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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第八章 アリスと不死者と怪物と

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二話 崩れる牙城、遺された者

 胸の中央がチリッと熱くなり、光の帯が四方八方へ、凄まじい速さで伸びていった。

 教師たちは、腰を抜かしたり逃げようとしたりしたところを絡めとられる。

 キャタピラ校長も光に体を拘束されて、眉に隠れた目を白黒させていた。


「なんじゃこれは……」

「私の異能ですわ」


 率直に明かすと、校長の顔が驚愕に歪んだ。


「異能を持っているじゃと……。君たちは悪魔の子なのかね?」

「今さらお気づきになりました? 気づいても手遅れですけどね」


 冷静に答えるが、私の内側では怒りの感情が燃えさかっていた。

 激情は異能に力を与える。私の怒気も、光を伝って教師たちへとなだれ込み、これまで体の時を止めていた術とぶつかった。


 校長たちの足元に橙色の時計が広がる。あれはロビンスの紋章だ。

 私の異能はロビンスの術とぶつかり合う。しかし割れない。力不足なのだ。

 じりじり拮抗していると、ダークがステッキを地面につく。


「俺の力もお見舞いだ」


 地面を伝って、ダークの魔力が紋章を侵食した。

 光の帯はさらに激しく輝いて、やがて――盤面が欠けた。

 すると、教師たちの体も泥人形のように崩れた。


「ぎゃあああああ」


 耳をつんざく断末魔があちらこちらで上がった。

 彼らの寿命は尽きている。

 術が解かれたら当然ながら死ぬよりない。


 自然の理を外れた者の死に様に、人間らしい尊厳はなかった。

 肌は溶け、目玉や歯は外れ、骨はもろく砕ける。髪の毛が焦げるような粉っぽくも甘い匂いがして、最後に残ったのは泥に似た遺留物だけだった。


 人生の終わり方としては最悪の死に方で、教師たちは一人残らず消えた。

 しかし、諸悪の根源である校長だけは、光に巻かれたまま無傷で立っていた。


「ふはははは! 悪魔グリフォンとの契約がある限り、儂は殺せぬぞ!」


 光の帯を吹き飛ばした校長は、卑しい笑みで私を見下す。


「アーク校に悪魔の子が紛れ込むとは嘆かわしい。悪い子どもは粛正せねば!」


 思いきり鞭が振るわれた。びゅんとしなる鞭の先は私目がけて飛んできたが、当たる直前で鎖に叩き落された。

 助けてくれたのはリーズだった。


「うちのお嬢を悪い子呼ばわりだなんて、最近の教師は見る目がないわね」

「どうみても節穴」

「かんぜんに耄碌」


 辛辣な評価を下したのは、校長の背後に現れたダムとディーだ。

 彼らはダガーを一本ずつ手にしていて、容赦なく校長の両足に突き立てた。

 切れ味のいい刃は、革靴を貫き、足の甲から下まで貫通する。


「ぐあぁああっ!」


 校長は必死に逃れようとするが、地面に縫い留められていて動けない。


「いい的だこと。お嬢、やっちゃっていいわよね?」

「好きにして」


 許可を得た一同の顔に陰が差した。

 ダムとディーはその表情のまま、目を背けたくなるほどの激しさで校長を暴行する。


「校長先生、痛いね」

「チャールズたちはもっと痛かったよ」

「ゆ、許してくれ。ぎぃいい!」


 金属の輪をこすり合わせたような悲鳴に、私は恍惚とした。


「体罰に抵抗できない少年たちの気持ち、これでお分かりになりまして? 生徒は丁重に扱うものですわ。たとえあなたが年長者であろうと」

「お、おのれ……生意気な真似を……」


 息も絶え絶えの校長は、口から血を吐きながらロビンスの方を見た。


「悪魔グリフォンよ! こやつらを――」


 言葉の途中で、突然、校長のローブが燃え上がった。


 はっとして振り向いた彼は、服の裾を掴んだジャックを見た。

 しかし彼は火種を持っていない。燃えているのは両手だ。


 手の甲に刻まれた薔薇の烙印を媒介に、メラメラと勢いを増す炎は、離れている私の頬にも熱を叩きつける。


「よくもロビンスを苦しめたな……!」


 ユニコーン寮でロビンスに世話になったジャックは、彼を苦しめた校長に対して憎悪に近い怒りを覚えていた。

 悪魔の契約者は危険から守られるが、衣服は別である。


 今この時に全てをかけて感情を爆発させるジャックは、ローブを真っ赤に焦がした。

 あっという間に燃え広がる火は、背中の部分に縫い込まれていた契約書に届いた。


「オレが燃やし尽くしてやる。こんなものっ!」


 ゴウッと火柱が上がり、契約書はローブごと灰になった。

