地獄に落ちるわ。そういう運命なのよ」

「「ほんと?」」


 ダムとディーの瞳が揺れた。

 泣き過ぎて真っ赤に染まったそれに、私は大きくうなずいて見せる。


「ええ。だから、ずっといっしょにいられるわ。地獄まで――」


 言いかけた私の腰元に、駆けてきた双子が左右から抱きついた。


「ぼくらは、アリスを嫌いになったんじゃないの!」

「アリスに嘘を吐かれてたのが、いやだったの!」


「だから」

「だからね」


「「だいすきだよ」」


 直球の許しをもらえた私は、彼らの背に腕を回して抱きしめた。


「私も二人が大好きよ。隠し事をしてごめんなさい。またいっしょに暮らしましょう」


 二人は顔をドレスに押しつけて、ぐしぐしと涙を拭った。

 床に頬杖をついて見守っていたダークは、ぽつりと一人ごちた。


「まるで、真冬に木の枝の上でくっつく親子鳥みたいだね。温かそうだな……」


 その横に立ったリーズは、「何を今さら」と呆れ顔で彼を見下ろした。


「リデル邸はいつだって温かいわよ。お嬢がいるんだもの」

「知ってるさ。俺もそれに救われた身だ」


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