十話 漆黒の瞳
温室にやってきたリーズは、アリスとダークが隣り合わせでお菓子を食べているのを見て茶化してきた。
ゆったりしたセーターと細身のズボンは黒く、首に巻いたトレードマークの濃淡ピンク色のストールが目立つ。
全体的に暗い服装に、そこだけ明るい色を持ってきているからか、出会い端に首だけが浮いているように見えることもあった。
温室が明るいおかげで見間違えずに済んで、ダークはいくぶんかホッとする。
「こんにちは、リーズ君。リデル男爵家のお茶菓子が恋しくてね」
「…………」
ダークが話す間、アリスは真っ赤な瞳でじっとリーズを見つめた。
心なしか瞳孔が開いていて、瞳全体が黒っぽい。
普段は、ルビーの大玉のように曇りがないのに。
「アリス?」
ダークの呼びかけにはっとして、アリスは我に返る。
「ごめんなさい。何のお話をしていたの?」
「……ジャック君のお菓子は最高だと話していたんだよ。そういえば、バレンタイン頃に女王陛下が王宮で舞踏会を開催するそうなんだ。君の分の衣装も準備しているから期待してくれ。愛の日を象徴する素晴らしいデザインにした」
「私のドレスは装飾を控えめにお願いしたいわ」
半目で呆れるアリスはすっかりいつも通りの辛辣さだ。
(またあの目だった)
アリスの瞳の変化に気づいたのは、アーク校でグリフォンに追いかけられた夜。離島を離れても、彼女はたびたび先ほどのような状態になる。
アリスに何かが起きているのは確かだ。
リデルの子たちは意識していないようなので、ダークが注視していくよりないだろう。
「今日はこれでお暇しよう」
ダークがステッキを持って立ち上がると、ちょうどジャックがカバーをかけた皿を手に温室へやってきた。
「ナイトレイ、もう帰るのか? せっかく特大プディングが焼き上がったのに」
カバーが外されると、料理から出てはならない黒煙が立ち上った。
白い大皿の上に、まん丸の炭がのっている。
焼き時間を三時間ほど間違えたようである。
ダークは、精いっぱいの作り笑いを浮かべて、帽子を軽く持ち上げた。
「番犬君の手料理はまた今度にしようかな。次は舞踏会の打ち合わせをかねて来るよ」
明日のおやつは焦げ焦げでないことを祈って、ダークはそそくさとリデル男爵家を後にした。