 すると、ロビンスの首に巻かれていた首輪が外れた。


 我に返った彼は、暴れていたのが嘘みたいにはしゃぎだす。


『契約が解けたよ。ありがとう、みんな!』

「もうこれはいらないね」


 ダークが檻を解除する。

 校長は、赤い泡を吹きながらわなわなと震えた。


「何てことをしてくれたんじゃ。そなたらは退学! 退学じゃ!」

「承知しました。学校を去る前に、お渡ししたい物がありますの」


 唇で弧を描いた私は、ハートのポシェットから黒枠の訃報を取り出した。

 宛名は『親愛なるキャタピラ校長先生』。赤い封蝋を破いて取り出した便箋には、同じ名前が死亡者として記されている。


「何なんじゃ、これは……」

「お世話になった校長先生への贈り物ですわ。――さあ、懺悔なさい!」


 訃報を校長の手に押し付ける。

 新たに生み出された光の帯が、校長の体をぐるぐる巻きにして強い光を放った。


「離せ! 儂は永遠に生き続けるんじゃ――ぎゃっ!」


 バサッと翼の音がして、校長の頭をライオンの足が押しつぶした。

 校長はぐちゃっと地面に倒れる。

 その上に乗ったのは、正気に戻ったロビンスだった。


『もうあなたは終わりだよ』

「こんなはずでは……」


 悔しそうな言葉を残して校長は崩れていった。

 ロビンスが足を避けた後もぐずぐずと燻って、ねっとりした残留物が山になる。


 私は、落ちていた訃報を拾って、それに差し込んだ。


「業火の向こうでお逢いしましょうね。あなたたちに地獄で居場所があるかは分からないけれど」


 断罪を終えた私の元へ、ジャックとリーズが、ダムとディーが、そしてダークがほっとした顔で集まってくる。誰一人として怪我はないようだ。

 安堵する私たちとは別に、ロビンスもチャールズと無事を確かめ合う。


「ロビンス、お前はずっと耐えていたんだな。気づけなくてすまない」


 チャールズは破けた翼に手を伸ばして、慈しむような手つきで撫でた。


「お前は生徒たちの、この学校の守り神だ。悪魔だろうと、私の自慢の親友だ」

『うん。おれもチャールズと出会えてよかった……』


 種族を超えた友情には少しのヒビも入らなかった。


 悪魔学では悪魔の怖い面ばかり教わったけれど、実際の彼らは人間と同じように悩み、苦しみ、友達を作ったり恋をしたりして、この地上で生きている。


(ダークのお母様にも知ってほしかった)


 ふいに手が握られた。

 帽子を手で支えるダークが、ロビンスを見て目を潤ませている。

 私と同じことを考えているのかもしれない。


 芝生広場には、逃げていった生徒がぽつぽつと集まってくる。


「監督生、その生物は……?」


 問われたチャールズは、誇らしげにロビンスを紹介した。


「アーク校に棲む〝怪物〟だ。生徒を助けてくれた守り神でもある。感謝を伝えたい者はここへ。それ以外の者は、私と考えよう。これから、この学校をどうするかを」


 チャールズの提案で、これまでロビンスに助けられた生徒はお礼を伝えた。

 その他の生徒たちは、戦闘を終えた私たちを遠くからうかがったり、学校が無くなると行く場所がないと訴えたりする。


 ここは家に居場所のない少年たちの第二の家でもあった。

 校長も教師も一人残らず消えて、学校組織としての存続が危うくなった以上、彼らは別の家を探さなければならない。


 チャールズは一人一人の話を真剣に聞き、極めて建設的な意見を出した。


「幸いにも校務員は生きているし、生活する金も残されている。新たな支配人になってくれる貴族を探そう。それさえ見つかれば、教師も単位もどうにでもなる」

「俺が立候補するよ」


 ダークが片手をあげた。

 しかし、チャールズはどういうことだと眉をひそめる。


「お前の父親は有力者なのか?」

「俺自身がそうなんだ。情熱的な手紙をありがとう、チャールズ君。俺がナイトレイ伯爵その人だ」


 少女みたいな下級生に手を差し出されたチャールズは、悪魔グリフォンがロビンスだと知った時より大きく口を開けた。

 ダークはそれを見上げて、清々しいまでに麗しく笑う。


「生徒が安心して過ごせる学び舎にするには、生徒のために懸命に働く新たな『校長』が必要だ。君がなってくれないだろうか」

「私が……」


 ロビンスを見ると嬉しそうに頷いている。

 他に寄る辺のない生徒たちも、もはや彼しか頼れないと期待を募らせていた。

 チャールズは覚悟を決めて、ダークの手を取った。


「分かりました。私が人生をかけてこの学校を立て直します。みんな、ついてきてくれ」


 生徒たちは大きな声で応えた。

 止まっていた時間が動き出したような、威勢のいい声だった。


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